第6話 魔法薬事件

「こ、紅茶にミルクはお入れしますか?」

「いや、いらないかな」

「お砂糖は、いかがでしょうか」

「砂糖もいらないな」

「…………い、生き血の方は?」

「いらないっての!」


 すでにそれらしき赤い液体を紅茶に注ごうとしているメイドちゃんを、全力で止める。

 それからストレートの紅茶を受け取った俺は、メイドちゃんを見送ってから口に含んだ。

 あぶないあぶない、あやうく今回も噴き出すところだった。


「……さて。俺はもっと、自分の能力を知る必要がある」


 大変だった、ヘルハウンドの打倒。

 思い出してみれば本編のシャルルは、魔法だけでなく魔法薬も使っていた。

 自作の薬を飲んで身体を強化したり、敵国を毒薬で滅ぼしたこともあったくらいだ。


「それに」


 帝国に『主人公』たちがやって来る可能性だってある。

 その時に魔族とシャルルのつながりなんかが発覚したら、俺はそこで殺されるかもしれん。

 そうなった時のために、日ごろの行動はもちろん自分の能力はハッキリさせておいた方がいい。

 使える魔法は、魔導士シャルルと本編で何度も戦ったから分かる。


「でも魔法薬の自作は、試してみないと何とも言えないからな」


 部屋のデスクに置かれた調合道具。

 それはまるで、錬金術師の工房のようだ。

 俺は魔導士が懐に忍ばせていた、メモ帳を確認してみる。


「……分かるぞ。何をどうすればいいのか」


 行程だけじゃない。

 そこに並んだ道具が、何に使われるのかも分かる。

 これが魔導士シャルルの能力か。


「調合、やってみるか」


 作るのは【幻覚剤】

 シャルルはこれを使って敵国の兵士を惑わせたり、戦闘でも混乱の状態異常にしてくるんだよな。

 さっそく俺は、調合を開始する。

 まずは炎を起こし、ツボに入れた素材を混ぜて火にかける。

 あとは火加減を見ながら、よく混ぜていく。

 すると、綺麗な『青色の薬剤』が完成した。


「え、こんな普通にできちゃう感じなの?」


 あっさりとできあがった【幻覚剤】に、思わず呆気にとられる。


「シャルル様、紅茶とご一緒に何か頂かれますか……ひっ!?」


 するとそこにやって来たメイドちゃんが、調合中の俺を見て短く悲鳴を上げた。

 俺はできたばかりの【幻覚剤】をひとなめして、効果を確かめることにする。


「おお、こりゃすごい……メイドちゃんが、メイド服を着た屈強な男に見えるぞ」


 可愛い女の子が、酒場に集まる傭兵のような姿に早変わりだ。


「メイドちゃん、なんか可愛いポーズして」

「えっ? こ、こうでしょうか?」

「あはははは! 屈強男のたくし上げだ! いやたくし上げはもういいよ!」


 服用が少なかったため、効果はすぐに切れた。

 そこに見えるのは、少し恥ずかしそうに首を傾げるメイドちゃん。


「もう一回なめてみよう」


 あらためて指先につけた【幻覚剤】をなめると、今度はメイドちゃんはそのままに、場所が原生林に変わる。


「すごい、動物の鳴き声まで聞こえてくる……!」

「……?」


 これ、いいぞ!

 魔法薬めちゃくちゃ楽しいじゃないか……もっと作ってみよう!


「そうだ。メイドちゃんは、何か欲しい薬とかある?」

「欲しい薬、ですか?」


 たずねると、メイドちゃんは少し悩んだ後。


「疲れに効く薬でしょうか。欲しいと言っていた方が騎士団にいらっしゃって……」


 なるほど、そいつにプレゼントしたいのか。


「分かった。それじゃさっそく調合するから、後で部屋に取りに来て。置いとくから」

「は、はいっ」

「よーし、それじゃあやってみるか!」


 メイドちゃんを見送って、俺は再び調合作業に取り掛かる。

 疲れに効く薬。

 要は【強壮剤】みたいなものだろう。

 俺は素材の中から、効きが早くて身体に良いものを選定。

 メモ帳通りに工程をこなし、一つの薬を作り上げた。


「はい完成。これはメイドちゃんが分かりやすいように、テーブルの上に置いておこう」


 二つ目の魔法薬も見事、調合成功だ。


「よーし、このまま三つ目の調合いっちゃうか!」

「魔導士シャルル」

「……ん? なんだ?」


 気合を入れ直したところで、部屋の外から聞こえた呼び声に振り返る。

 ドアを開いて入って来たのは、アテナだった。


「仕事だ。これから城内で行われるパーティの警備にあたる」

「えー、嫌だよ。今いいところだから、今回は有給ってことでよろしく」

「ユウキュウが何かは分からないが、貴様に拒否権はない」

「昨日もヘルハウンドと、追いかけっこしたばっかじゃん」

「たかだか数時間の仕事ではないか。忘れるなよ。今の貴様は騎士団の一員で、私は団長だ。見ろ、ここに証書もある。それとも陛下に【魔眼】を使って、任を解かせるか?」

「……はいはい。分かったよ、行けばいいんだろ」

「言っておくが、少しでも妙な真似をしてみろ。その場で剣のサビにするぞ。騎士団員にも、怪しい魔導士には容赦なく剣を振るえと伝えてあるからな」

「そんなに警戒するなら、呼ばなきゃいいのに」

「何か言ったか?」

「なんでもございません」


 あーあ、せっかく楽しくなってきたところだったのに……。


「私は先に現場に出向く。すぐに後を追って来るように」


 そう言い残して、部屋を出て行くアテナ。

 しぶしぶ調合道具を片付けて、パーティ会場とやらに向かうことにする。


「残った【幻覚剤】はどうしよう……ま、後で片付ければいいか」


 俺は【幻覚剤】をデスクに残したまま、部屋を出ることにした。



   ◆



「シャルル様……?」


 部屋のドアを、そっと開ける。

 しかしそこに、魔導士シャルルの姿はなかった。


「あ、これが薬かな?」


 デスクの上に置かれた『青い薬剤』を手に取り、メイドはそのままシャルルの部屋を出る。


「なんだか、最近のシャルル様は少し変わった気がする」


 以前のように生き血を飲まないし、妖しい笑みを浮かべたりもしない。

 部屋のカーテンも開いてるし、基本的にベッドでゴロゴロしながら「至福だー」とか呟いている。


「……何より。たくし上げを所望されることなんて、これまでなかった……」


 そんなことを考えながら、さっそく目当ての人物のもとへ。


「騎士様」

「あれ、どうしたの?」


 長い赤髪を大雑把にまとめた、そばかすの可愛い女性騎士は、メイドを見て元気な笑みを浮かべた。


「少し前に疲れが取れる薬が欲しいと言っておられたので、こちらをお持ちしました」


 シャルルの作った『青い薬剤』を取り出したメイドは、女性騎士に差し出す。


「君は魔導士さんのお付きだったよね? もしかして、作ってもらったの?」

「はい」

「ありがとう! いつも忙しそうなアテナに、プレゼントしたいって思ってたんだ!」

「そういうことだったのですね」


 薬を受け取った女性騎士は、嬉しそうに表情を輝かせる。


「さっそくアテナに届けてくるね! ありがとうっ!」


 こうして『青い薬剤』こと【幻覚剤】は、女性騎士の手に渡った。

 軽快なステップで駆け出していく彼女の姿を、メイドは頭を下げて見送るのだった。

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