第30話 勝負の時!

 場所は、画家ナハール・コルハナのアトリエ。


「シャルル殿、これはどうだ?」

「まだ線が多いかな……もっと減らして描いていいと思う。そして背景も簡素でいい。今の感じだと、やや写実が過ぎる」

「なるほど。影などの要素を減らし、少ない線で奥行きや柔らかさを表現するのだな……ふふふ、新しい境地に挑む時の熱さは久しぶりだ! 創作意欲が止まらないぞ!」


 金欠に困る俺が出会ったのは、同じく金と未来に悩む一人の画家。

 俺たちは漫画のないこの世界で、エロ漫画を売ることで稼ごうと目論んでいる。


「ところでシャルル殿。この少年は、この後どうなってしまうんだ?」

「ここからの展開は二つある。意外にも少年が優位を取る形と、終始令嬢にされるがままの――」

「されるがままの方で頼む! そうだ、あと少年にはもう少し振り回されつつ『も』……という感じを頼みたい」

「……あ、ああ。了解した」


 なぜか妙に熱いナハールの勢いに、うなずく。

 この件が始まってから、完全にノリノリだ。


「ちなみに、メイドと主人の方はデザインどうなってる?」

「メイドの方なんだが、線を減らし……こういった感じではどうだろうか?」


 ナハールは、一気に描きあげたメイドの絵を見せてくる。


「これはいい! 一気に雰囲気が良くなった……!」

「ふふふ、シャルル殿の言うことが分かってきたぞ!」


 ナハールは、その素晴らしい画力を如何なく発揮。

 文句のない、美女メイドを描きあげた。


「俺も負けてられないな……もっと脚本を仕上げなくては……っ!」

「少年は振り回されながら『も』だぞ!」

「分かった分かった」


 俺もその熱意にあてられる形で、脚本に向き合うことにした。



   ◆



「「……できた!」」


 一週間に渡る作業を重ねた、俺とナハール。

 ついに二人の合作が完成した。

 これが、この世界初のエロ漫画だ。


「それにしても、良いものができたな」

「ああ。自分の絵が気に入らなくて何度も描き直したが、間違いなく良いものができた」


 完成したプロット版のエロ漫画は、自信を持てるほど良いものだ。


「さて。完成したはいいが、これをどうやって発表するんだ?」


 一つ目の問題はここだ。

 いかに良いものができても、それをどうやって量産し販売するのか。

 ページを木版に写し、印刷して製本。

 この流れには、それなりの費用がかかる。


「それは、今から解決する」


 俺がそう言うと、タイミングよく一人の中年貴族がやってきた。


「魔導士シャルル殿、話があると聞いてきたのだが……」


 声をかけておいた、一人の男。

 俺の見立てでは、おそらくこの話に乗ってくる。

 なぜならこの男は、「貴族なのに小遣制で困ってる」みたいなモブセリフを、本編で言っていたからだ。


「まずは、これを見て欲しい」


 そう言って、完成したエロ漫画を中年貴族に差し出す。


「これは何かの本か……? こんなものを、なぜ私に……」


 不思議そうにしながら、エロ漫画を開く中年貴族。


「なんだ、これは……っ!?」


 中身を見て、驚愕に目を見開いた。


「なんということだ! これは、世界を変えうる発明だぞ!」

「俺たちはこのエロ漫画を販売したいと思ってる。そこでそのための資金提供をお願いしたいんだ」

「こ、こんなの……出資しない理由がない! いくらでも持っていけ! 私は今、歴史が動く瞬間に立ち会っている!」


 三人立ち上がり、うなずき合う。

 そして固く、握手をかわした。

 中年貴族はすぐさま、製本の準備を始める。

 こうして俺たちのエロ漫画は、販売されることが決定した。


「さて、名前を決めないとな」

「名前? 一体何の名前だ?」

「こういう時は作家名を別に用意するんだ。二人での活動用の名義だな」

「なるほど……こういうことには明るくないのだが、何か良い名前はあるのか?」

「任せろ、すでに考えてある。その名は」

「その名は……?」

「――――ムラムラさき式部だ」

「ムラムラさき式部……! ふむ! よく分からんが、とてもアカデミックな響きをしている!」



   ◆



 エロ漫画の販売を、委託してから数日が経った。

 ここ最近は食事の量も控えめにするほど、金銭的に困窮してきたナハール。

 俺はメイドちゃんの作ってくれた料理を持ち出して、分けるようになった。

 それでも、空腹を訴える音が悲しく鳴る時もある。


「待たせたな! ムラムラさき式部の二人!」


 中年貴族が、ナハールのアトリエに大慌てで駆け込んできた。


「ど、どうだった!?」

「本は売れたのか?」


 売り上げが気になって、思わず前のめりになるナハール。

 間違いなく、最高のエロ漫画ができた。

 だがそれが、この世界の男たちに受け入れられるのかは別の話だ。

 俺たちの前に駆けつけてきた中年貴族はまだ、息を荒くしている。


「エ、エ、エロ漫画だが……!」

「どうだった? 売れたのか?」

「売れたのか……だって?」


 中年貴族は息を整えると、震えながら顔を上げた。


「バカ売れだ……ッ! すでに初版は完売。再販を求める声が、鳴りやまない状態だぞ!」

「「やったああああああ――――っ!!」」


 中年貴族の言葉に、俺たちは拳を突き上げる。

 やっぱり、俺の狙いは間違ってなかった!


「このまま一気に突き進もうぜ! ナハール!」

「もちろんだ! 我々はエロ漫画で世界をつかむ!」



   ◆



「あれは、魔導士シャルルと画家か?」


 城内を笑いながら歩く二人を見て、任務中のアテナが足を止めた。


「……魔導士シャルル、大したものだ。落ち込んでいた画家が、まるで別人のように元気だ」


 活き活きしながらシャルルとハイタッチする画家を見て、アテナはつぶやく。


「意見役か。私は少し疑い過ぎていたのかも……しれないな」

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