第7話 贈られた幻覚剤

「これが貴族のパーティか。さすがに華やかだなぁ」


 帝国には、多くの貴族がいる。

 その中でも、こういう催しが好きな人たちがやって来ているのだろう。

 王城内のホールでは多くの貴族が談笑をかわし、メイドや使用人たちが忙しそうに駆け回っている。


「料理の補充はできたか?」

「できてるよ」

「よし、次は食器の片づけだ」

「はいはい」

「走れ、待たせるんじゃない」

「いや、これは魔導士がやる仕事じゃないだろ」


 しかもなんで俺だけ、執拗に忙しくさせるんだ。


「魔導士であるということは理由にならない。騎士団に入った以上、どんな仕事でも率先して――」

「……チッ」

「おい、聞こえてるぞ」


 舌打ち一つして、使用済み食器の片づけを開始。


「サンドイッチか……うまそうだな」


 その途中で、並んだ料理に目を奪われた。

 まだ起きてから何も食べてないし、少しくらい食べちゃっても問題ないよな。

 俺はトレーに乗ったサンドイッチに、手を伸ばして――。


「痛っ!」

「卑しい真似をするな。みっともない」


 アテナに、現行犯で手をはたかれた。


「急な仕事だったから、こっちはまだ紅茶しか飲んでないんだぞ? 一つくらいはいいだろ」

「これは騎士団のために作られた料理ではない」

「……いちいちうるさいなぁ」

「おい、立場をわきまえろよ」

「剣を握るなって!」


 いくら【魔眼】の使用に気づかれたとはいえ、攻撃的すぎるだろ!

 本来であれば宿敵の二人。

 もはや本能が、敵対心を覚えてるのかもしれない。


「アテナ、おつかれ!」

「なっ!?」


 俺たちがにらみ合っていると、やって来た赤髪の女性騎士が突然、アテナの背中に抱き着いた。

 そして胸当てに、手をすべり込ませる。


「相変わらず、見事なボリュームですなぁ」

「こ、こら! どこを触っているっ!」


 アテナがそう言って振り払うと女性騎士は笑って、『青い液体』の入った小瓶を差し出した。


「これ、疲れに効くんだって。使って」

「私にか?」

「うん、最近忙しそうにしてたからさ」

「そうか……ありがとう。さっそく使わせてもらうよ」


 おそらく騎士団の部下であろう女性剣士は、ひらひらと手を振って去っていく。

 部下だけど、友人みたいな関係なんだろう。

 苦笑いのアテナは一つ息をつくと、じっと魔法薬を見つめる。

 それから一息、気合を入れて『青い液体』を飲み干した。


「……その癖、自分は仕事中に飲むのかよ」

「貴様と違って、盗み食いではないからな」

「まったく意地汚い。それでも騎士か……だから剣を握るなって!」


 俺は両手をあげて、降参のポーズ。

 すーぐ剣に物を言わせるんだから……。


「とにかく、盗み食いなどしないように。真剣に職務に当たれ」


 そう言い残して、去っていくアテナ。

 その横暴ぶりにため息をつきながら、俺はサンドイッチに手を伸ばす。


「きゃあっ」

「……ん?」


 すると、不意に聞こえてきた小さな悲鳴。

 どうやら貴族とメイドが出合い頭にぶつかり、トレーに乗せていた飲み物をこぼしてしまったようだ。


「も、申し訳ございませんっ」

「お前さぁ、自分が何をしたか分かってんの?」

「あーあー、よりによって帝国商業界の一翼を担うゴーデン様に、ワインをぶっかけるなんてなぁ」

「これ一着で、お前の給金の十年分になるんだぞ」

「ほ、本当に申し訳ございません……っ!」

「謝って済む問題じゃねえんだよなぁ! どうしてくれんだよこれ、おい!」

「すみません……すみませんっ」


 高圧的に責めてくるゴーデンに、メイドは半泣きで頭を下げ続ける。


「そこ、何をしている?」


 するとそこへ、アテナが声をかけに向かった。


「ああ、グラスを落としたのか。ほら、すぐに片づけて」

「ふん。無能なメイドめ。まったくいい迷惑だ」


 辛辣な貴族たちの言葉に、さらに怯えるメイド。


「何をしている? 突っ立っていないで、掃除に取り掛かるんだ」

「そうだ、早くしろ」

「ほら、急いで」


 アテナはそう言って――――ゴーデンの手を取った。


「「「……は?」」」


 呆気にとられるメイドと貴族たち。さらに。


「ほら、掃除を始めるぞ」


 取り出したハンカチをゴーデンの手に握らせると、こぼれたワインの拭き取りを自ら率先して始める。


「早くしないか、ほら早く」

「え、あ、はあ……」


 呆然とするゴーデン。

 アテナの圧に押されて、その場にしゃがむ。

 そしてハンカチを、こぼれた飲み物の上に乗せた。


「何をやっている。こうやって、しっかり手を使ってふき取るんだ」

「あ、あの……っ!」


 なぜか貴族が拭き掃除をさせられ始めて、困惑するメイド。

 だがアテナは止まらない。


「もっと力を込めて。なんだ新人か? この程度の仕事もできないようでは、メイドとしてやっていけないぞ」

「……す、すみません」


 ゴーデン、意味不明なアテナの言葉に頭を下げる。


「あ、ああああのっ!」


 一方メイドは困り果て、過呼吸になり始めていた。

 しかしそれでも、アテナは彼女が見えていないかのように無反応。


「……む、まだ拭き残しがあるな。もっと力を込めて拭くんだ」

「は、はい……」


 再び、拭き掃除を続ける二人。

 しばらくすると、アテナが顔を上げた。


「だが、一体どれだけの数のグラスを落とせば――――このようなワインの池ができあがるというんだ?」

「「「はい?」」」


 ついに何もこぼれていない場所まで、念入りな拭き取りを始めるアテナに、貴族たちが顔を見合わせた。


「何やってんだ……あいつ」


 思わず、盗み食いの手が止まる。

 アテナは、まったく汚れていない床を真剣に拭いて回っている。


「お、おい……なんかおかしくね?」


 ゴーデンと仲間たちはその異常さに、いよいよ顔を引きつらせ始めた。


「もしかして、ヤバい薬でもやってんのか……?」


 まったく汚れていない床を狂ったように拭き進んでいく姿に、もれ出す怯えの言葉。

 ゴーデンたちは、アテナの隙を見てそっと立ち上がると――。


「さっきは悪かった。お前も早く逃げた方がいい」

「は、はいっ……」


 まさかの事態に白目をむいていたメイドに謝り、真剣な面持ちで退避を促した後、そそくさと逃走を開始。

 一人残されたアテナは、結局そのまま狂気の拭き掃除を続けた。


「これでよし」


 そして一通り何もこぼれてない床を拭き終わると、やり切った感じで息をつく。


「……いやマジで、何やってんだあいつ」


 アテナが見せた奇行に、困惑するしかない俺。

 するとパーティ会場が、にわかに騒がしくなり始めた。


「陛下だ!」

「皇帝陛下が、おいでになられたぞ!」


 振り返るとそこには、豪華な衣装をまとった一人の男。

 どうやら、皇帝がやってきたようだ。

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