第8話 猛威を振るう幻覚剤

「陛下……っ!」

「陛下だ!」

「ご足労いただき、感激です……っ」


 パーティ会場は、変わらず賑やか。

 それでも皇帝のご登場とあれば、自然と緊張感が走り出す。


「そう恐縮せず、存分に楽しむがいい」


 しかし齢五十になる雄々しき皇帝には、慣れたもの。

 さっそくご機嫌をうかがいにきた貴族たちに、余裕の態度で応える。


「おお、やはり陛下は泰然としておられる」

「これが帝国を統べる者の、迫力というものか……!」


 現れただけで、場の空気を変えてしまう皇帝。

 その目が、『狂気の乾拭き』を終えたばかりのアテナを見つけた。


「アテナよ、首尾はどうだ?」

「ああ、問題ない」

「ならば今日は一貴族として、パーティに参加してみてはどうだ?」


 皇帝がそう言うと、アテナは苦笑いで息をついた。そして。


「先ほどは薬をありがとう。だがお前には少し、馴れ馴れしいところがあるから気を付けるのだぞ」

「……騎士団長殿?」


 たしなめるような笑顔で皇帝に注意したアテナを見て、貴族たちがざわつく。


「それにだ……いくら友人とはいえ、さっきみたいに挨拶代わりにその……む、胸に触るような真似はよくない」

「「「……陛下?」」」

「す、するかそんな真似!」

「これからは気を付けるのだぞ。いくら……女性同士でもな」

「「「陛下!?」」」

「何を言っている!? アテナは余のことを女だと思っていたのか!?」


 さすがの皇帝も、まさかの言葉に驚愕を隠せない。

 するとアテナは、唖然としている皇帝の肩に手を置いた。


「私は一度会場を出る。しっかりと魔導士を見張っておいてくれ」


 残された皇帝は、意味が分からず首を傾げまくっている。

 ……マジで何やってんだ、あいつ。

 あの厳しいアテナが、皇帝にあんな態度を取るなんて、どう考えてもおかしい。

 本編でも、皇帝には常に丁寧だったはずだ。

 アテナに一体何が……?


「…………ん?」


 その時、俺にひらめき走る。

 思い出したのは、さっきアテナが胸もみ女性騎士からもらって飲んだ『青い薬』だ。


「もしかしてあいつが飲んだのって……【幻覚剤】か!?」


 今にしてみれば、色はもちろん容れ物までそっくりだった気がする。


「いやでも、何が起こればアテナが【幻覚剤】を飲むことになるんだ?」


 俺の疑問をよそに、アテナはなぜか角を曲がるような動きで会場内を突っ切っていく。

 そして貴族たちの間に割り込むように進み、会場のど真ん中で突然足を止めた。


「怠け者ではあるが、今のところおかしな気配はなし……魔導士、読めない男だ」


 なんか独り言をつぶやきながら剣を外し、軽鎧を脱ぐ。


「なんだ……?」


 俺はもちろん、付近の貴族たちも急なことに首を傾げる。

 すると鎧を外し終わったアテナは一息つき、そのままスカートを脱ぎ始めた。

 俺は、駆け出していた。


「おおおおおおい! 何やってんだお前――――ッ!!」


 そしてそのまま、スカートをつかんで上げる。

 アテナは、驚愕に目を見開いた。


「な、な、な、何をする! お前、こ、こ、ここをどこだと思っている!?」

「はあ!? それはこっちのセリフだよ!」

「この変態め! ここは、じょ、じょ、女性用のトイレだぞ!」

「パーティ会場だよォォォォ!!」


 これは間違いない!

 ここがトイレに見えてるなら、それは【幻覚剤】の効果だ!


「放せ! 変態魔導士!」

「放さねえよ! 放したらここで用を足すんだろ!?」

「と、当然だろう!」


 アテナは顔を真っ赤にしながら、俺をグイグイと押し出してくる。


「ふざけんな、意地でも放さねえぞ!」


 俺は逆にアテナにしがみつき、凶行を阻止する。


「放せ!」

「やめろって言ってんだろ! ここで用を足すつもりなら、俺はお前を撃つ!」

「なぜだ!? ここで足さずにどこで足せというのだ!」

「ここ以外だよぉぉぉぉ!!」

「ここ以上に適した場所などないだろう! そもそもなぜこんなところに平気でいる! この変態め!」

「このままぶちかますと、お前がその変態に……いや、放尿騎士団長になるんだぞ!」


 貴族たちの集まるパーティの場で、衆目を集めながら用を足すとか、至高の変態じゃねえか!


「何を言っている! 今すぐここから去れ! わっ、私は……よ、用を足さねばならんのだ!」


 ちょっと足をもじもじさせながら、アテナが叫ぶ。

 マズいぞ、このままじゃ押し切られる……っ!


「いいから、やめろって言ってんだろ!」

「やめるのはお前だ! そして今すぐ出ていけ!」

「だからこのままじゃお前は、放尿騎士団長になるんだって!」

「放尿騎士団とはなんだ!?」

「ああもうっ! お前は魔法薬のせいで――――幻覚が見えてるんだよォォォォッ!」

「……えっ?」


 俺の言葉に、突然の硬直。

 どうやら、【幻覚剤】の効果が切れたようだ。

 あらためて周りを見回して、アテナは自分の姿を確認。

 一瞬で、顔から蒸気を噴き出した。


「い……い……」


 そして、二歩ほどフラフラと足を下げると――。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!!」


 アテナは普通の女の子みたいな悲鳴をあげ、大慌てで舞踏会場から逃げ出して――。


「きゃあっ!!」


 落ちたスカートに、足を取られてすっ転んだ。

 健康的な太ももと、チラッとのぞく水色のパンツ。

 アテナは慌てて立ち上がると、そのまま会場の外へ駆け出していった。


「……なんとか、致命傷で済んだか」


 これで、最悪の事態だけは免れた。

 アテナのいなくなった会場。

 俺はサンドイッチを三つほど手に取ると、呆然とする貴族たちを置いて部屋に戻ることにした。


「……あれ?」


 たどり着いた自室。

 デスクの上に置いといた【幻覚剤】がない。

 しかも【強壮剤】は、テーブルの上に置きっぱなしだ。


「メイドちゃん、あの薬って……どうした?」

「はい。騎士様が『お疲れのお友だちにあげたい』と言っておられたので、プレゼントさせていただきました」

「なるほどね……そういうことかぁ……」


 俺が作った【幻覚剤】を、間違えて持って行ったメイドちゃんが女性騎士にあげる。

 そして女性騎士が、会場でアテナにあげたっていう流れか。


「…………よし」


 全てを理解した俺は、ゆっくりと立ち上がった。



   ◆



 パーティが終わり、しばらくたった後。

 聞こえてくる、重く激しい足音。

 鋼鉄が絶え間なくぶつかり合い、荒々しい金属音を鳴り響かせる。

 そして次の瞬間、魔導士シャルルの部屋の扉が、乱暴に蹴り破られた。


「きゃあっ!?」


 驚きふためくメイド。

 現れたのは両手に持った大剣を振り回し、重い全身鎧を着込み、何が起きたかの『全てを理解』した怒りの騎士団長。


「ア、アテナ様っ!?」

「極悪非道の……大バカ魔導士はどこだああああああああ――――ッ!!」

「さっ、先ほど、調薬修行の旅に出られました――っ!!」

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