第24話 キャンプの夜
帝国北部に現れたトレントから、逃げ帰った翌日。
再戦は、思ったより大変だった。
「全然見つからないな」
昨日とは一転、トレントの姿が見当たらない。
まあこの広い北部森林地帯で、対象をすぐ見つけられる方がめずらしいんだろう。
「暗くなってきたし、もう帰ろうぜ」
森歩きにもすっかり飽きてきた俺は、帰還を提案する。
「ここはクマもたくさんいるしさ、夜は危ないだろ」
「そうはいかないの。明後日にはまた騎士団がトレント狩りに動くって話だから、ここで倒さないと先を越せない。だから今夜は、森に泊まるわ!」
「マジかよ……」
そう言ってプラチナは、連れて来たロバから積み荷を降ろす。
そいつって、キャンプ用のあれこれを積ませてたのか。
「アテナには、負けられないもの!」
プラチナはそう言いながら、薪に魔法で火をつける。
「わたくしに、あのような恥をかかせたトレント。必ずこの手で葬りますわ……!」
『おパンツ御開帳』をさせられた令嬢ガーネットも、怒りに燃えている。
ガーネットとか、普通はキャンプを嫌がるんじゃないの?
「とにかく、夕食を取って夜に備えましょう」
「こくこく」
「トレント狩りへの意気込みは、本物なんだよなぁ」
意気込むプラチナは、ロバの荷から食料を取り出す。
そして、そのまま硬直。
「どうしよう……」
「どうした?」
「キャンプになるかもしれないから、食べ物を用意してって言ったんだけど……材量しか入ってないの」
「もう帰ろうぜ。キャンプだって言われたら、できてる料理を持たせなかったのも分かるし、仕方ないだろ」
「そんなの困るわよっ! 今夜から明日の内にトレントを狩らないと、また騎士団に手柄を持っていかれちゃうわ! お願いシャルル! なんとかして!」
そう言って、肉塊片手に俺のローブをぐいぐい引っ張るプラチナ。
「……言っとくけど、簡単なものしかできないぞ」
◆
「いけるじゃない!」
プラチナはベーコンエッグ乗せバゲットにかぶりつきながら、大きくうなずく。
薄切りにして軽く炙ったバゲットに、塩コショウで味付けしたベーコンエッグを乗せただけ。
それでも一日歩いた後に、たき火を囲んで食べる夕食はうまい。
「不思議な趣がありますわ」
意外にもキャンプ飯に「嫌ですわ」を発動しなかった令嬢ガーネットも、ナイフとフォークを使いながら、ぶ厚いベーコンを口に運ぶ。
「趣味で人を殺してそうな顔をしてるけど、意外と料理もできるのね!」
「とんでもない例えをするんじゃない……よし」
そんな中で俺は、カットしたリンゴでウサギを作って副長に見せる。
「っ!」
すると副長はそれを見て目を輝かせた後、そーっとこっちに寄ってくる。
「ほーら、こっちこっち」
リンゴウサギに惹かれて、一歩ずつ近づいてくる副長。
やがて俺の前までくると、そーっと手を伸ばし、リンゴを乗せた皿を受け取りスッと下がる。
なんか臆病な野生動物に、餌付けしてるかのような感じだな。
不思議な達成感がある。
「本当にシャルルは頼りになるわね! これでお腹もいっぱいになったし、あとはトレントを狩るだけよ!」
そう言ってプラチナが、気合を入れ直す。
……なんか、こういう仕事が終わらない感じは久しぶりだなぁ。
始まった見張り業務。
仮眠は、二人ずつ交互に取る形だ。
徹夜くらい慣れっこな俺はもう、適当にたき火を維持しながら、思い切ってキャンプの夜を楽しむことにした。
「ガーネット?」
「ちゃんと……起きてますわ……」
隣りのガーネットはお眠らしく、こっくりこっくりし始めた。
「大丈夫か?」
「……起きて……ますわ」
「お、おい……っ!?」
突然、ガーネットが俺の肩に頭を乗せてきた。
こ、これは通勤電車の中で、時々見かけた光景……!
起こすのは、なんか申し訳ない。
でも「寄りかかっていいよ」と、肩を貸すほど親しくもない。
どうしよう、動けない。
ていうかガーネットさん。
スタイルもいいけど、その……本当にお綺麗ですね。
ああっ! なんかもうこのままでいて欲しい気持ちと、起きて欲しい気持ちがせめぎ合ってるんだけど!
プラチナと副長は、正面。
隣り合ったまま仮眠中だ。
助け舟も望めない状況で、ひたすら焦燥を続ける俺。
「お、おいっ!?」
するとガーネットはさらに、ぬいぐるみや抱き枕と勘違いしているのか俺の腕を取り、思いっきり寄りかかってきた。
で、電車の中で見て羨ましいと思ってた同士たち、すまん!
まさか、こんなに悩ましい状況なんだとは思わなかった!
今思い返せば、皆がしてたあのクールな表情は、取り繕ったものだったんだな! 本当にすまない!
「ガ、ガーネットさん?」
「……ん、んん?」
でも、このままじゃ俺の方がもたない。
ここは思い切って、起きてもらおう!
「一旦、一旦起きていただいても、よろしいでしょうか?」
「…………嫌ですわ」
「マジか……」
終了。
寝ぼけた状態での返事に、俺はもう硬直し続けることしかできない。
やがて、昇ってきた太陽。
俺がまばゆい陽光に、顔を上げたその瞬間。
「あっ」
木々の異様な動きを発見。
「おい! トレントだ! トレントが来たぞ!」
「「「ッ!!」」」
すると三人は即座に目を覚まし、敵の位置を確認。
間髪入れずに立ち上がる。
「絶対に、ここで勝負をつけるわよっ!」
「もちろんですわ!」
「こくこく!」
そしてそのまま陣を組み、戦闘態勢に入った。
さすがエリートの魔法隊! 仮眠状態からでも復帰が早い!
――――しかし。
「いや全員あさっての方を向いてるな! あっちだよあっちー!」
まだ寝ぼけているのか、全員バラバラにトレントではない木に立ち向かおうとしてるのを見て、思わず俺は声を上げた。
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