第33話 逆襲のシャルル

「そこまでだ、魔導士シャルル!」


 突然、製本所に踏み込んできたアテナ。

 俺は思わず、息を飲む。


「どうして、ここが……?」

「副団長に食べ物を与えつつ、騎士団の動向を収集する作戦を利用させてもらった」

「くっ、そういうことか……!」


 騎士団がいつ、どのタイミングで踏み込むかを副団長サニーに聞き出すことで、早い撤退を可能にする。

 そんな俺の作戦に気づいて、サニーに嘘の情報を教えたということか!


「卑猥本の大量製作などという不埒なマネは、ここまでだ。貴様にはこれまで好き勝手した分も、たっぷり懲罰を受けてもらうぞ」

「シャ、シャルル殿……」


 これにはナハールも、憔悴した様子だ。


「手始めに、卑猥本製造の機材はすべて破壊する」


 そう言ってアテナは、その手に剣を取った。

 すると副団長たちも、それに続く。


「終わりだ! 魔導士シャルル!」


 絶体絶命。

 ナハールが、悔しそうにヒザをついたその時。


「――――卑猥とは、なんだ?」


 俺は、アテナに問いかけた。


「……なに?」

「もう一度問う。卑猥とは、なんだ?」

「お前たちが販売してきたこの本だ! 見ろ! この裸ばかりの絵の羅列を!」

「裸が問題なのか? では聞かせてもらうぞアテナ。裸婦画は、卑猥か?」

「何を言っている。あれは芸術だ」

「では恋愛小説は、卑猥か?」

「いや、違う」

「エロ漫画は、裸婦画と恋愛小説の合体。すなわち――――芸術だ!」

「っ!?」

「ならばエロ漫画を卑猥だとするアテナの頭の方が、芸術を介しない卑猥脳ということになる!」

「ふざけるな! こっ、これのどこが芸術だというんだ!」


 そう言ってアテナは適当なページを開き、自分は全力で目を背けたまま突き出してくる。


「読んでみろ! ここに書かれたセリフを、今すぐに読んでみろ!」

「いいだろう……らめええええ! しゅごいのぉぉぉぉ! おかしくなっちゃうのぉぉぉぉ!!」

「「「…………」」」

「これぞ、芸術だ!」

「どこかだ! 今のセリフのどこに芸術の要素があった! これはただの卑猥本だ!」


 叫んで、攻勢に出るアテナ。

 さすがにこのページの内容は、芸術と言い張るには厳しいか。

 だが、それなら!


「分かった。それならどういうものがダメなのかを、教えてもらおう。今、この場で」

「なんだと……!?」

「俺たちは芸術だと思ってやってきた。だがアテナはこれを卑猥だと言う。それならどこまでが芸術で、どこからが卑猥なのかを教えろと言っているんだ!」

「そ、それは……」

「さあ、早く聞かせてくれ。俺には何が卑猥なのかを学ぶ覚悟がある!」

「だから、それは……」


 アテナは視線を迷わせながら、言いよどむ。


「ほらどうした? 何がいけないのかを知らない俺たちに教えてくれ。帝国が誇る騎士団長様が、どこからをゲスなエロと認識するのかを、直接! アテナさんのその可憐なお口からねぇぇぇぇ!」


 俺は『ドスケベ性騎士団~少年剣士しごいちゃうぞ』を手に、アテナに詰め寄る。


「そ、そもそも、この内容は我ら騎士団を愚弄しているではないか!」

「我ら? 騎士団なんて、帝国以外にもいっぱいあるだろう! そんなことより、どこが卑猥なのかに答えるんだ!」


 そう言うとアテナは、観念したかのように恐る恐る本を開く。


「……こ、この少年に、これも修行だと言いながら……ズボンを……」

「はい? よく聞こえなかったから、もう一回言ってもらえる?」

「だっ、だから、少年にこれも修行だと言いながら……ズ、ズボンを……」

「……はい?」

「聞こえていただろう! 今のは明らかに聞こえていたはずだっ!」


 顔を真っ赤にしたアテナは俺の襟首をつかみ、ガクガクと揺さぶってくる。

 一方サニーはマイペースにローストチキンを嚙り、レインはなぜかニヤニヤしている。さらに。


「シャルルさん、ちなみにこれは女性騎士同士みたいな形のも作れるの?」

「え? まあできるけど」

「……そう」


 なぜか、納得した様子のレイン。

 この子は一体、何を考えてるんだろう。


「せ、線引きの話はもういいっ! どちらにしろ帝国の姫殿下であらせられるプリシア様をこのように扱ったことは、不敬罪として裁くことも可能なのだからな! これ一つで十分だ! 言い逃れはできぬぞ!」


 そう言ってアテナは、これでどうだとばかりに、『姫様、スケベの時間です』を突き付けてきた。


「どうだ! 言い逃れできまい!」

「アテナよ。この本のどこに、姫がプリシアだと書いてある?」

「なっ、何を言っている! この髪型、お顔つき、体型、完全にプリシア様ではないか!」

「違うな。これは俺の脳内帝国に住む、プリケツ姫だ!」

「見え透いた嘘を――――っ!」


 怒りの咆哮をあげるアテナ。

 だがこの本に『姫』という言葉は出てきても、『プリシア』という言葉は出てこない。

 ここで俺は、トドメの一言を叩き込む。


「このスケベな姫をプリシアだと考えたアテナの方が、よほど不敬なのではないか?」

「き、貴様ぁぁぁぁ……っ!」

「ふはははは! ふははははははは――――っ!」


 完全勝利に、自然と口を出る笑い。

 アテナはもう、何も言い返せない。


「さあ、製本を続けよう。俺たちの芸術活動は始まったばかりだ」

「よかった、よかった……っ!」


 俺が勝利に拳を握ると、ナハールもうれしそうに笑う。


「シャルル殿! ナハール殿!」


 するとそこに、中年貴族が駆け込んできた。


「新刊の売り上げが出たぞ! プリシア様ものが、またも爆売れだ! やはり姫様を押すことにしたのは大正解だったな!」

「お、おいバカッ!」


 俺は慌てて中年貴族の口を塞ぐ。

 しかしアテナは、この好機を逃さなかった。


「没収だああああ――――っ!! 全てを破壊しろおおおおおお――――っ!!」



   ◆



「人物デッサンのモデルなんて、やったことないぞ……」

「こんな重たいものを持ったまま、ポーズを取り続けなければならないのか……」


 俺たちに課せられた罰は、若手芸術家の練習のために、モデルになること。

 それを連日数時間、しかも重たい陶器のつぼを抱えたポーズで行う。

 ちなみにこれが終わった後は、中年貴族と共に彫刻用の石膏を運ぶ仕事も控えている。


「手が下がっているぞ! 魔導士シャルル!」

「は、はいっ」


 床に叩きつけられるムチ。

 俺たちを監視するアテナの厳しい声に、慌ててつぼを抱え直す。

 う、腕が……腕が痛い……っ。


「短い夢だった」


 ナハールは、悲しそうに肩を落とす。


「それは違うぞ、ナハール。確かに製本の機材は失った。だが俺の頭の中にはアイデアがあり、ナハールには至高の技術がある。それを奪うことは誰にもできない」


 生産は大きく減少するだろう。

 だが、エロ漫画を作ることが永遠にできなくなったわけじゃない。


「必ず新たなエロ漫画を製作する。俺たちムラムラさき式部は、死なない……!」

「シャルル殿……!」


 俺の言葉に、ナハールの目に光が灯る。


「シャルル、ナハール! 何をしている、腕を上げろ!」

「「はいっ!」」


 俺たちは次作の生産に向け、今はただ必死にポーズを取り続けるのだった。

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