第3話 勘違いの始まり
「貴様、やはり魔族とつながっていたのだな!」
子供たちを詰め込んだホロ付き馬車の前で、待っていたのは一体の魔族。
その姿を見て、アテナは声を荒げる。
「もう、言い訳は聞かぬぞ!」
すると剣を抜いたアテナを見て、魔族も俺に疑惑の目を向けてきた。
「共に帝国を支配するという話だったが……魔導士、これはどういうことだ? まさかとは思うが、この我を裏切ろうというのではあるまいな」
どうやら魔族の方も、俺とアテナが自分を討ちに来たのではないかと疑っているようだ。
「これは魔族との契約だ。裏切りは死を意味するぞ、弱き人間よ」
鋭い目から放たれる、強烈な威圧感。
それも当然だ。
こいつは『七大魔族』の一者、アスタロト。
ゲーム本編では、後半に出てくる大物ボスの一体だ。
冷や汗がまた、滝のようにあふれ出す。
「……ここでその女を殺して、我に誠意を見せろ」
「ッ!?」
アスタロトはそう言って、俺にアテナの始末を命じてきた。
「狙いは私を誘い出して討つことだったわけか。だが例え一人でも、私は帝国に住む者たちのために戦う!」
一方、俺とアスタロトに誘い出されたと思っているんだろうアテナも、覚悟を決める。
「どうした、さっさと殺れ魔導士。殺らぬのなら我が……貴様らをまとめて殺す」
俺をにらみつけてくるアスタロトは強者で、ならず者なんかとは格が違う。
そして腕利きの兵士たちはもう、帰らせた後だ。
「やれ、魔導士……やれええええ――ッ!!」
「――――悪魔め」
強制される選択。
俺は一言つぶやいて、そっと手を伸ばす。
それから大きく息を吸って、初めての魔法を唱える。
「いくぞ……【グランフレア】ァァァァ!!」
「「ッ!?」」
それは、魔導士シャルルの得意魔法。
放たれた紅蓮の猛火が大きく弾け、容赦なく燃え上がる。
……ちゃんと使える。
中身が別人に代わっても、あのイカれた魔力は変わってない……っ!
「これは、どういうことだ?」
その目に怒りを燃やすのは、炎に身体の一部を焼かれたアスタロト。
「誘い出されたのは、お前の方だったってことだよ!」
「人間ごときが笑わせる。ならばその傲慢たる思い違いを、死して悔やむがいい!」
破れかぶれな俺の言葉に、アスタロトは秘めた魔力を解放した。
こうなったらもう、やるしかねえっ!
これ以上、誰かにいい様に使われてたまるか!
「【ファイアボルト】!」
即座に放つ炎弾。
通常なら一発ずつの魔法も、魔導士シャルルなら八連発で放つことができる!
「ッ!!」
アスタロトは迫る炎弾を速い足の運びでかわすと、すぐさま反撃に入る。
「【シュネーシュトゥルム】」
これは、駆け抜ける氷河か!
地面を凍らせ、次々に突き立つ氷剣が急流のように迫るその魔法。
走り出した俺は、始まった予想外の対戦に困惑するアテナに飛びつき、そのまま転がって回避した。
「……私を、助けた?」
「【フレイムアロー】!」
驚きを見せるアテナを横目に手を伸ばし、放つ十発の炎矢。
弱い誘導の効いたこの魔法は、回避にコツが必要だ。
「チッ!」
それを知らないアスタロトに、全弾回避は難しい。
三発ほどの炎矢が炸裂し、大きく体勢を崩した。
ああ、もったいない!
この隙を突いて攻撃するのが、一番効果的なのに……っ!
無為なものとなってしまう好機に、俺が唇を噛んだ瞬間。
「【ライトニングブレード】!」
「ッ!?」
速い飛び込みからアスタロトを斬りつけたのはなんと、アテナだった。
華麗な斬り上げから、そのまま力強い斬り降ろし。
ダメージを負ったアスタロトは慌てて下がり、その手をアテナに向ける。
「調子に乗るな、人間ごときがァァァァ! 【コンジェラツィオーネ】!」
振り上げる手から放たれる猛烈な氷刃の嵐は、敵を容赦なく切り刻む残酷な一撃。
「――はあっ!」
しかしアテナの豪快な斬り払いは、アスタロトの放った氷刃の嵐を吹き飛ばした。
「人間が、我が魔法を……ッ!?」
驚愕するアスタロト。
この隙を、アテナは逃さない。
疾風のようにアスタロトのもとに駆けつけると、華麗な連続斬りを叩き込んだ。そして。
「今だ! 魔導士シャルル――――ッ!!」
そう言って下がり、魔法のための『場』を開く。
俺は慌てて、右手を掲げた。
「【メギドフレイム】!」
宿敵である騎士団長アテナと魔導士シャルル、まさかのコンビネーション。
放つ必殺魔法は、振り下ろす指に合わせて天から降りてくる、小さな炎球。
それは、圧縮された爆炎だ。
解放された瞬間にあがる、天を焼くほどの火柱。
大きく燃え上がった猛火は、視界を真紅に染めた。
「……バカな。この我が、人間ごときに破れるというのか?」
舞い落ちてくる火の粉の中、アスタロトはガクリと両ヒザをつく。
「この驚異的な魔力と剣技……貴様たちは一体、何者なんだ……っ」
そして灰になって崩れ落ちると、風に吹かれて消えていった。
「終わったか」
一つ息をつき、アテナはゆっくりと振り返る。
「集めた子供たちは、どうするつもりだ?」
ぶつけられた問い。
俺は少し考えた後、答える。
「調教、できないかな」
「調教だとっ!? 貴様やはり……っ!」
「読み書きや計算を教えて、それから各自の興味や才能に合った技術を付ける……みたいな」
「なに? ……ハッ!」
俺がそんな思い付きを口にすると、アテナは何かを思い出したかのように、ピタリと動きを止めた。
「まさか……中庭で商談を潰し、陛下に進言していたという新たな建物の築造とは、この子供たちの面倒を見るためのものか!?」
「……はい?」
「それだけじゃない。結果だけ見れば私たちは悪人を捕らえ、二対一という有利な状況で魔族すら打倒している!」
「いや、それは偶然――」
「自ら悪人や魔族に取り入り、帝国にアダなす者を利用した後に打倒。さらにその裏では、国の新たな担い手たちに、救いの手を伸ばそうとしていた……! たった一つの作戦でいくつもの功績を生む。そんなの、まるで稀代の策士ではないか……ッ!」
な、何か分からないけど、めちゃくちゃ勘違いしてる――っ!!
「そして自らの信じた正義のためなら皇帝陛下に、主君に魔法を使うことすら厭わぬ覚悟まで持つというのか、この魔導士は……っ!?」
興奮したアテナは、もう止まらない。
最後は俺に、驚愕の視線を向けてきた。
「……そ、そういうことだ」
このチャンスを、利用しない理由なんてない。
俺がその勘違いを肯定すると、アテナはそっと剣を鞘に納めた。
……乗り切った。
今度こそ、乗り切ったぞォォォォ――ッ!!
心の中で、歓喜の拳を突き上げる。
これで全てが丸く収まった!
魔法もちゃんと使えるみたいだし、そうなれば魔導士シャルルへの転生もそこまで悪くない。
俺が悪事や悪人から距離を取れば、もう波風は立たないだろう。
そして未来が変われば、帝国も世界も滅びない。
本当にこのまま、ここで自由気ままに生きていけるんじゃないか!?
ようやく乗り越えた窮地。
俺は全力でその喜びを嚙みしめる。すると。
「……あ、あのっ!」
「あれ、どうした?」
なぜか、部屋で待機していたはずのメイドが駆けつけてきた。
「よ、ようやく、覚悟ができましたっ!」
「覚悟?」
「先ほどは、ご命令にお応えできなくて申し訳ありませんでした……っ!」
「命令? なんのこと?」
言っている意味が分からず、俺は首を傾げる。
するとメイドは、スカートの裾を両手でつかんだ。
「あ、あの、すごく恥ずかしいのですが……」
「はあ」
「ど、どうぞ……ご覧くださいっ!」
そしてそのまま、思いっきりスカートをたくし上げる。
「「ブフゥゥゥゥゥゥ――――ッ!!」」
これにはアテナ共々、盛大に噴き出す。
十八歳ほどの可愛らしい少女が持ち上げたスカートの中には、程よい肉付きをした、すべすべの太もも。
そして申し訳程度の飾りがついた、純白のパンツ。
恥ずかしさのためか、わずかに内股になっているのがたまらない。
「……おい」
怒りのこもった声をあげたのは、頬と耳を真っ赤にしたアテナ。
「き、ききき、貴様っ! ううううら若き乙女に、なんという非道を――っ!! やはり貴様は凶悪なエンデラ族! 悪党や魔族を目の前で捕らえ、倒すことで私を騙そうとしていたに違いないっ!」
「違う違う! これにはちょっとした行き違いがあって――!」
「どんな行き違いをすれば、メイドがスカートをたくし上げに来るというんだ! そこへ直れ! 今すぐ斬り刻んでくれる!!」
「いやだから、これは違うんだって――」
「問答無用! 【ライトニングブレード】!!」
「うおおおおおお――――っ!?」
巻き起こる衝撃波に弾き飛ばされ、俺は派手に地面を転がる。
「なんだよ! さっきまでと全然態度が違うじゃねえか!」
大慌てで逃げ出すと、アテナは剣をブンブン振り回しながら追いかけてくる!
「やはり貴様は認められないっ! 必ず悪事の尻尾をつかんでやる! 必ずだああああ――――っ!!」
「うおおおおおおおおおお――――っ!?」
放たれる斬撃に、再び地面をバウンドする俺。
……もちろんこの時は、知る由もない。
まさか本編において最大の宿敵である騎士団長アテナとの関係が――――あんな形に変わっていくなんて。
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