第37話 テンプテーション

「ふふっ、どう? これが天才サキュバスちゃんの力だよ。君たちなんかじゃ勝ち目はないんだから」

「ナタリアちゃん……好きだ」


 視界が、桃色に染まる感覚。

 サキュバスに魅入られた俺は、その身体から目が離せない。

 これが、テンプテーションの効果か……っ!


「目を覚ませ! シャルルッ!!」

「……ハッ!!」

「え、うそ……!? 【テンプテーション】が解けちゃった!! こんなに早く解けるの、見たことないよ!」


 サキュバスのナタリアは、驚きの表情を見せる。

 そうか、『魔導士シャルル』の抗魔力はすごく高い。

 だからそれだけ、状態異常が解けるのも早いんだ!


「そ、それならもう一回!」

「なめるな! 俺に同じ手が、二度も通じるものか!」

「そうだシャルル! サキュバスの誘惑など弾き返してやれ!」

「任せろォォォォーッ!」

「【テンプテーション】っ!」

「ナタリアちゃん、しゅき!」

「シャルルゥゥゥゥ――ッ!!」

「ハッ!!」


 ヤバい! これはヤバい……っ!

【テンプテーション】の威力は思った以上だ! だがっ!


「落ち着け俺……深く呼吸をして、雑念を捨てる。これで大丈夫だ! もう俺に【テンプテーション】は通じない!」

「【テンプテーション】っ!」

「ナタリアちゃん、ちゅきちゅきィィィィ」

「シャルルゥゥゥゥ――――ッ!! 目を覚ませ! これだから魔法は嫌いなんだ!」

「ハッ!! な、何てパワーだ! 【テンプテーション】強力過ぎる! これは街の男たちが操られてしまうのも無理ないぞ!」

「こんなに何度も【テンプテーション】にかかりまくってくれる人、逆にめずらしいんだけど」

「やめて! 恥ずかしいから言わないで!」


 それってシャルルの問題じゃなく、『俺』のせいってことだよな!?


「まだまだいくよっ! 【テンプテーション】!」

「ちゅき……ハッ!」

「【テンプテーション】!」

「ちゅきちゅき……ハッ! なんだよこの状態異常攻撃! 絶対にかかるんだけど!」

「【テンプテーション】! なにこれー! 全然効果が続かないんだけどーっ!」

「……そうか! それならっ!」


 俺の方を、圧倒的あきれ顔で見ていたアテナ。

 しかし何かを思いついたかのように、ナタリアの下僕状態になっている男たちのもとに踏み込むと、剣の柄を腹部に叩き込んだ。


「ぐっ!」


 そしてそのまま一回転。

 接近してきていた男たちを、剣の側面を使った回転撃でまとめて弾き飛ばす。


「「「ぐああああああ――――っ!!」」」

「シャルル! お前はそのままサキュバスから時間を稼げ!」

「なるほど! そういうことかっ!」


 俺が【テンプテーション】にかけられまくってる間に、アテナが男たちを片付ければ、形勢は逆転する!

 めちゃくちゃ情けないけど、理にはかなってるぞ!


「そうはさせないよっ! ファイア――」


 そのことに気づいたサキュバスは、狙いをアテナに変えた。


「させるか! 【ファイアボルト】!」

「うわわっ! 【テンプテーション】!」

「ナタリアちゃん、ちゅきぃぃぃぃ! ハッ!」


 こういうことだ!

 この状況が続けばサキュバスは手ゴマを失い、追い詰められていくのみ。

 俺の尊厳は死ぬけど、状況は間違いなく好転していく!


「【ファイアボルト】!」

「わわっ、うわわっ!」


 隙を突いて放った炎弾を、サキュバスは大慌てで回避する。


「まだまだ! グランフレア――」

「【テンプテーション】ッ!」

「だいちゅきぃぃぃぃぃぃ――っ!」


 一瞬で桃色に染まる視界。

 しかしこの間に、アテナは下僕状態の男たちを次々に無力化していく。

 これだけの数を相手にしても、余裕の攻勢だ。


「これで、終わりだっ!」


 そしてそのまま狙い通り、アテナは全ての下僕たちを気絶させてみせた。


「サキュバスよ、観念するんだな!」


 あらためてサキュバスに剣を向け、言い放つ。


「ハッ! そ、そういうことだ!」


 もはや自由に使える男たちは近くにおらず、完全に二対一の状況。

 俺に【テンプテーション】を使えば、アテナが距離を詰める。

 アテナに気を取られれば、俺の魔法が迫る。

 戦況は完全に、こっちの優位だ。


「あーあ、可愛い下僕ちゃんたちが……残念」


 不利を理解したサキュバスはそう言って、ため息をついた。


「観念したか、サキュバス」

「……全然っ。だって時間を稼がせてもらっちゃったのは、こっちも同じだもん」

「なに……?」


 そう言ってサキュバスは、右手を高く掲げる。

 するとこれまで鈍く光っていた魔法陣が、急に強く輝き出した。


「これは、何かの儀式か……っ!?」

「残念だったね。気づくのがちょーっとだけ遅かったみたい。私の目的は最初から、精気をたくさん集めて魔力に変換。それを使って召喚の儀式を成功させること。【テンプテーション】で作った下僕ちゃんたちは、魔法陣の設置や防衛のためのお手伝いにすぎなかったんだよ」

「なんだとっ!?」


 サキュバスは妖しく笑って、魔法を発動する。


「さあ、この時がきましたよ! おいでなさいませ――――アルシエルさま!」


 強烈な光が、魔法陣から夜空に向けて放たれた。

 帝国の街が一瞬、昼間になったかのように明るくなり、吹き荒れる風に髪がバサバサと揺れる。


「……おい、マジかよ」

「また魔族か……っ!」


 駆け抜けていく魔力光の中、アテナがその目を鋭く細める。

 現れた魔族の威容は、息を飲むほどだ。


「あ、こいつはヤバい」


 思わずこぼれた言葉。

 とんでもない大物が、帝国の裏路地に降臨した。

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