第32話 摘発者と逃走者

「また大当りだ! 笑いが止まらないな!」

「わはははは! まったくだ! シャルル殿はネタの宝庫だな!」


 新作の大人気を記念して、掲げる祝杯。


「「かんぱぁぁぁぁい!!」」


 儲けた金貨を眺めながら、飲み干すのは高級ワイン。

 ああ、この瞬間がたまらない!


「た、大変だ! シャルル殿!」

「どうした? 落ち着け、大抵の問題は札束ビンタで解決できる」

「その通りだ。しつこいようなら金貨を握らせておけ」


 慌てて駆け込んできた中年貴族に、俺たちは笑いながら応える。


「騎士団が、エロ漫画の摘発に乗り出した!」

「「っ!?」」

「どうやらプリシア様ものが、逆鱗に触れたらしい」

「やはりか! 姫を使った影響は思った以上に大きかったな……!」


 ナハールは、慌てふためいている。


「シャルル殿、どうするんだ?」

「……逃げるぞ。バイトを雇って印刷道具を運んだ先で製本。それを繰り返しながら販売するんだ。念のため業者とのやり取りには代理人を用意。せっかくつかんだこの商機。逃してなるものか!」

「了解した!」


 俺たちはさっそく、素性を隠してバイトを集めることにする。

 とにかく、エロ漫画の出所をつかませないことが大事だ!


「摘発なんて冗談じゃない……! 自由気ままな帝国生活には、潤沢な資金が必要なんだ!」


 癒しの酒場通いのためにも、このプロジェクトは絶対に譲れないっ!



   ◆



「ついに捉えたぞ!」


 アテナは勝利への確信に、力強くうなずいた。


「印刷には必ず大量の紙が必要になる。業者に購入者の特徴を聞き出せば、大元にたどり着けるはずだ!」

「団長殿、ダメです! どうやら業者との交渉や受け取りには代理人を使っているようです。そして彼らは何も知らされていません。やり口が功名すぎますよ、これは!」

「主犯には、つながらないということか……!」

「そしてこれが、彼らの新作です」

「…………な、内容は?」


 急におとなしくなったアテナは、エロ漫画から必死に視線を外しながら、内容をたずねる。


「こちらです!」

「ッ!? 開いて見せなくていい! こ、今回はどんな話なのかだけ、教えてくれればいいからっ!」


 アテナは、大慌てで顔を背ける。


「はい! 強き女たちの園である騎士団に、一人の無垢な少年が――」

「こ、細かい説明はしなくていい! タイトルとかだけ教えて!」

「はい! 『我らドスケベ性騎士団』だそうです」

「なんだと……っ!? これは私たち騎士団への挑発だ! 待っているがいい……必ず尻尾をつかんでやる!」

「アテナちゃん、顔真っ赤だよ」

「余計なことを言わないのっ!」



   ◆



「騎士団だ! 騎士団が来るぞ!」

「マズい! まだ搬出が終わってないってのに! このままじゃ全て没収されちまう!」

「ヤツらめ、こちらの察知がドンドン早くなっているな」


 ナハールの言う通りだ。

 こっちはどうしても製本に必要な道具や機械を移動させる必要があるから、時間がかかる。

 対して騎士団は、俺たちの逃亡先をつかむのがうまくなってきてる。

 今回はまだ全然製本できてないのに、もう察知されてしまったとは!


「搬出、間に合わないぞ!」

「ちくしょう、一体どうすれば……」


 製本所の外に出て、付近を確認。

 感じる慌ただしい気配は、間違いなく騎士団のものだろう。


「もう、いくつかの機械は置いていくしかない」


 俺がため息と共に覚悟を決めた、その時だった。


「話は聞かせもらいました」

「お前らは……確か酒場で会った」


 そこにやって来たのは、ムラムラさき式部のファンだという男たちだった。


「大先生の仕事を守るためなら、俺たちはなんだってする!」

「末端とはいえ我らも貴族! 俺たちが暴漢に襲われたと言い出せば、騎士団は相手せざるを得ないはずだ!」

「時間を稼ぎます! 皆さんはこの隙に退避を!」


 そう言って二人の貴族は互いの服を破り合い、まるで暴行されたかのような姿になって騎士団の方へ。


「感謝するっ! 行こう、ナハール!」

「ああ!」


 俺たちは大急ぎで準備を済ませ、中年貴族と共にこの場からの退避を開始。

 無事逃げ延びることに成功した。しかし。


「新作の木版がない……!」


 ここで、まさかの事態が発覚した。


「置き忘れてきたんだ」


 ショックに、ヒザから崩れ落ちるナハール。

 確かに、俺たちが運んできた荷の中に新作の木版がない。

 もちろん今から取りに戻るのは自殺行為だ。

 だが、あれを失ってしまっては新刊を出すことができない。

 これにはさすがに、頭を抱える。


「――――探し物は、これだろう?」


 俺たちが肩を落としていると、やって来たのは黒づくめの格好をした青年だった。

 片方の目を隠した、長めの黒髪は――。


「下着泥棒!?」

「違う、義賊だ」


 そう言って自称義賊の怪盗は、背負った風呂敷を差し出してきた。


「これは……? お、おいっ!」


 中身は、俺たちが置き忘れてきた新作の木版。


「新作、楽しみにしている」


 怪盗はそう言うと、姿を消した。


「……皆、ありがとう。俺たちは必ず逃げ延びてみせる……っ!」

「だがシャルル殿、騎士団の察知は加速している。このままでは……」


 安堵の息をつきながらも、焦燥を見せるナハール。

 俺はその肩に、そっと手を乗せる。


「任せろ。俺に作戦がある」



   ◆



「また逃げ去った後か……」

「ここ数回は、すでにもぬけの殻といった感じですね。逃げの打ち方が異常に早くなっています。プリシア様の卑猥本はシリーズ化し、先日発表された『ドスケベ性騎士団~少年剣士しごいちゃうぞ』も大人気のようです」

「くっ! 姫様を侮辱したうえに、私たちも挑発してくるとはっ!」


 アテナはエロ漫画から顔を背けながら、拳を震わせる。


「だが、どうして騎士団の突入をここまで完璧にかわすことができるんだ? 特に最近の逃げ足は早すぎる……」


 察知の早さを疑問に思いながら、首を傾げる。

 すると見えたのは、うれしそうにハンバーガーにかぶりつくサニー。


「最近少し、食べ過ぎではないか? いつも何かを食べているではないか」

「あはは、いっぱいもらったから」


 そう言ってサニーは、リスのように口をもぐもぐする。


「……いや、待て!」


 その姿を見て、アテナは一つの可能性に思い至る。


「副団長、その食べ物を持ってきてるのは誰だ!?」

「え? シャルル君だよ」

「やはり、そういうことか……っ!」


 最近忙しそうにしている魔導士シャルル。

 同じ騎士団員なら、サニーから食べ物で突入の情報を引き出すことができる。


「最近聞いている豪遊ぶり、そして卑猥本の製作には絵描きが必要。こんなことができるのは、ヤツしかいないっ!」


 一気にそろった要素に、アテナが動き出す。



   ◆



「……というわけだ」

「騎士団員を買収して情報を引き出しているのか! 大したものだ!」

「俺の立場だからこそできる作戦だな。アテナのヤツ、次の『姫様、スケベの時間です』にはひっくり返るぞ」

「「あはははははっ!」」

「そこまでだ! 魔導士シャルルゥゥゥゥ――――ッ!!」

「なっ!? どうしてここが!?」


 レジスタンスのように隠された、製本作業場のドアを破って踏み込んできたのはアテナ。

 そして、サニーを始めとした少数の騎士団員たちだった。


「やはり貴様だったか! サニーを利用した情報漏洩……逆に利用させてもらったぞ!」

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