第12話 怪盗登場!
「ありがとうございましたー!」
「ごちそうさーん」
一言残して、俺は街の酒場を出る。
先日ついに足を運んだファンタジー世界の酒場は、まさに想像通りの雰囲気だった。
ワイワイと楽し気な商人たち、傭兵仕事をしているのであろう戦士たちもいて、とにかく賑やか。
ここ数日の夕食は、決まってこの酒場だ。
彼らを眺めながら食べる夕食は、それだけで楽しいんだよなぁ。
「また怪盗か……! すぐに現場へ向かう!」
すれ違ったのは、夜も騒がしい帝国の通りを駆けて行く騎士団員たち。
「被害は今回も貴族邸とのこと。警戒網を強めて今度こそ捕らえましょう!」
「やはり凄腕、今月だけですでに7件目です!」
「なんだか、最近の騎士団は慌ただしいなぁ」
怪盗とかいうのが現れて大変みたいだけど、さすがに事件となると俺の出番はない。
だからこうして、悠々自適な帝国生活ができてるってわけだ。
まあ、放尿未遂とおっぱいパリィのせいで、アテナが俺を使うのにビビッてる可能性もあるけど。
「さーて、後は部屋で自由時間を満喫するか」
スキップしながら、自室へ帰る。
ああ、予定がないって本当に素晴らしい……!
「……ん?」
大きく伸びをした俺の視界に入ってきたのは、屋根の上を飛び越えていく黒装束。
身軽な動きと、両手につかんだ貴金属。
「もしかして、あれが噂の怪盗か……?」
まさかの発見に、思わず身を乗り出す。
これで怪盗を捕まえでもしたら、アテナに恩の一つも売れるかもしれない。
俺はダメもとで手を伸ばし、照準をつける。
そして怪盗が、建物から建物への長い跳躍に踏み切ったところで――。
「【ファイアボルト】!」
その着地先を狙って、魔法を発射。
夜空を飛ぶ四発の炎弾は、そのまま一直線に怪盗の足元へ。
「当たった!?」
さすが魔導士シャルル。
ダメもとで狙ってみた魔法が見事足場に直撃し、体勢を崩した怪盗は、そのまま落下。
「見に行ってみよう……!」
俺はさっそく、怪盗が落ちて行った民家の隙間に駆け付ける。
路地裏には、砕けた荷運び用木箱の上に倒れ伏す、怪盗の姿があった。
俺は海外の警官が犯人に銃を向けたまま接近するように、手を伸ばした状態で怪盗に近づく。
「……おい」
声をかけると、怪盗は頭を振りながら身体を起こした。
「お前が怪盗だな」
アサシンのような黒づくめの格好に、口と鼻をマフラーで隠した青年。
長めの黒髪が、片方の目を隠している。
のぞいている方の目は、鋭利さを感じるほどにクールだ。
背丈は、俺より若干低いくらいか。
腰のベルトに提げた二本の短剣に注意しながら、返事を待つ。
「その通り」
「俺は一応、騎士団所属なんだ。罪もない人からの盗みを繰り返すやつを、見逃すわけにはいかない」
本当はアテナにドヤ顔できたらいいくらいの気持ちで手を出したんだけど、ここはそれっぽいことを言っておく。
「罪のない者ではない。俺が盗みを働く相手は、悪徳貴族のみ」
すると怪盗はクールな視線のまま、言い放つ。
「なぜなら俺は――――義賊だからだ」
「義賊?」
「盗んだ貴金属は売りさばき、それによって得たものを貧しさに苦しむ者たちに配ったり、孤児を預かる教会に寄付している」
そう言って怪盗は、盗んできたのであろう貴金属を放り出してみせた。
「こんなもの自体に、興味はない」
なるほど。
確かに旧市街なんかは、結構貧乏な感じなんだよな。
悪人たちが、余裕で子供をさらってきたくらいには荒れてるし。
「ターゲットの中には、大きな悪に与しているような貴族もいる。俺はこれから悪徳貴族の一人、ダズマンを狙うつもりだ」
「ダズマン……!!」
その名前には、はっきりと覚えがある。
本編が始まる頃、帝国には次々に悪人が流入し、やがて魔族まで出入りするようになる。
その中心はもちろん、魔導士シャルル。
だけどそんな悪の一団を手引きすることで荒稼ぎしていたのが、若き悪女レシール・ダズマンだ。
「ダズマンには悪い話が絶えない。ここで一度けん制をかけておく必要がある。だがヤツの邸宅は警備も厚く、一筋縄ではいかないと思っていた。そこで……」
「そこで?」
「その魔力を借してくれないか」
「なっ!?」
そうくるのか……!
ここで騎士団所属の俺を、味方に引き込もうとは。
正直、怪盗という存在にワクワクしている俺と、そんな危険なマネはしたくない俺がいる。
ただダズマンは悪人たちを引き込んで、帝国を崩壊に向かわせる危険な存在。
放っておけば今の楽しい帝国を破壊し、俺の自由気まま生活を脅かす可能性が高い。
「俺には分かる。その凶悪な目つきの下には、正義を求める心がある」
「目つきの件は納得いかないけど……分かった」
今の帝国を気に入っている俺は、悪徳貴族邸侵入に手を貸すことにした。
「よろしく頼む」
自然と手を差し伸べ合い、共闘の握手をかわす俺たち。
「……ん?」
怪盗の手元からポロリと、何かが落ちた。
ひろい上げてみると、それは――――。
「パンツじゃねえか」
女性物の黒い下着だった。
「え? 怪盗って下着泥棒なの?」
たずねると、怪盗はブンブンと首を振った。
「違う、義賊。下着が出てきたのは偶然」
「なるほど。それならこれは捨てておこう。こういうところから足がつく可能性もあるからな……って、おい」
怪盗はパンツをつかんだまま、放さない。
「下着泥棒じゃないんだったら、要らないだろ」
「もちろん必要ない」
「それならこれは捨てておかないと……って、おい」
怪盗、引っ張ってもパンツを一向に放さない。
「やっぱり下着泥棒なんだな?」
「違う、義賊」
「それならパンツは捨てていいよな」
「もちろんだ」
俺はパンツを左右にぐいぐい引っ張るが、それでも全然放さない。
「だから手を離せって!」
手が震えるほど強く握った下着は、いやマジでビクともしねえ!
「下着泥棒では、ないんだよな?」
「違う、義賊。悪徳貴族から宝を盗み、困窮する者たちに富を配る。あくまでその一環として、偶然下着が紛れ込む場合もあるというだけ」
「一応聞いておくけど、下着泥棒のついでに義賊をしてるわけでないよな?」
「……無論」
「なんでちょっと返事が遅れたんだよ」
俺が手を放すと、クールな表情のまま、そそくさと黒下着を懐にしまい込む怪盗。
こいつと一緒で、本当に大丈夫なんだよな……?
一転して怪しくなる気配。
こうして俺は凄腕の(下着)泥棒こと怪盗と、大貴族ダズマン邸への侵入を試みることにしたのだった。
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