第11話 騎士団長アテナvs魔導士シャルル

「それじゃ、あたしが審判をやるね!」


 そう言って、副団長サニーが名乗り出た。


「……さっき【痺れ針】とか【像も倒れる猛毒針】とか、喰らってなかった?」

「大丈夫らよ……あはは、ちょっとらけ舌がピリピリするかも」


 なんでちょっと恥ずかしそうなんだよ。

 恥ずかしがるのなら【象も倒れる猛毒針】が効かない、そのアホな神経の方だろ。


「とにかく俺は嫌だぞ。アテナとの模擬戦なんて危ねえし」

「案ずるな。トリネコの木で作った剣は弾力が非常に高く、硬度よりもしなやかなさに秀でている」

「それでも嫌だよ、痛いし」

「大丈夫だ。弾力がある」

「それでもお前を相手に戦ったら、ケガじゃすまないだろ」

「問題ない――――弾力がある」

「『弾力がすごい』一本で、押し切れると思うなよ!」


 そもそも弾力自慢のトリネコの木剣が、石床に思いっきりめり込んでただろうが!


「これは騎士団の模擬戦。魔法はなしだ」

「やらねえってのに」


 気が付けば、俺たちを取り囲んでいる観客たち。

 ここから抜け出すのは、手間がかかりそうだ。


「……立ち合いで分かるものが、必ずある」


 つぶやくアテナ。


「魔導士シャルル。悪のフリをした正義か、正義を騙る悪人か。帝国騎士団長の私が、しっかり見定める……!」


 硬い鎧が地肌に当たらないように着る、分厚いキルトの上着にスカート。

 そんな格好をしたアテナが、こちらに向き直る。


「剣を取れ魔導士! いざ尋常に、勝負!」

「おっ、おい!」


 そして容赦なく、襲い掛かってきた。


「はい、どうぞっ!」

「ああもうっ!」


 俺はサニーに渡された木剣で、慌てて対応する。


「はあっ!」


 速い踏み込みからの振り降ろし。

 これを、必死の横移動で回避。

 するとアテナは剣を引き、刺突を三連発。


「うおっ! うおっ! うおおおおっ!」


 俺は飛び退くことで、これを全力で避ける。

 最後は大きな踏み込みからの、斬り払いだ。


「あっぶねええええ――っ!!」


 頭を抱えてしゃがみ込むことで、これもギリギリセーフ。


「やはり筋がいい。特に回避と逃げの感覚が見事だ。だが逃げるだけでは勝てないぞ! 打ってこい!」


 ああもう、なんなんだよっ!

 俺は言われるまま、大きく剣を振り払う。


「甘い!」

「痛っ!」


 そんな俺の腕を、アテナは木剣で叩いてみせた。

 そこで俺は、剣を振った勢いに任せて踏み込んで、斬り下ろしにつなぐ。


「どうした、腰が入っていないぞ!」

「痛ってえ!」


 しかしこれを難なくかわしたアテナは、二の腕を叩いてきた。


「ほらみろ! ちゃんと痛いじゃねえか!」


 だから嫌だったんだよ!


「どうした! 貴様の腕はその程度か!?」

「痛ァァァッ!? こんなのただのしごきじゃねえか! さては、この前の放尿騎士未遂の腹いせだろ!」

「…………」

「否定しろよ!」

「いいだろう! ならばこのまま勝負をつけてやる!」


 そう言ってアテナが、その目を鋭くする。

 良かった。

 これでようやく、勝ち目のない模擬戦を終えられる。

 実力差があるんだから、こんなのさっさと終わらせりゃいいんだ。

 …………でも。

 ちょっと、気に入らねえなぁ。

 このまま一方的にやられっぱなしで、終わりってのは。

 思いついてしまった悪知恵。

 勝負をつけにきたアテナに向け、俺はおもむろに左手を突き出した。


「メギドフレイム」

「なん、だとぉぉぉぉ――――ッ!?」


 魔族を焼き尽くした猛火を思い出して、完全に攻撃を捨てた防御態勢に入るアテナ。

 両腕を上げ、クロスした腕で頭を守るような体勢になった。

 アテナは、俺が『悪の魔導士』であることを疑ってる。

 だから必然的に、『模擬戦で禁止されてる魔法を使う』可能性が、頭をよぎったんだ!

 でも俺はルール通り、魔法を『使って』はいない!

 手を突き出して、魔法名を叫んだだけだ!

 そしてアテナは隙だらけ。

 やったぞ! これで一矢報いることができる!


「くらえぇぇぇぇぇぇ――――っ!!」


 俺は木剣を両手で持ち、全力で振り払う!


「フェイントだったのか! だがっ!!」


 気付いたアテナも剣をつかみ直し、振り下ろしにくる。

 でも今回は、完全にこっちの方が早い!!


「俺の、勝ちだああああああ――――っ!!」


 俺の木剣は見事に、先んじてアテナを打つことに成功!

 やったぞ! 勝負ありだ――っ!

 ――――バイーン!


「……えっ?」


 手を離れ、すごい勢いで転がっていく俺の剣を見て、思わず声が出た。

 放った全力の一撃は、容赦なく弾き返された。

 アテナの――――大きな胸に。


「「「…………」」」


 まさかの展開に、静まり返る模擬戦会場。


「勝負ありっ! 剣を手放したら敗けだよ!」

「あ、そっか」


 サニーが、勝敗を決する。

 しかし、まさかの事態に観戦者たちは呆然としたままだ。

 何とも言えない空気が、広がる宿舎前。


「あっ、お、お見事です……っ!」

「さすがは帝国騎士団長ですね!」

「まさしくあれこそ、きゅ、究極の一撃といえるでしょう!」


 すると見学の騎士団員たちが、取り繕うかのように声を上げ始めた。


「……気を使わなくていい」

「おっぱいパリィ」

「少しは気を使え!」


 聞こえてきた声に、叫ぶアテナ。

 すると今度は観客たちが、慌てて声を上げる。


「き、騎士団長殿! 見事なパリィでした!」

「狙いすました必殺の一撃! お見それしました!」

「自らの身体すら武器にする。まさしく騎士の鏡だ!」


 そしておっぱいパリィすらも、騎士団長の技の一つだったということにし始めた。


「やめろやめろ! たまたま胸元に当たったというだけだ! あんなこと、狙ってするわけがないだろうっ!!」


 始まったまさかの盛り上がりに、アテナが慌てて叫ぶ。


「おっパリ」

「さっきから誰だ!? 余計な事を言ってるのはああああ――――っ!!」


 まさかの勝利を、なんとか盛り上げようとする観客たち。

 空気を読まないヤツの一言に赤面しながら、叫び続けるアテナ。


「……おつかれっした」


 とにかく模擬戦は、これで終わり。

 いまも右手に残る、重たい感触。

 俺はちょっとドキドキしながら、宿舎前をそそくさと後にする。


「な、なあっ!」

「ん?」


 するとそんな俺のところに駆けつけてきた、三人組の青年貴族。

 その後ろには、なぜかレインもいる。


「アンタ凄かったな! 最高だったぜ! 騎士団長と戦ってみて、いや。勝負の瞬間……どうだった?」

「勝負の瞬間? うーん、そうだなぁ……」


 向けられた問い。

 興味津々で答えを待つ、貴族とレイン。

 俺は少し考えて、答える。


「――――弾力が、すごい」



   ◆



「さーて、今日はどこに行こうかな……おや?」


 模擬戦の翌日。

 散歩に出た俺が騎士団宿舎前で見かけたのは、副団長サニー。

 手にした木剣を持ち上げると、そのまま降ろして自分の胸をぺちっと叩く。


「なにやってんだ?」

「うっひゃあ!」

「……もしかして、おっぱいパリィ?」

「あ、あはは。あれは私には難しいかもっ」


 寝ぐせのサニーはそう言って、頭をかきながらちょっと恥ずかしそうにする。


「今日は、アテナは一緒じゃないの?」

「気分がすぐれないから、お休みだって!」


 なるほど、だから今日は呼び出しに来なかったのか。


「まあ、放尿騎士からのおっぱいパリィだからなぁ……」


 帝国最強の剣士である騎士団長。

 どうやら意外と、打たれ弱い一面もあるようだ。

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