世界を滅ぼす最強の悪役魔導士に転生したら、宿敵の女騎士が許嫁になったんだけど!

りんた

第1話 転生したら、悪役魔導士でした

 部屋の窓を開けると、そこは帝国だった。


「完全に理解した。やっぱりこれは……転生だ」


 眼下に広がる、美しい景色。

 最初に見えたのは、青空に届かんとする教会塔。

 石造りの建物が続く街並みは、剣士や魔法使い、荷車を引いた商人で賑わっている。


「でも、なんでよりにもよって『こいつ』に転生するかなぁ……」


 城内の一室。

 あらためて鏡台を見て、ため息を吐く。

 そこには大好きだった『フィナーレファンタジー6』の、登場人物が映っている。


「魔導士シャルル」


 真紅の目に、濃紺のフード付きローブをまとった白髪の青年は、人気王道RPGの主要人物だ……ただし。

 その邪悪さで帝国を裏から操り、他国を次々に侵略。

 最後は狙い通り魔神を復活させて世界を崩壊に追い込むも、『主人公』たちに討たれる。

 最強にして最狂、そして全ての元凶でもある生粋の『悪役』だ。

 特徴的な笑い声をあげながら人々を葬っていく残忍さは、「狂ってる」以外に表現のしようがない。


「……どうして、こうなっちゃったんだ?」


 俺は目を閉じ、前世最後の記憶を思い出す――――。


「や、やっと終わった……」


 深夜三時。

 持ち返りの仕事を終え、さらに上司による新人放置が始まっても困らないよう、仕事リストも自主的に作成。

 これで「自分で考えて動け」とかいう無理難題で、新人が困ることもないはずだ。


「……ん?」


 一息つくと、一通のメールが来ていたことに気づく。

 嫌な予感にノドを鳴らしながら、確認。

『明日までに、この資料まとめといて』

 予想通りの内容に、ため息を吐く。


「――――悪魔め」


 俺は唇を噛みながら、『承りました』と返信。

 上司の寄こした仕事を二時間かけて終え、フラつく足で立ち上がる。

 そしてやけに激しい動悸を感じながら、限界を迎えた身体をベッドに倒した。

 気を失うのは、あっという間だった。


「……そういうことか」


 転生への流れを把握して、ため息を吐く。


「しっ、ししし失礼いたします!」

「っ!?」


 突然聞こえた声に、思わず飛び上がる。

 返事を待たずにドアを開き、入って来たのは一人のメイド。

 十八歳ほどだろうか、黒のショートカットに大きな目をした、可愛らしい少女だ。


「お、おおお、お飲み物をお持ちしました……っ」


 悪の魔導士にビビりまくってるのだろうメイド少女は、豪華な造りの木製テーブルの前へ。

 グラスに、濃赤色の飲み物を注いでいく。


「ひっ」


 俺と目が合うと、ビクリと身体を震わせガクブル状態。


「ひいいいいっ」


 そのせいで狙いが定まらず、バシャバシャと飲み物をこぼしまくる。

 震えながら注がれた飲み物は、結局グラスの1/4ほどしか溜まらなかった。

 俺は汚れたグラスを手に取り、そのまま口に運ぶ。


「これは、ブドウ酒か何か?」

「い、いえ――――生き血です」

「ブフゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――ッ!!」


 まさかの言葉に、思わず全力で噴き出した。


「ゲホッ、ゴホッ! な、なんで!?」

「ひいいいいっ! すみませんっ! 本当は生き血は怖くて無理でした! 今朝食堂で使った鶏の血なんです……っ!」

「いや鮮度の話じゃないよ! なんで生き血なのっ!?」

「……シャルル様が、生き血を用意するようにと」


 さすが『最狂』の魔導士だ、徹底してやがる。


「申し訳ございません! 申し訳ございませんっ!」

「いや、別にいいよ」


 魔導士シャルルがさせたことだし。


「どうか、どうか命だけはお許しくださいっ!」

「いやいや、命なんか取らないって」

「お許しいただけるのであれば、なんでもさせていただきますのでっ!」

「だから別にいいって……ん?」


 メイドの言葉に、思わず身体が反応する。


「今、なんでもって言った?」

「は、はい! お許しいただけるのであれば、なんでもさせていただきますっ!」

「本当に、何でも?」

「はいっ!」


 必死に頭を下げるメイド。

 なるほどね、そういうことなら――。


「スカートをたくし上げて、パンツを見せろ」

「えっ?」

「……とかでもいいの?」


 俺がふざけてそう聞くと、メイドは驚き顔のまま硬直。

 しばらく悩んだ後、スカートの裾をおずおずとつまんだ。


「え、マジで!? ……あ、冗談だからもういいよ」


 俺はそう言って、要求を撤回。

 しかしメイドは聞こえていないのか、赤く染まった顔でスカートをたくし上げていく。


「い、いや、もういいよ! もういいからっ!」


 慌てて声をあげるが、その手は止まらない。

 覚悟を決めた強い目で、たくし上げ続ける。


「やめろって! やめろ! ……ご、ごめんなさい! お願いだからもう、やめてくださいっ!」


 最凶魔導士、メイドに全力で土下座する。

 いやこの子、全然やめねえな!


「ああもう許す許すっ! 許しまくるからっ! だからもうやめてええええええ――――っ!!」

「……よ、よろしいのですか?」


 俺が必死に腕をつかんで懇願すると、ようやくたくし上げが止まった。

 思わず、安堵の息がもれる。

 目の前には程よい肉付きをした、すべすべの太もも。

 これ以上たくし上げられては、たまらない。


「お、俺ちょっと、散歩してくるから……っ!」

「は、はい……」


 そう言い残して、そそくさと自室から逃げ出す。


「あ、焦ったぁ。まさかたくし上げを強行されるとは……」


 こんな命令をして楽しめるようなメンタルを持ってたら、そもそも転生なんてしていない。

 部屋を出た俺は、汗を拭いながら城内を進む。

 美しい石造りの帝国城。

 真紅のじゅうたんが敷かれた大階段を足早に降りて、一階へ。

 すると通りがかりの兵士たちが、姿勢を正して一礼してきた。


「あ、おつかれさまです」

「「「ッ!?」」」


 俺が軽くお辞儀すると、兵士は驚いたように深く頭を下げ直した。


「これが皇帝に招かれた帝国の要人、魔導士シャルルの権威か……」


 考えてみれば今の俺って、結構偉いんだよな。

 予想以上の反応にちょっと困惑しながら進むと、たどり着いたのは中庭だった。


「おお、こりゃ綺麗だ……」


 そこには、よく手入れされた鮮やかな植物たちが並んでいる。

 のんびり緑を見るのなんて、ずいぶんと久しぶりだ。


「んんーっ」


 身体を伸ばして、大きく深呼吸。

 癒されるなぁ……。


「貴族並の扱いに、綺麗な城下町、そして可愛いメイド。とんでもない状況になったけど、帝国はいいところだな。いっそこのまま、ここで自由気ままに生きていきたい……」


 久しぶりに覚えた解放感に、思わず本音がこぼれた。


「ん……?」


 不意に、目がとまる。

 中庭の片隅に、見知った顔があったからだ。


「あれって、皇帝じゃないか?」


 そこにいたのは、レガリア帝国の皇帝。

 思わず近寄ってみる。

 どうやら商人と、何か話し込んでいるようだ。


「今なら大量の魔法石を、驚くほどの低価格でお譲りできます。価格が上がったところで売却すれば、莫大な利益が生まれるでしょう。そして、帝国はさらに栄えます」

「……ほう」

「陛下は、その偉業を歴史に残すことになるのです」

「おお……っ!」


 商人の言葉に、皇帝はその表情を興奮させる。

 ……いや、ちょっと待て。

 俺は思い出す。

 ゲーム本編で帝国は、経済的な危機を迎えている。

 そのせいで魔導士シャルルの提案する『侵略』が、『強奪』目当てに正当化されていくんだ。

 その後の帝国は荒れる一方で、今の美しさなんて見る影もなくなってしまう。

 おいおい、冗談じゃないぞ。


「その話、受けてはいけません」


 俺は思わず、皇帝の前に踏み出していた。


「シャルル殿?」

「皇帝陛下、そういった取引の価格は大きく上下します。大量に抱えるのは危険です」

「もちろんだ。しかしこの後、急上昇する兆しがあるようなのだ」


 皇帝がそう言うと、商人もすぐさま乗ってくる。


「その通りです。各国が魔族との戦いに備えて魔法石を集め始めたこの状況。逃す手はありません」

「純度の高い魔法石の発見を知って、値崩れ前に古いものを売りつけたいだけだろ?」


 ここで活きる、本編の知識。


「そっ、そのようなことはありません。私は陛下の名を後世に残したいだけなのです!」

「見ろ、この商人の熱い思いを。余はこの男の情熱に応えたい」

「いけません。この男は帝国をハメるためにやって来たんです」

「まさか、そのようなことあるはずがない」

「その通りです! 私は陛下の名を世界にとどろかせたい、ただその一心でございます!」

「こんなの、すべて出まかせですよ」

「いや! この商人は信用できる、間違いない!」


 皇帝の言葉に、口端に笑みを浮かべる商人。

 こいつ、完全に懐に入り込んでやがる。

 でもこのままじゃ今の美しい帝国は失われて、悪人たちの住処になってしまう……!


「ダメです陛下! 魔法石の買い取りは、帝国を滅ぼす引き金になるんです!」

「これは皇帝たる余の決断だ! 変更はない!」

「陛下!」

「くどい! さあ商人よ、契約を始めるぞ!」

「……ダメだって、言ってんだろぉぉぉぉぉぉぉぉ――――っ!!」


 思わず出た、本気の叫び。


「っ!?」


 直後、俺の右目が強烈な熱を持ち始めた。

 燃えるような熱さに、思わず目を閉じる。

 すると熱は、ゆっくりと引いていった。

 驚きの中、そーっと目を開く。

 何だったんだ、今のは……?

 俺が困惑していると、皇帝は急に商人と向かい合った。


「――――魔法石の購入は、行わない」


 そして、商談をキッパリと打ち切る。


「そ、そんな……っ!?」

「この場を立ち去るがいい。今すぐにだ」

「……し、しかし!」

「もう一度だけ言う。今すぐに、ここを去れ」


 まさかの急展開に、驚く商人。

 しかし皇帝の意志は揺るがず、トボトボとこの場を後にする。


「そうか……! 【魔眼】の力か!」


 魔導士シャルルは【魔眼】によって一人だけ、人間を操ることができる。

 ゲーム本編では皇帝に【魔眼】をかけることで、侵略などを思うがままに行っていた。


「……よかった」


 でもこれで、帝国の経済危機は救われたはずだ。

 そう思って安堵の息をついた、その瞬間。


「――――貴様、陛下に何をした!」


 聞こえてきた、怒りの声。

 見えたのは白銀の鎧と、腰に提げた美麗な剣。

 年齢は20代前半ほどだろうか、長い金色の髪をした美しい女性剣士。

 足音も荒くこの場にやって来ると、その青い目で正面から俺をにらむ。


「答えろ魔導士! さもなくば、ここで貴様を斬る!」


 可愛さを残した顔つきに、思わず目を奪われてしまうスタイルの良さ。

 間違いない。

 この子の名は、アテナ。

 帝国騎士団長にして、魔導士シャルルの――――宿敵だ。

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