第5話 ヘルハウンド
「だ、誰か助けてくれぇぇぇぇ!」
「行くぞ!」
突然、聞こえてきた悲鳴。
走り出したアテナに、しぶしぶ小走りで続く。
「どうした!? 何かあったのか!?」
「あっ、き、騎士さま!?」
見つけたのは、驚く一人の男。
身なりの派手さを見る感じ、金持ちの商人っぽい。
「ただならぬ声が聞こえたぞ、何があった?」
「ええと、その、飼い犬がちょっと……逃げ出してしまいまして」
「ならば我らがつかまえてこよう。どのような見た目をしている?」
「ええと、その……可愛い雰囲気をした灰色の……小型犬風みたいな……」
いや飼い犬の情報、ふんわりしてんなぁ。
「了解した。ここで待っているがいい。行くぞ魔導士!」
まあ飼い犬探しくらいなら、そんなに大変なものでもないだろう。
俺たちは犬の目撃情報を集めつつ、裏路地へ突入。
「どこに行った……?」
十字路にたどり着いたアテナは、付近を見回し逃亡犬を探す。すると。
「うわっ! 何だこの犬!」
「「うおおおおっ!?」」
聞こえた声は、アテナに遅れること五メートルほどの位置にいた俺の、さらに後方から。
振り返ると、一匹の犬が駆けてくるのが見えた。
濃い灰色の毛並み。
尻尾をブンブンと勢いよく振りながら、俺のもとに元気いっぱいで駆けてくるのは――。
「グルオオオオオオオオ――――ッ!!」
「ヘルハウンドじゃねえかああああ――――っ!!」
体長二メートルに迫ろうかという獰猛な巨犬は、速い動きと強烈な噛みつきを武器とする、れっきとした魔物だ。
おいおい、何が可愛い小型犬だよ!
さてはこれ、成金特有の危険動物を飼いたがるやつだなッ!
「……ちょうどいい。もう一度見せてもらうぞ、貴様の力を」
「うわああああ――っ! こっちに来るなああああ――っ!!」
「お、おいっ!?」
長い牙を輝かせながら、とんでもない勢いで迫り来る黒犬。
俺は全速力で逃げ出す。
驚くアテナがいる方に向かって。
「おい待て! 急にこっちに来るな! 来るなと言っているだろう!!」
「無理無理! こんな化物の相手なんて絶対無理ィィィィ――ッ!!」
「こっちに逃げてくるんじゃない! 魔物の持ち込みは違法行為だ、ヘルハウンドは倒していい!」
「いやいや、そんなのムリだから――っ!」
「こっちに来るなと言っているだろうがああああ――っ!!」
牙をむくヘルハウンドの勢いに一転、アテナも逃走。
俺たちは横並びの状態で、牙をむくヘルハウンドから路地裏を逃げ回る。
「こら逃げるな! 戦え!」
「あんな怖えのと戦えるか!」
「貴様は魔族に勝てるほどの力を持っているだろう!」
「いかに魔力が高かろうが、戦いたいわけじゃないんだよ! そもそも命がけの戦闘なんて嫌に決まってんだろ!」
シャルルは魔法の天才だけど、俺自身は全く戦いたくない。
そもそも前回はたまたま勝てたけど、今回もそうとは限らないからな!
俺たちは角を曲がり、全力でヘルハウンドから逃走する。
「貴様、なぜ私より速い!?」
スプリンターの素質を見せる俺の逃げ足は、普段から鍛えているであろうアテナより速い。
ローブをなびかせ走る俺は、徐々に差をつけ始める。
「くっ、こうなったら仕方ない!」
遅れ始めたアテナは、振り返って剣を抜く。
「いかな魔獣と言えど、一匹くらいならどうということはないっ!」
そう言って覚悟を決め、ヘルハウンドに向かい合った。
「さあ、来いっ!!」
「「「「ガルルルルルルル――――ッ!!」」」」
「あ、あの商人、一匹ではないことを隠していたな――っ!」
一直線に駆けてくるヘルハウンドに合流する形で、新たに五体のヘルハウンドが追加。
アテナは劣勢と見るや、まさかの再逃走。
「こっちに来るなって!!」
また二人、肩を並べて路地裏を駆け回る。
「痛ぇぇぇっ! やめろ尻を噛むな!」
だが単純な足の速さで、四足獣に勝てるはずもなし。
ヘルハウンドはいよいよ、喰らいつきを仕掛けてきた。
「これ以上はらちが明かない! 戦うぞ! 私が前衛をやるから貴様は援護しろ!」
「わ、分かった!」
「いいな! 逃げたら斬る! 叩き斬るっ!」
アテナは再び振り返り、ヘルハウンドたちに向かい合う。
すると、すぐさま飛び掛かってきた一匹目。
喰らいつきをかわし、剣の払いで斬り飛ばしたところに迫る二匹目。
「今だ!」
「【ファイアボルト】!」
「あああああああ――――っ!!」
俺の放った火炎弾が、アテナに直撃。
「わ、悪い! 次こそは!」
燃え上がった炎に一瞬ひるんだ二匹目のヘルハウンドは、気を取り直して再攻撃。
「はあっ!」
これをアテナは、剣の振り上げで斬り飛ばす。
そこを狙う、三匹目のヘルハウンド。
「ここだ! 【ファイアボルト】!」
「うああああああ――――っ!」
火炎弾はまたも、アテナに直撃した。
「貴様! さてはここで私を葬るつもりだな!?」
「違えよ! 俺が撃つ方に割り込んでくるから!」
始まる意味不明の言い合い。
それによって、ヘルハウンドたちの間に迷いが生じた。
「いまだ! 【ライトニングブレード】!」
この隙を突いたアテナが、一気に三、四匹目を打倒したところを、狙う五匹目。
……落ち着け。
俺なら必ずできる。
なぜなら俺は今、最強の魔導士シャルルだからだ!
「これで終わりだ! 【ファイアボルト】ォォォォ!」
「うああああああああ――っ!! 貴様ぁぁぁぁぁぁ――――っ!!」
「だからなんで俺が魔法を撃ったところに入り込んでくるんだよ!! これもうお前の方が葬られに来てるだろ!?」
アテナに直撃した火炎弾が、派手に散る。
それを見た五匹目は、驚きに足を止めた。
「っ!」
ここで駆け出したのは、後方で様子をうかがっていた六匹目のヘルハウンド。
その目標は……俺か!
だがすでに、前に立つアテナは剣を構えてる。
横を通り抜けてくるのは、不可能だ!
「……もう、まだお昼なんだから我慢して」
しかし次の瞬間見えたのは、民家の二階窓辺で抱き合うカップル。
「ッ!?」
それを見たアテナは、ビクッと身体を震わせて硬直した。
「おい! おいいい――ッ!!」
この隙に六匹目のヘルハウンドは、アテナの横を通り抜ける。
俺は大慌てで蹴りを放つが回避され、強烈な頭突きを叩き込まれた。
「痛ってぇぇぇぇ!!」
タックルを受けた俺は転がり、そのまま石床に頭を激突。
目から火花が飛び散るほどの衝撃に悶える。
「何やってんだお前! カップル見て慌てるとか思春期かよ!」
「ち、違う! 慌ててなどいない!」
急いで駆け寄ってくるアテナを見て、二匹のヘルハウンドも一度離れて陣形を立て直す。
こうして俺たちは、壁際に追い込まれる形になった。
「落ち着け魔導士。魔族戦の見事な魔法を思い出すんだ……来るぞっ!」
ヘルハウンドたちは、同時に駆け出す。
咆哮をあげて迫る黒犬たちに、俺は再び照準を合わせる。
敵は動きの速い魔獣。
炎の弾丸が当たらないのなら、これでどうだっ!
「【メギドフレイム】!」
「なっ!?」
放った炎球は、一直線に天から舞い降りてきた。
こいつの火力なら、逃げ場なんてない!
巻き起こる爆発は二匹のヘルハウンドたちをまとめて吹き飛ばし、そのまま付近の石壁を崩壊させた。
「……勝った」
「な、なんという火力……ではない! やはり貴様は私を抹殺するつもりなのだな!」
「あれは違うんだって! 俺が魔法を撃った方にちょうど割り込んでくるから! ていうかお前こそカップル見て赤面してただろ!」
「そ、そのようなことはない! 予想以上に魔物の足が速かったというだけだ!」
火炎弾を喰らって髪チリチリのアテナと、ヘルハウンドの攻撃でローブがビリビリの俺。
静かになった路地裏で、始まる言い合い。
「あのー」
そこにやって来たのは、一人の中年男性だった。
すぐに凛とした騎士としての表情を取り戻した、アテナがたずねる。
「どうしました? ケガですか? まさか他にもまだヘルハウンドが?」
「いえ。壊した壁は、直してもらえるんですよね?」
「「…………」」
どうやら吹き飛んだばかりの、壁の所有者らしい。
あらためて見ると、俺が【メギドフレイム】で壊した壁は、見るも無残な状況になっていた。
これを直すのは、大変だぞ……。
「そんじゃ、あとはよろしくおねがいします」
「なっ!? 魔法を撃ったのは貴様だろう!」
「俺は命令に従っただけです。そうですよね? 騎士『団長』様」
「き、きたないぞ! ここで責任者という立場を持ち出すな!」
「あのー、壁は直してもらえるんですよね?」
「あ、その……はい。壁はこちらの方で、責任を持って修繕させていただきます」
「団長もこう言ってるので、今回のところは大目に見てやってください」
「どの立場から言っているんだ貴様は!」
それを聞いて安心したのか、男は家に戻って行く。
城に戻った俺たちは、成金商人の件を騎士団に報告し、罰を受けさせるよう指示。
「魔導士、壁の修理業務に向かうぞ」
「あ、意見役として陛下に御用聞きに行く時間なんで、無理っす」
「なに!?」
「そういうわけなんで、おつかれっした」
「ぐ……っ」
職人を連れて壁の補修に向かうアテナを、手を振って見送る。
「ああ疲れた……皇帝の相手は適当に流して、ベッドでゴロゴロしよう」
騎士団に編入させられた俺の初仕事はこうして無事、終わりを迎えたのだった。
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