第27話 魔法薬の効果

「よし、できたぞ!」


 メイドちゃんの信頼を得るため、魔法薬の調合を始めた俺。

 試験管から煙が上がれば、サニーの求める薬が完成する。


「おおっ、これが頭の回転が速くなる薬だね!」

「ああ、さっそく試してみてくれ」

「うんっ」


 サニーは、完成した液体を躊躇なく飲み込んだ。


「甘くておいしい! ……あっ!」

「お、さっそく効いてきたか?」

「シャルルくん!」

「おう!」

「もう一杯ちょうだい!」

「何しに来たんだよ」


 俺がそう言うと、サニーは「ええと……?」と首をかしげて笑う。

 あれ? 何かいつも通りのおバカっぷりなんだけど。

 もしかして、失敗か?


「……あ、待って! なんか頭がスッキリしてきたかも!」

「よし、薬が効いてきたな。それならさっそく試してみよう。8×6は?」

「48!」

「正解。6×7はどうだ?」

「42だよ!」

「正解。8×7は?」

「56! すごい、8の段と6の段を行ったり来たりできてる! こんなの奇跡だよ!」

「それなら最後に聞くぞ。11×11は?」

「シャルルくん。その程度の問題、今のあたしには余裕だね」

「いいぞ! 答えは!?」

「――――111!」

「…………」

「……あっ、違う違う! 121だ!」

「一瞬ヤバそうだったけど、正解だ!」

「すごいよ! シャルル君ありがとう! 2ケタの掛け算なんて初めてできた! さっそく荷箱の運搬に行ってくるね!」


 サニーは大きく手を振りながら、駆け出していく。


「な? 大丈夫だろ?」

「な、何が、『な?』なのでしょうか……」


 あ、そうか。

 サニーの脳筋ぶりを知らないメイドちゃんにしてみれば、掛け算くらいじゃピンとこないのか。

 魔法薬を使ってもなお、ちょっと計算間違いしてたし。

 次の貴族パーティも近い。

 何とかしてメイドちゃんに魔法薬を信頼してもらいたいんだけど、どうしたものか。


「シャルルいる? 開けるわよー」


 悩んでいると、部屋のドアが鳴った。

 そっとドアを開いたのは、魔法隊の隊長プラチナだ。


「プラチナ? どうしたんだよ、こんなところまで来て」

「……実は、少し頼みたいことがあるんだけど」

「頼み?」

「ええと……これは私の姪。姪っ子から頼まれたことなんだけど」

「ふーん、なんだ?」


 俺が問いかけると、プラチナは近づいてきて、歯切れの悪い感じで言う。


「姪はちょっと、ちょっとだけその……控えめなの」

「大人しいってこと?」

「そうじゃなくてその……体型的に少し控えめな一面があって」

「体型的に? ああ、成長が遅いとか?」

「そうじゃなくて……その、少しだけその……む、胸が、控えめという感じで……あの、本当に少し控えめなだけなの!」

「はあ、それで?」

「だからその、お、大きくなる魔法薬はできないかと……あ、あくまで悩んでるのは姪だから! そこは間違えないで!」


 そこまで言ってプラチナは、ゴホンと咳を一つ。


「どうなの? できるの?」

「おそらくできる。ちょっと待っててくれ」


 メイドちゃんに魔法薬の安全性をアピールしたい現状に、この依頼は願ったりかなったりだ。

 俺はすぐさま、新たな魔法薬の精製に入る。

 調合のレシピはたくさんあるが、その中に胸が大きくなる薬もあったはず。

『魔導士シャルル』の知識を総動員して、俺は薬の調合を開始する。

 この程度なら、容易なもんだ。


「ほら、できたぞ」

「っ!」


 ピンク色の液体が入った試験管を渡すと、プラチナはそれをすぐさま口にする。


「……姪のじゃないの?」

「ゲフッ、ゴフッ! そっ、それは、毒味というか、姪に何かあってはいけないから、私が先にその安全性を確認しただけよ!」


 そう言って、顔を赤面させるプラチナ。

 その胸元が、突然『バン!』とふくらんだ。


「……ほ、本当に、大きくなった」


 プラチナは目を見開いて、自分の胸元をまさぐり始める。


「本当に大きくなったああああーっ! あ、でもまだ実物を確認しないといけないから、一度帰るわね!」


 そして満面の笑顔で、部屋を飛び出していった。

 その姿に、思わずノドが鳴る。

 胸が大きくなる薬……す、凄い効果だ……。


「ス、スキップしながら帰っていきました……」

「でもこれで魔法薬の効果を、少しは信じてもらえたんじゃないか?」

「……は、はい」


 半信半疑くらいの感じで、うなずくメイドちゃん。


「っ!」


 突然聞こえてきた力強い足音に、俺は思わず跳び上がった。


「ヤバい! この気配はっ!」


 以前作っておいた薬を慌てて手に取り、一気に飲み干す。

 するとその直後、部屋のドアが強めに開かれた。


「魔導士シャルルはいるか!」


 踏み込んできたのは、予想通りアテナ。


「……シャルルのヤツを見なかったか?」

「い、いえ」

「そうか。ここ最近、騎士団の仕事をさせようとする度に姿が見えなくなる。ヤツめ、何か悪事でも企んでいるのでは……」


 部屋の中を一通り見回した後、クローゼットの中も確認。

 俺がいないと分かると、アテナは不満そうにしながら部屋を出て行った。


「ふう、あぶないあぶない」


【透明薬】の効果が切れる。

 無事にアテナの追及をかわした俺は、あらためて安堵の息をついた。


「な? 大丈夫だろ?」

「は、はいっ、確かにこれなら……!」


 魔法薬の効果を目の当たりにしたメイドちゃんは、ようやく明るい表情を見せ始めた。

 立て続けのミッション成功は、見事に信頼を勝ち得たみたいだ。


「さあメイドちゃん、最高の魔法薬を作るぞ! 遠慮なく使って――」

「シャルルくん!」

「……今度は何だ?」


 入れ替わり立ち代わり状態の来客に、嘆息する。

 やって来たのは、またもやサニーだった。


「魔法薬のおかげですぐに仕事が終わったよ! ありがとう!」

「ああ、それは良かった……って、サニー?」


 突然、サニーが動きを止めた。

 呼びかけてみると、耳から大量の煙を噴き出し始める。


「サニー!?」

「……あれ? あたしは、何をしてたんだっけ」

「仕事を終えたって、報告に来たんだろ?」

「そうそう! ……ええと、ここはどこ?」

「俺の部屋だけど」

「そっか! ええと……誰?」

「サニー!?」

「ていうか……あたしは誰?」

「そうか、分かったぞ! 一気に脳を使ったせいで、オーバーヒートしたんだ! とりあえず落ち着くまでそこで寝ててくれ!」

「……ねててくれ?」


 もはや言葉の意味も理解してないのであろう無垢な顔をしたサニーを、俺はベッドに寝かせる。


「シャルルー!」

「うおおっ!? 今度は何だ!?」


 続けざまに飛び込んで来たのは、プラチナ。


「胸が急に破裂して、すっかり元通りになったんだけど! いえ、何だったら前より小さくなった気すらするんだけど!」


 俺の襟をつかんで、半泣きでガクガク揺さぶってくる。

 するとそんなプラチナに付いてきた、ガーネットがつぶやく。


「元々、あってないようなものでしたわ」

「実家ごと燃やすわよ!」

「そんな事より次の仕事が入っていますわ。行きましょう」

「待って! 次こそ、次こそもっと効果の持続するものをお願い! め、姪のために! 姪のためにィィィィ!」


 必死の面持ちで叫ぶプラチナは、ガーネットに引きずられて行った。


「あ、あの、なんか副作用がすごくないですか?」

「おかしいな。こんなはずでは……」


 メイドちゃんは一転、不安そうに俺を見る。


「ああっ、シャルル様! 身体が、身体が半透明になってます!」

「うわっ、本当だ! なんだ!? 何か作り間違えがあったのか!? 怖っ! なんだこれ怖ああああっ!」


 急に点滅を始める、俺の身体。

 ちくしょう! やはり【透明薬】は未完成のままか!

 それを見たメイドちゃんは、ゴクリと息を飲んで後ずさり。


「や、やっぱり、薬は怖いですうううう――――っ!」

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