第38話 キレる大物魔族

「まさか、このような大物が出てくるとは……」


 アテナが、現れた魔族の迫力に驚きの声を上げた。

 こいつの名は、アルシエル。

 本編でも後半に登場して、『主人公』たちを大いに苦しめるレベルの強敵だ。

 2メートルを超える、強靭な肉体は濃灰色。

 赤く燃えるたてがみに、獅子のような顔。

 そして二本の角と、長い尾を持つ悪魔だ。

 それは姿を見ただけで、即座に強いと分かるほどの大物。

 ……ていうか『魔導士シャルル』が動かなくても、魔族は勝手に帝国を奪いにくるのか。

 これは、大変な事実だ。


「予定通り、復活を果たしたぞ」


 アルシエルは地獄の底から響くような声でそう告げると、その視線を俺に向けてきた。

 え、急になんだ……?


「貴様の計画通りだ――――帝国の魔導士よ」

「お、俺ええええええええ――――っ!?」

「シャルル! 貴様やはり魔族と手を結んでいたのだな!」


 まさかの言葉に、アテナは怒りの目を向けてくる。

 おいおい! こいつの復活って、『魔導士シャルル』が関わってたのかよ!


「まさかこの状況も私を討ち、帝国を潰すために、お前がお膳立てしたのか!?」

「知らん! 『俺』は全然知らん!」

「突如消えたアスタロトに変わり、この我が直々に帝国を蹂躙してやろう。不様に泣き叫ぶがいい、人間どもォォォォッ!!」


 アルシエルの咆哮と共に、吹き抜ける風。

 アテナは敵意をむき出しにした表情で、剣を構える。


「だが、その前に」

「その前に?」


 しかしアルシエルはそう言って一転、急停止。

 怒りに燃える目で、俺をにらみつけてきた。


「魔導士よ、話が違うではないかァァァァ――ッ!!」

「……はい?」

「密約があったにもかかわらず、なぜ我が復活に手を貸さず、手引きすらしなかった! 勝手の分からぬ帝国での復活。貴様の手引きを、我らは何百時間も待っていたのだぞ! いくら待っても全然来ないから、全てをサキュバスに任せて復活の魔力集めを行ったのだ!」

「あ、ああーっ! 『シャルル』と約束してたのに『俺』が待てど暮らせど来ないから、サキュバスが単体で帝国を回って魔力集めをしてたのか!」

「ああーっ! ではない! かわした密約では復活だけでなく、集めた有り余る魔力を行使できるという話だったはずだ! それが我が復活のみで、集めた魔力のほとんどが枯渇してしまったのだぞ!」


 なるほど。

 魔力集めに時間がかかってしまったせいで、騎士団に異変を気づかれた。

 だから儀式も魔力たっぷりの状態じゃなく。ギリギリの量でやらなきゃいけなかったわけか。

 キレるアルシエル。

 しかし事態は、これだけにとどまらない。


「まさか、魔力集めにこれほど苦戦するとはな」


 アルシエルがそう言うと、サキュバスは申し訳なさそうに頭を下げる。


「申し訳ありませんアルシエル様っ。私も、こんなことになってしまうとは思いませんでした……!」


 そして、頭を下げたまま身体を震わせ始めた。


「でも、どうして【吸精】の魔法が通じなかったのか、今夜やっと分かったんです! ずっとおかしいと思ってたんだ。天才サキュバスがこんなに苦戦するなんておかしいって……!」


 え、なんか怒ってる?

 頬を引きつらせながら、その手に何かを取り出したサキュバス。

 大きく振りかぶると、そのまま全力で地面に叩きつけた。


「こんなものがあったんじゃ、うまくいかないわけだよぉぉぉぉ――――っ!!」

「そ、それは……っ!」


 その『何か』を見たアテナは、思わず驚愕。


「シャルルたちの作った、卑猥本か!?」

「そりゃこんなものが出回ってたら、私が来る前に満足しちゃってるよね! これのせいで、この天才サキュバスが何百回丁重にお断りされたことかッ!」


 そういうことか!

 精気を吸収しまくって魔力に変換するつもりが、皆エロ漫画で満足してしまっていた。

 そのせいで、精気を上手く集めることができなかったんだ!

 そして時間がかかってしまったことで、アテナたちの調査に追われてしまったと。


「こんな物のせいで……! ナタリアちゃんのプライドはもうめちゃくちゃだよ!!」


 キレ散らかすサキュバス。

 一方でアテナは、驚愕の表情をのぞかせたままだ。


「まさか……あの卑猥本の流出から、全てがシャルルの作戦の内だったというのか……?」


 完全に偶然です。


「シャルルの裏切りによって、魔族が魔力を集め切る前に私たちと戦うことになった。今なら帝国を狙う悪しき魔族を討てるかもしれない。だが……そもそもこのレベルの大物を呼び出しただけで、世界を危機にさらすような悪行だ。正義、悪。魔導士シャルルは一体……どっちなんだ!?」


 勘違いのアテナはいよいよ、ワナワナしながら頭を抱え始める。

 どっちでもないんだよなぁ。


「魔導士よ、まさかこの我を謀ったのではあるまいな……?」


 さすがにこの状況に疑問を覚えたのだろうアルシエルは、地面を響かせるような重い声で問い詰めてくる。


「俺の方はそんなつもりはなかったんだけど……まあ、結果としては」

「貴様ァァァァァァ――ッ!!」


 俺が正直に応えるとアルシエルは咆哮をあげ、鋭い牙をむき出しにした。

 いやいや仕方ないだろ!

『前の』シャルルが仕込んでた話なんて、俺は知らないし!


「人間ごときがこの我を弄んだ罪は万死に値する……狙い通りの魔力を得ることはできなかったが、我が復活自体は完璧だ。計画通り、この帝国を地獄に変えてやろう!」

「ッ! させるものか!」


 アテナは剣を構え、アルシエルに向けて咆哮一閃。

 するとアルシエルは軽く両手を開き、魔法を発動する。


「――――【イグニス・タグナム】」

「っ!?」


 その足元から噴き出した豪炎が、夜空を焼くほど高く燃え上がる。

 駆け抜ける衝撃波は、思わず足を取られて転倒しそうになってしまうほど。

 付近の古い建物はその余波に崩れ、倒れた石壁が無残な姿を見せる。


「……なんという、威力だ」


 大物ならではの火力に、アテナが息を飲む。

 アルシエルは怒りに頬を引きつらせたまま、その目を妖しく輝かせる。


「さあ、まずは貴様たちの死をもって復活の凱歌をあげるとしよう。かかってくるがいい、脆弱で愚かで間抜けでクズで、時間も約束も守れないゴミ人間どもォォォォ!!」


 さ、最後のは完璧に、俺への怒りだぁぁぁぁ――――っ!!

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