第9話 帝国騎士団

 自室の大きな窓からは、気持ちのいい陽光が差し込んでくる。


「お待たせいたしました。サンドイッチでございます」

「うむ、ありがとう」

「こちら、生き血のソースです」

「それは要らない」


 時刻は朝と昼の中間。

 もそもそと起き出した俺は、伸びを一つ。

 メイドちゃんに作ってもらったサンドイッチを頬張りながら、ダラダラとした時間を過ごす。

 これ、すなわち至高。


「魔導士」

「ッ!!」


 これはアテナの声!


「開けるぞ」


 そう言ってアテナは、わずかな沈黙の後、部屋のドアを開く。


「いない? ……いや」


 部屋に踏み込んできたアテナは、そのままクローゼットを開いた。


「こんなところで何をしている」

「……今日は腹が痛いから、お休みということで」

「腹痛の者が、サンドイッチ片手にクローゼットに潜り込むわけがないだろう。さあ行くぞ」


 クローゼットから引っ張り出された俺は、裾をつかまれ引きずられる。


「お、おい、どこに連れて行くつもりだよ!?」

「来れば分かる」

「これで三日連続だぞ! そもそも俺は『意見役』なんだ、俺のペースで仕事をさせろー!」

「だが、騎士団員だ」

「また大勢の前で、スカートを下ろして見せるようなことになるぞ!」

「あっ、あれはお前が……っ!」

「……放尿騎士」

「やめろっ! そもそも未遂だ!」


 パーティでの痴態を思い出して、思いっきり赤面するアテナ。

 皇帝や貴族には、【幻覚剤】の影響だったと説明して回ったらしい。

 まあ俺も何かあったら面倒だし、皇帝には「忘れてあげて欲しい」と言っておいたけど。


「……で、今日は何をするんだよ」

「まずは騎士団の者と共に、荷運びを行う」

「荷運び?」


 力仕事とか、一番やりたくないんだけど……。

 面倒なことになりそうな気配に、俺はため息をついたのだった。



   ◆



「何をしている、もっと足を動かせ」


 アテナはそう言って、俺の隣に並んだ。

 仕事は新調した鎧の入った木箱を、騎士団の兵舎に運ぶこと。

 完全な力仕事だ。


「あのなあ、俺は魔導士なんだぞ。力仕事をしないために生まれてきた男なんだから、あんまり期待すんな」

「そもそも私が二箱重ねて運んでいるのに、お前は一箱だけではないか」

「か弱き魔導士が力仕事してるんだから、褒めてもいいくらいだぞ」

「まったく情けない」


 これ見よがしなため息をつき、俺を置いていくアテナ。

 ちなみに箱は、一つでも十分重い。


「それを二個まとめて運ぶとか、馬鹿力もいいところ……」


 そうつぶやいた俺の隣を、駆け抜けていく騎士団員少女。


「……は?」


 その手には、高々と積まれた八個の木箱。

 マジかよあいつ……。


「よいしょっと」


 少女は騎士団宿舎前に荷を降ろすと、並んだ箱を数え始める。


「ええと、八個ずつ運んで六往復だから……」


 それから「むむむ」と考えて、一言。


「四十二個!」

「なるほど、アホの子か」


 俺がつぶやくと、騎士団員少女が振り返る。

 高めの身長に、明るく短い茶髪。

 そこにはアホの子に恥じない、立派な寝ぐせが一房。

 ショートパンツからのぞく太ももは、すごく健康的だ。


「ややっ、キミが団長の言ってた魔導士さんだね。あたしはサニー。帝国騎士団の副団長だよ」

「副団長……?」

「そうだよ。だからアホの子は心外だなぁ」


 そう言って、わざとらしい怒り顔をしてみせる副団長サニー。


「ちゃんと計算だってできるんだよ?」

「7×6は?」

「48!」

「アホの子じゃねーか」


 アホの子は大抵6、7、8の段が弱点だ。


「ううっ、7の段はずるいよぉ」

「ちなみに8個ずつ6往復したんだったら、48個だからな」

「おおっ! ということは、あたしのノルマが60個だから、そこから48を引いて……」


 さっそく、引き算を始めるサニー。

 両手を使って計算している姿が、とてもアホっぽい。


「あと22個だ!」

「12個だよ」

「てへへ、魔導士さんは計算が得意なんだね」


 サニーは、恥ずかしそうに笑う。

 するとそこに、箱の中身を確認していたのだろうアテナがやってきた。


「よし、あと少しで荷運びも終わりだな。一気に片付けてしまおう」

「了解っ」


 そしてそのままサニーを引き連れて、来た道を戻って行く。


「……副団長め」

「ん?」


 そこに現れたのは、一人の騎士団少女。

 抱えてきた一つの木箱を置いて、息をつく。

 なんだ、馬鹿力じゃない普通の子もいるんじゃないか。

 見た目は、長めの黒髪を二つに結んだツインテール。

 俺より一回り小さな身長に、華奢な身体つき。

 騎士団少女は、アテナと隣り合って戻って行くサニーを見て唇を噛んだ。


「私が副団長になれば、アテナ様の隣に立てる……必ず、必ず下剋上を……っ」

「もっとヤバいやつだった」


 思わずつぶやくと、狩る者の目をした少女が振り返った。


「あなた、昨日のパーティにいた魔導士ね? アテナ様に下着姿をさらさせたという」


「ガルルルル」と唸りながらやってきた少女は、真下からにらみつけてくる。


「アテナ様とは、どういう関係なの?」

「何の関係もねえよ。無理やり騎士団に入れられて雑用をさせられてるだけだ」

「あなたを騎士団に? アテナ様、わざわざ男を増やすだなんて……」


 そう言って騎士団少女は、鋭い視線を向けてきた。


「……アテナ様に取り入ろうみたいなマネは、しない方がいいわよ」

「剣を抜きながら言うな」

「魔導士に怪しい動きがあれば斬れと言われてる……これは私の判断でいつでも斬っていいという事。例えば、アテナ様との関係性が『怪しい』でも問題ない」

「やめろ!」


 間違いない! こいつはヤバいやつだ!


「まあ、どこの馬の骨ともわからない者と懇意になるなんてことは、世界がひっくり返ってもあり得ないでしょうけど……一応一つ、聞かせてもらうわ」

「な、なんだよ」

「……下着は何色だったの?」

「何を聞いてきてんだ! 水色だよ!」


 剣を向け、恐ろしい目でにらみつけてくる騎士団少女に、即座に屈する俺。しかし。


「レイン」

「はいっ! なんですかアテナ様っ?」


 アテナに呼ばれると一転、目を輝かせながら駆けて行く。


「レインちゃん、今日も元気だね!」

「もちろんですっ、サニーさん!」


 さっきまで『下剋上を起こす』と言っていたサニー相手に、レインは満面の笑みを見せる。


「二人は相変わらず、仲がいいな」


 そしてそんな二人を見て、笑みを浮かべるアテナ。


「火種がくすぶってるんだよなぁ……」


 騎士団の抱える闇を見せつけられた俺は、溜息をつきながら三人の後に続くのだった。

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