第4話 入団の魔導士

「ふあああああー」


 目覚ましをかけずに取る睡眠は、至高の贅沢。

 爽やかすぎる朝を迎えた俺は、部屋の大きな窓を開く。

 そこには、賑やかなレガリア帝国の光景が広がっている。


「たっぷり寝て、好きな時間に起きる。なんて優雅な生き方なんだ……」

「……お、おはようございます」

「メイドちゃん、いつものを頼む」

「は、はいいっ!」


 ショートカットが可愛いメイドに、まずはクールに朝のオーダー。

 目ざめの一杯を、お上品に口へ運ぶ。


「ブフゥゥゥゥゥゥ――――ッ!」


 そして、思いっきり噴き出した。


「なんでまた生き血なんだよっ!?」

「ひいいっ! すみません! 『いつもの』とのことだったので……!」


 ……さあ。今日も元気に生き血を噴き出して、新たな一日の始まりだ。

『フィナーレファンタジー6』最大の悪人である魔導士シャルルに転生した俺は、理想の日々を送っていた。

 昼も近い時間に起き出して、城内をあてもなく散歩する。

 深々と頭を下げる兵士たちに「おつかれさまでーす」と軽い挙手で応えて、中庭へ。


「陽光が差し込む中庭は、本当に気持ちがいいなぁ……」


 大きく伸びをして、深呼吸。

 悪事と悪人への加担さえしなければ、それで良し。

 誰にも指図されず、何者にも支配されない自由な生活は……本当に最高だ。

 皇帝に取り入ることで帝国入りした魔導士シャルルは、『意見役』という立場を与えられている。

 決まった仕事があるわけではないから、何かに追われる必要もない。

 それ、すなわち至高。


「意見役最高! さて今日は何をしようかなぁ!」


 先日助けた子供たちも、すでに教育を手配済み。

 やや長めの白髪に深い紺色のローブという姿で、ルンルンとスキップする最狂魔導士こと俺。


「見つけたぞ」

「アテナ?」


 そこにやって来たのは、見事なスタイルと長い金髪が特徴の、美しい女騎士だった。

 帝国を悪の巣窟に変え、他国への侵略を仕掛ける魔導士シャルルと最後まで戦い抜き、そして斃れる。

 フィナーレファンタジー6では終始、シャルルの暴走を止めようとする宿敵だ。

 強く真面目で、人望も厚い。

 この若さで帝国騎士団の長である彼女は、『主人公』たちを超えるほどの人気キャラクター。

 アテナは、その青く凛々しい目で俺を見つめてくる。


「見つけたって、俺に何か用でも?」

「その通りだ。今日付けで貴様は、意見役かつ騎士団所属となった」

「……はい?」


 まさかの言葉に俺は、間抜けな声を上げる。


「そして騎士団所属ということは、私の部下になるということだ」

「はあ!?」


 なんだよそれ!

 魔導士が騎士団に入るなんてイベント、ありえないぞ!

 ていうか俺の自由気ままな生活は、どこに行っちゃうの!?


「まさか陛下のお言葉に背いたりはするまいな? 見ろ、証書もある。これがいきなり覆されるようなことはないぞ……【魔眼】でも使わぬ限りはな」

「うぐっ!」


 しまった、釘を刺された。

 これで俺の任を解くよう皇帝が急に言い出したら、【魔眼】を使いましたと証明してるようなものだ。

 もともと当分の間は使えないんだけど、これは面倒なことになったぞ。


「貴様が稀代の策士なのか、それとも帝国にアダなす悪なのか、しっかりと見極める必要がある」


 アテナは再び、鋭い目を向けてくる。


「さあ、行くぞ」

「え、どこへ?」

「街の見回りだ。騎士団にとっては基本職務であり、帝国民を守るとても大事な仕事だ」


 そう言って、歩き出すアテナ。


「何をしている、ついて来い」

「お腹が痛いので、有休をいただきます」

「なんだそれは、早く行くぞ」


 俺のローブをつかんだアテナは、そのまま引きずるようにして城を出る。


「いやーっ! もっと自堕落生活を満喫したいのォォォォ!」

「問答無用!」


【魔眼】を使ったのを見られたことで、歴史が変わってしまったのか。

 どうやら俺は本当に、アテナの部下にされてしまったようだ。


「お、俺の自由気ままな、帝国生活がぁぁぁぁ――っ!」



   ◆



 本編開始前の帝国は、とにかく賑やかだ。

 並ぶ石造りの建物、その屋根や玄関には色味のある部品が使われているため、目にも鮮やか。

 商人たちが忙しそうに歩き、各所から活気のある声が聞こえてくる。

 さすがは世界屈指の大国だ。

 本編での帝国はもっと荒れていて、怪しい商人やガラの悪い傭兵が集まってたのに。


「なんで見回りなんて……」


 意見役と騎士団の掛け持ちになってしまった俺。

 思わずつぶやくが、アテナは取り合わない。


「あれ、団長さん今日は早いですね」


 するとそこに声をかけてきたのは、荷を抱えた商人。


「新人に街を見せておくため、少し早めに出て来たのです」

「そうなんですか、がんばってくださいね」

「おまかせください」


 アテナはハッキリと、深くうなずいてみせる。


「団長さーん」


 民家の窓辺には、手を振る少女。

 片手を上げて、クールに応える。

 確かアテナって、もともとは名家の令嬢なんだよな。

 どんどん悪に傾いていく帝国の中で、必死に戦い抜く気高さが、本編ではしっかりと描かれていた。


「騎士たる者、剣の腕だけではなく心の強さも必要だ。有事にも動揺しない強靭な精神は、帝国民に安心を与えることができる」

「はあ」

「だが強き精神を得るには腕が必要だ。よって騎士団員は、心身共に鍛えなければならない」

「なるほどねぇ」

「それまではたとえ未熟でも、堂々たる態度でいることを忘れるな」

「はいはい」


 始まった騎士道語りを、適当に受け流す俺。

 するとそこに、一人のおばちゃんがやって来た。


「あらアテナちゃん、久しぶりだねぇ」

「お久しぶりです」

「先代の騎士団長に憧れて、木剣を手に駆け回ってた子供が、まさか本当に団長になるなんて。感慨深いねぇ」


 街のおばちゃんは、そう言ってアテナの肩をバンバン叩く。


「野良犬に追い回された頃が、懐かしいよ」

「それはもう、昔の話です」

「それじゃあ、スケベなのを見て赤面しちゃう癖は治ったのかい?」

「そ、そんなもの最初からありません!」

「へえ、そうなん?」


 初めて出てきた情報。

 俺がたずねると、おばちゃんはうれしそうに語り出す。


「憧れだったクールな先代が、旦那ができた途端にそこら中でイチャイチャしてるのを見せられたもんだから、ショックでそういうのがすっかり苦手になっちゃったのよ」

「そんなことはありません! ほ、ほら、見回りを続けるぞ!」

「今も、苦手なままなんじゃないのかい?」

「そのようなことはありません! 帝国騎士団長が、そんなものに動揺するはずないでしょう! ほら、早く行くぞ!」


 そう言いって、アテナは俺を強引に引きずっていく。


「と、とにかく。騎士たる者、いかなる時でも堂々としていることが大事だ! それを忘れるなよ!」

「はいはい。ていうかこんな平和な街で事件なんか起きないだろ。それならせっかくだし、ファンタジー世界の酒場でも見に行きたいんだけど」

「見回りは基本にして大切な仕事だと言っただろう。それにこれだけ大きな街に、多くの人が集まっているのだぞ。何も起きない日の方がめずらしいくらいだ。気合を入れろ」

「本当にー?」


 厳しい目を向けてくるアテナに、疑いの目を向ける。すると。


「だ、誰か助けてくれぇぇぇぇ!」


 突然、聞こえてきた悲鳴。


「行くぞ!」


 アテナは、すぐさま走り出す。

 なんだなんだ! 本当にこんな分かりやすく事件が起きるのかよ!

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