第28話 人生を賭けたパーティ!
副作用事件の影響で、メイドちゃんはすっかりビビっちゃったみたいだ。
パーティ当日になっても、魔法薬の使用には後ろ向き。
どうしたものかと考えながら朝食をとっていると、ドアを叩く音がした。
「失礼いたします」
「メイド長……?」
部屋にやって来たのは、先日のパーティで見かけた老メイド。
突然の到来に、メイドちゃんが不思議そうな顔をする。
「本日のパーティですが、カイザン・ユバーラ卿がおいでになるそうです」
「カ、カイザン卿が……!?」
「そして本日のお給仕、ゲスト対応はあなたの順番です」
「っ!」
「あなたのような田舎者では、卿にご満足いただくことなど到底できないでしょう。クビは確実。それならせめて、私たちに迷惑をかけないようお願いします」
冷たくハッキリと言い放って、去っていくメイド長。
「そんなに偉い人なの?」
「……はい。帝国を代表する貴族のお一人です。仕事にとても厳しくて、『これをやったのは誰だ!』という言葉は、メイドたちの間では有名な死刑宣告。クビにされてしまったメイドが何十人といます。あのお方を怒らせてしまったら、もう帝国にはいられません……っ!」
実家のために出稼ぎにきているメイドちゃんは、ガクガクと震え出す。
「なるほど、それならこの魔法薬を使ってくれ。こいつは感覚を研ぎ澄まし、同時に感情を鎮静化してくれる。もちろん副作用の件は解決済みだから」
「で、でも……」
二の足を踏むメイドちゃん。
「大丈夫」
俺はそう言って、そっと魔法薬をその手に握らせる。
「――――魔法薬なんて皆やってるし、試してダメならやめればいい。もちろん金なんて要らないから」
「そ、それ全部、危険薬物の有名な誘い文句じゃないですかああああーっ!」
迷子ちゃんは自分の身体を抱くようにしながら、悲鳴をあげた。しかし。
思い返したように一度、大きく深呼吸。
「……分かりました」
そう言って覚悟を決めると、魔法薬を飲み干した。
そしてその目を、カッと見開く。
「こうなったらあとは野となれ山となれです! パーティの準備に行ってきます!」
そう言い残して、部屋を駆け出していった。
◆
「これをやったのは誰だああああ――――っ!!」
「ひいっ!」
「この程度のこともできないのなら、貴様はクビだ!」
「そ、そんな……っ!」
「おっかねえ……」
今日もアテナの目を盗んで、こっそり忍び込んだパーティ。
緊張してしまうメイドちゃんの様子を見るために来たんだけど、カイザン卿は想像以上にすごい貴族だ。
壮年の芸術家のような、威風堂々とした雰囲気に渋い声。
迫力が半端ない。
まさかやって来て早々に、メイドを一人解雇するとは……。
「お待ちしておりました。カイザン様」
すると、そこにやって来たのはメイドちゃん。
「たまには顔を出しておかなくてはとパーティに来てみたが、帝国のレベルは下がる一方だ!」
怒りの声をあげるカイザン卿を、真顔でエスコートする。
「どうぞ、こちらへ」
見ればピカピカに磨かれた床は、顔が映るほどに綺麗だ。
「……ふん、床磨きだけはそれなりにやっているようだな」
「はい。全力で磨かせていただきました」
「この程度は、できて当然だ」
カイザン卿が専用のテーブルに着くと、メイドちゃんはカップとポット、そしてケトルを準備。
ケトルは魔法アイテムとなっていて、湯はすぐに沸騰。
メイドちゃんはポットに茶葉を入れると、ケトルを手に取った。
「そのまま注げば、100度の湯を使うことになる。そして茶葉に最も良い温度は98度だ。当然、分かっているのだろうな」
「存じあげております」
そう答えてメイドちゃんは、ケトルを頭上の高さに掲げた。
「貴様、何をするつもりだ?」
いぶかしむカイザン卿。
するとメイドちゃんは熱湯を、一メートルも下のテーブルにあるポットに注ぎ込み始めた。
「……なっ!?」
一滴もこぼすことなく注ぎ込まれる熱湯に、カイザン卿が驚きの声を上げる。
「まさか頭上から湯を注ぐことで温度を下げ、同時に空気を含ませようというのか! ポットの中で、茶葉がよくジャンピングしておる……!」
勢いよく注がれた湯は、ガラス製ポットの中で茶葉を舞わせる。
メイドちゃんは砂時計で時間を計測し、しっかり抽出された紅茶をカップに注ぐ。
「お待たせいたしました」
そして華麗な所作で、カップを卿の前へ。
走る緊張感の中、カイザン卿が紅茶に口を付ける。
「……芳醇な味わいだ。そして含んだ空気と茶葉のジャンピングにより、本来の香りが最大限に引き出されておる……! 紅茶の入れ方は、見事と言っておこう」
「ありがとうございます」
小さくうなずくカイザン卿。
すると、にわかに会場がざわめき出した。
「な、なんだあれ……」
思わず俺は、驚きの声をあげてしまう。
執事が六人がかりで持ってきたのは、天井に届かんとする大きさの一品料理。
「ほう……! これは東国の伝説、不死鳥を模しているのか! 人参の美しい橙と赤のグラデーションがとても見事だ! フフフ、このカイザンを視覚から驚かせようとは、小癪なマネをしよる。これを作ったシェフを呼べ!」
「ここに」
「……なに!? これも貴様がやったというのか!?」
静かに名乗りを上げたメイドちゃんに、カイザン卿が驚愕を見せた。
もちろん料理の味も問題なし。
深くうなずいた卿は、おもむろに席を立つ。
そして、庭園を一望できる窓の方へと歩みを進めていく。
「上物の紅茶を楽しみながら、美しい庭を眺める。これこそが至高の贅沢と言える」
そんな言葉に、にわかに焦りが見え出すメイドたち。
「ね、ねえ、誰か今日、庭木にハサミを入れた?」
「たぶん、誰もやってない」
枝葉に乱れがあれば、怒りが噴出することは確実。
最悪の事態に、顔を青ざめさせるメイドたち。
緊迫する空気の中、カイザン卿は庭に目を向けた。
「……こ、これはっ!」
そして、硬直。
草木の剪定一つにもうるさいカイザン卿の驚きに、慌ててメイドたちが庭に視線を向ける。
そこには、見たこともない光景が広がっていた。
「これは……庭木のカットで騎士とドラゴンの戦いを模しているのか! 何たる勇壮な光景! だがこれは何だ……? 小さな石を敷き詰め、描いたこの模様は……」
「東洋の芸術の一つ、石庭でございます」
「石庭だと……?」
「庭木で騎士と竜を模しただけでは、単なる人形にすぎません。しかしその間に石庭で『波打つ溶岩』を演出することで、宿命の戦いを演出しているのでございます」
「もはやこれは芸術の域ッ!! これを、これをやったのは一体誰だああああ――ッ!?」
メイドちゃんは静かに一歩、前に出る。
「ま、まさか……」
「僭越ながら」
「なんだとォォォォッ!? これも、これも貴様だというのかああああああ――――ッ!?」
驚愕の叫び声が、城内に響き渡った。
カイザン卿はその後、ご機嫌でパーティを満喫。
集まって来た幾人もの貴族と挨拶をかわし、一通り会話を終えたところで帰路につく。
送り出すのは、メイド長だ。
預かっていた高級なコートを取り出し、卿の着衣を手伝う。
「……ほう。ボタンのゆるみに気づいて直した者がいるのか。これは……誰の仕事だ?」
「確か、ご衣装を預かったのは……」
メイド長がその視線を、メイドちゃんに向ける。
そして再び集まる、皆の視線。
「フフフ、ハハハハハッ! また貴様か!」
厳しいことで有名なカイザン卿が、メイドちゃんを見てうれしそうに笑う。
「どうやら、まだまだ帝国も捨てたものではないようだ。おい、そこのお前」
「は、はい……」
そして、うなだれたままでいたクビメイドに向けて、声をかけた。
「お前もこの者の様に、精進すること……よいな」
「は、はいっ!!」
なんと機嫌をよくしたカイザン卿は、クビメイドに向かってそう言い放った。
これまで一度だってなかった、奇跡のクビ撤回。
「あ、あ、ありえない……ここ、こんな奇跡が、ほ、本当に……っ」
メイド長もこれには、腰を抜かして驚愕することしかできなかった。
◆
「今回の料理も、最高にうまかった……」
メイドちゃんもクビにならずに済んだし、アテナもやり過ごしたし、首尾は上々。
後は部屋で、のんびりして過ごそう。
「シャ、シャルル様……」
部屋に戻ると、メイドちゃんが待っていた。
「あ、ありがとうございますっ! シャルル様のおかげで助かりました!」
「うまくいって良かったな。ま、本来の実力を超えさせる薬ではないから、もともとメイドちゃんの腕が良いんだろうけど」
「あ、あの、実はそれで一つお願いが……」
「なに?」
「実は近々またパーティが行われるらしくて、魔法薬をもう一ついただけないでしょうかっ」
「あー、それがもう一つあげるっていうのは難しんだよ」
「そ、それなら、売っていただけませんでしょうか!」
「作るのが結構大変なんだよ。素材の一つが希少で、なかなか手に入らないんだ」
「そこをなんとか! お願いしますっ! 売ってください! 売ってくださいっ!」
メイドちゃんはそう言って、俺の足元にしがみつく。すると。
「ようやく見つけたぞ! 魔導士シャルル!」
「げっ!」
サボりまくっていた俺を探し続けていたのであろうアテナが、部屋に突入してきた。そして。
「……き、貴様、何をやっている!」
その声を、震わせ始めた。
見れば俺の足元には、すがりついて「売ってくれ」と懇願するメイドちゃんの姿。
「最近姿が見えないと思っていたら! こんなことをしていたのか! 貴様! 彼女に何を射った!?」
「いやいや! 何も売ってねえよ!」
「お願いです! 売ってください――っ!」
「見ろ! 射ってくれと懇願しているではないか!」
「お願いします! 頭がスッと目覚めて、まるで覚醒するかのようなあの感じ。一度知ってしまったらもう……あれなしでは生きていけませんっ!」
「貴様ぁぁぁぁっ! こんなにひどい依存症まで引き起こしているではないかっ!!」
「だから違うんだって! メイドちゃん言い方! 言い方に気を付けて!」
「分かりました……薬のためなら、たくし上げますっ! だから売ってください!」
「たくし上げはやめろおおおお――っ!」
「そうか! こうやっていたいけな少女を薬漬けにして、卑しい貴族に売りさばこうとしているのだな! そこへ直れシャルルっ! 剣の錆にしてくれる――――っ!」
「だから違うんだってええええええ――――ッ!」
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