第31話 完売御礼!

「新作は予約の時点で8割を完売。もはや入れ食い状態だ!」


 中年貴族は、興奮しながらアトリエに駆け込んできた。

 俺たちは、拳を掲げて歓喜する。


「だが、この価格の安さはどうなんだ? これだけの人気商品、もっと高くしても……」

「いや、俺は誰一人置いていかない。全ての男たちに平等にエロ漫画を楽しんでもらいたいんだ!」

「シャルル殿……お前という男は!」

「了解した! 私はさらに人を雇い、増産体制に入ろう! 貴族たちもこぞって予約をさせろと言ってきているからな! そして……」


 中年貴族は、抱えていた袋を開く。


「お、おお!」

「こ、これは……っ!」


 そこに入っていたのは、大量の金貨。


「ここまでの稼ぎだ。全ての費用を差し引いてなお、これだけある。新たな作品作りのため、充分に英気を養ってくれ!」


 そう言い残して、忙しそうに去っていく中年貴族。

 俺たちは、思わず互いを見合う。


「や……やったぞォォォォォォーッ!!」

「先日までの困窮が、まるで嘘のようだ!」


 二人して金貨を両手で握り、そのまま放り上げる。

 気分は成金お得意の、札束のバラマキだ!


「よーし! 今日はうまい物でも食いにいこうぜ!」

「ああ、そうしよう!」


 俺たちは金貨をポケットに詰め込むと、その足でいつもの酒場へ駆け込む。


「あ、シャルルさんいらっしゃいませ!」


 そして店に入るや否や、いつか一度言ってみたかった台詞を口にする。


「メニューの高いものから、順に持ってきてくれ!」

「は、はい……っ!」


 駆け出す店員と、ざわつき出す店内。

 店員たちは慌てながら、料理の準備を開始する。

 もちろん、これだけで終わるつもりはない。


「みんな、聞いてくれ!」


 俺は立ち上がり、大声をあげた。

 酒場の客が、いぶかし気に俺をたちを見る。


「なんだ……?」

「どうせ酔っぱらいが騒いでるんだろ?」


 集まる視線の中、俺はさらに『あのセリフ』をぶち込む!


「今日は俺のおごりだ……好きなだけ飲んでいってくれ!!」

「……お、おおっ」

「「「うおおおおおおおお――――っ!!」」」


 俺、豪遊。


「だがシャルル殿はアイデアの泉だな。君は天才か?」

「いや。天才なのは、ナハールの方だ」

「次のネタも、すでに考えているのか?」

「心配するな、エロ漫画のネタなら無限にある」


 思わず、笑い合う俺たち。

 そこにちょうど、二人分のビールが届いた。

 俺たちはさっそくジョッキを手に持ち、共に高く掲げる。


「「かんぱぁぁぁぁぁい!」」


 そして続く歓声の中、ビールを一気にあおる。


「くっはああああ! この解放感、最高だなっ!」

「まったくだ!」


 そのまま、届いた料理をこれでもかと楽しむ俺たち。


「……ナハール殿」


 すると横の席にいた身なりの良い男たちが、こっちにやってきた。


「今の話……もしかして貴方たちが『ムラムラさき式部』なのか?」


 俺たちは目配せをして、そっとうなずき合う。


「私とシャルル殿で、ムラムラさき式部だ」

「本当だったのか……!」

「あ、あの……っ。新作楽しみにしてます! 大先生! 貴方たちは帝国の宝です!」


 そう言って男たちは、力強く頭を下げた。


「私が……大先生……」

「そりゃ、あれだけいいものを描いてればな。これからも頼むぞ、ナハール大先生!」

「シャルル殿、今日は飲もう! 倒れるまでな!」

「ああ、もちろんそのつもりだ! ビールだ! ビールを持ってこーい!」


 気分を良くした俺たちは、さらにオーダーを追加。


「あのー、ご一緒してもいいですかぁ?」


 すると今度は、近くの席にいたお姉さんたちが近づいてきた。


「実は私たち、今ちょっとお金に困っててぇ……」

「ちょっと、お小遣い欲しいなーって」

「どうかな、今ならお酌と……サービスもしちゃうよ?」


 そう言って色っぽい女性が、片手でスカートをひらひらさせてみせる。


「これは後学のために必要だな! シャルル殿!」

「……そ、そうだよな! 創作の勉強になるからな!」

「やったー! ありがとーっ!」


 お姉さんたちは、歓喜の声を上げて腕に抱き着いてきた。

 うっひょい! な、何たる豊満……っ!!

 結局俺たちはそのまま足が立たなくなるまで飲み続け、肩を組みながらフラフラで退店……したあたりで記憶がなくなった。


「……あれ、ここは?」

「馬小屋……か?」


 そして気が付けば、馬小屋の藁の上。

 左を見れば、同じく起き出したところらしいナハール。


「あはははは! 昨夜は少し飲み過ぎたな!」

「だからって、馬小屋で寝るかぁ?」


 まさかの痴態に、自然とあがる笑い声。


「残ったのは、金貨一枚だけだ」


 取り出した金貨を手に、俺たちはそのまま藁の上に並んで大の字になる。


「なに、なくなったのならまた稼げばいいだけだろ?」

「次作はどうする? 令嬢にメイド、そして貴族の未亡人というところまできたが……」

「それだけど次は……帝国の姫という設定でいこうと思う」

「な、なんという悪魔的ひらめきだ……っ! だ、だが、姫をモデルにすることなど許されるのか? 下手をすれば不敬罪の可能性も……」

「人は禁忌にこそ惹かれるものだろ? アンダーグラウンドでなら許される! 次はもっと稼ぐ! 荒稼ぎだっ!」

「そうか……そうだな!」


 こうして俺たちムラムラさき式部は、禁断の創作に踏み込んでいく!



   ◆



「あ、あの、アテナ様」

「どうした?」


 街の見回り中に、レインが問いかける。


「アテナ様は最近、あの魔導士と一緒にいることが多いですが、その、どういったご関係なのでしょうか」

「見極め役、といったところだろうな」

「親密なご関係ではないと」

「もちろんだ」

「で、では……アテナ様には、特別な男性などはいらっしゃるのですか?」

「ないな。私は騎士であることに誇りを持っている。恋愛をしている暇はない」


 その言葉に、レインは拳を握って歓喜する。


「だからもし私に浮いた話があれば、それは――――婚約の時ということになるだろう」

「そうなのですね」


 アテナのそんな話を、騎士団員たちも興味深そうに聞いている。


「……何か、今日は静かだねー」


 不意に、副団長サニーがつぶやいた。


「確かに。一体どうしたというのだろう」


 最近は一定の周期で、貴族が早く仕事を終えて家に帰る。

 街にも人通りが少なく、荒れた区域ですら静かになるという状況は、あまりに不思議だ。

 それがムラムラさき式部の新作発売日だと知らない三人は、首を傾げる。


「団長殿!」

「どうした?」


 不思議そうにしているアテナたちのもとに、一人の騎士団員が駆けつけてきた。

 凛々しい顔をした長身の女性騎士は、一冊の本を差し出す。


「最近このような、非常に卑猥な本が街に流れているようなのです!」

「卑猥な本?」

「はい! 多少卑猥なだけであれば良いのですが……」


 受け取ったアテナは、首を傾げながら本を開く。


「ッ!?」


 そして一瞬で顔を真っ赤にして、本を閉じた。


「な、な、な、なんだこれは……っ!?」

「団長殿、問題は卑猥さだけではありません。その内容です。ええと……ここです、このページです!」

「あっ、ちょっ、待って! 待って! 心の準備がいるから待って!」


 該当ページを開かれそうになって、慌てて制止。

 いつもの硬い口調を維持できなくなったアテナは、呼吸を整える。

 そして真っ赤になった顔をできるだけ本から遠ざけて、目を細くしながらそーっと内容をうかがい――。


「っ!」


 また強く、目を閉じる。


「団長殿?」

「だ、大丈夫! 大丈夫だからっ!」


 その様子に首を傾げるサニーと、アテナのリアクションに鼻息を荒くするレイン。

 これでは仕事にならない。

 アテナは覚悟を決めてページをめくり、その手を止めた。


「こ、これはなんだっ!?」

「はい、問題はこのページです。この卑猥な本――――プリシア姫様を利用しているのです!」

「なんという不敬を……っ! このような悪逆非道なマネ、見逃すことはできないっ!」


 怒りに目を燃やすアテナ。

 エロ漫画はついに、騎士団に知られることになった。

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