序章:第五話 旅のゆくえ

―あれから2年経った。

今では数え年だが、齢は10となっている。

結局私を襲った熊は現れることはなかった。

討伐隊は例の熊を探したが2山先を捜索しても、見つけられなかったという。

何事もなかったと安堵してよいものかは分からなかった。

【何事にも備えよ】

それはまるで呪いかのように脳裏にこびりついた。

エリザを貪られる光景とともに....―


だけどカルエ村には平穏のそれしかなく、それ以外に変わりがあったかと言えば、討伐隊のメンバーの何人かが住み込みで警備してくれていた。

ロートリウス師匠は荒くれ者が恩義もなくここに住み込むのは変ということだが、聞けば、「金がいいてのもあるが、ほれあいつ 相方がいないんだと なら俺がエスコートしんといけんってやつだな あはは」


それを聞いていた他のメンバーもヤジを飛ばすかのように目の前で喧嘩が起こった。

今回の住み込みは同じ女性を狙っての住み込みだった。


ロートリウスは失笑し、牧師たちは運命ですねと笑っていた。

平穏とは言え、語弊があった。

痴情のもつれに至る問題を外せば、平穏と呼べるのかもしれないという意味だと言うことを肝に銘じてほしい。


あれからというもの、様々な授業や実践を経て師匠からエルテメール帝国その首都アルペンへの旅をしようと打診された。


だが不思議と驚いたのはエリザは留守番だということだった。


エリザ

「先生!! 私だって!! クレスと一緒に学んできたんだよっ? なんで私だけ置いてけぼりなんですか!!??」


ロートリウス

「エリザは幼すぎるからだな」


エリザ

「クレスとは同い年だよ 文字だって読めるし書けるんだよ! なんで」


ロートリウス

「安心しろ ハクも置いていく」


ハク

「え.... マスター、わたしも.....」


クレス

「らしいね」


なぜかハクは喋れるようになった。

本人曰く、わたし かしこいですから! ということ。

だがかなり無理しての発音らしいのでたまにしか喋れらないらしい。


ロートリウス

「とりあえずは老人一人でおまえたちを守れるわけではない 旅路も危険が多い

それは授業でもしっかり教えただろ」


ハク

「です...がなんでわたしも」


ロートリウス

「ハクはエリザの護衛だ

クレスは個人で魔法も扱えるし、知識でなんとかなるかもしれないということだ

それに今回の旅は一種の試験みたいなものだ」


エリザ

「そうなの?」


ロートリウス

「わたしにも報告もあるが、これは個人でちゃんと危険な旅路を無事目的地に着けるかという試練 だから子ども一人でやらせるには少々危険でな」


エリザ

「んじゃなんでクレスなの?」


ロートリウス

「単純じゃ クレスは十分に知識を知恵にしておった それで試験じゃ」


むぅうと口を膨らませる赤毛の少女。

ハクはその大きな翼でエリザを撫でた。


ロートリウス

「本当はみな連れて行きたかったが、エリザの家族が許可をしなかった」


......口をあんぐりと開け、肩を下げてエリザは実家がある方向へとトボトボと帰っていった。


ハク

「マスター お気をつけて」


そういうとエリザの背中を追うように透明になり、ついて行った。


実はもう旅路への準備ができており、用意は出来ていた。

ロートリウスと広場へと向かうと、行商人であろう人の馬車が停まっていた。


エデリとデリウス、そしてお父さんとお母さんが馬車の前で待っていた。


イルナ

「クレス 気を付けてね」

カーター

「無事にな」


ロートリウスは行商人との交渉をしていた。


エデリ

「旅を行くは良きこと あなたに神の導きがあらんことを」


と十字を結ぶ仕草をしていた。

デリウスは聖水であろう壺から指を濡らし、私の額から十字を結ぶ。


デリウス

「あなたは祝福を施されました

無事旅の帰還をお祈りいたします。」


そう優しい声色で私に言った。


ロートリウス

「ではこうか」


そう荷馬車に乗ると、そこには椅子と呼べるのか怪しい台がありそこへと腰をかける。

行商人はほいっと馬にムチを打つ。

すると馬はひひんと鳴き、かっぽかっぽと荷馬車とともに歩み出した。


「いってらっしゃーい」

と声に手を振り、私は村を後にする。


ガタリがたりと意外にも馬車の乗り心地は悪く思ってるよりも尻が痛かった。

みなそれに慣れているのか一切の言葉を発しなかった。


馬車には商人が2人、師匠と私の4人だった。


クレス

「師匠 この馬車はそのままアルペンまで向かうのですか?」


ロートリウス

「いいや 途中で降りる形になる

アルペンまでは自力で向かう形になるな

そうだったな 商人」


行商人1

「へい っそうっすね うちらはアルペンから来たからその道中までは案内出来るって感じです」


クレス

「そうなのですか....」


周りをみると荷物であろう箱に色々入っており、何を運んでいるのかを気になった。


「えっと商人さんたちは何を売られているんですか?」


行商人2が後ろに振り向き言う。

「あっしらは腐りやすい食料より、工芸品を軸に売っておりますね

ボウズ見てみるか?」


そういうと近くにあった荷物の箱を開ける準備をしていた。


時代はあれど、何を売っているかを知るのは知識としては面白く、無言で近づいてしまった。


がちゃりと箱を開けるとそこには宝石とは言えないが、現代でも通用する美しい陶器や人形?...に布などがあった。


これは?というと師匠が口を挟むように会話に入ってきた。


ロートリウス

「ほう これはアディス王国の工芸品ではないか アルペンで流れていたのか?」


行商人1は馬を操縦しつつ、後ろに声をかけた。


「いや アディスから直接買ったんですが、首都アルペンで売れ残ってしまったものですね」


ロートリウス

「ほう道理でもの珍しい絨毯があると思った アディスからだとここは遠かったのでは?」


行商人2

「ええ、こっから半年っすね」


ロートリウス

「半年? にしては結構早めにアルペンまで来れたのだな」


行商人2

「へへ運良く、船出と山越え出来たんです」


ロートリウス

「ほう...それはなんとも」


クレス

「師匠 首都アルペンはどこにあるのですか?」


ロートリウス

「ん? ほれあそこだ」


と荷馬車の布を捲り、白い大きな山脈そこに指をさしていた。


ロートリウス

「あれが首都アルペンがあるところだ」


そう言うと、アルペンの遠さが分かった。

何日かかるのだろう そう不思議に思った。

ロートリウスはそれを察してか、

「カルエ村から2週間歩いた距離だ」


2週間!!?? 全然想像がつかない。

この世界では、午前3時から教会の鐘がなり、そこから祈り、食事、作業とし、午後6時に終了し9時までに就寝が多かった。


ここでは6-18までを昼、19-5までが夜とし、

基本は昼に仕事をし、夜に寝るという比較的にシンプルな生活をしていた。

だが私は不思議と6時あたりまで寝てしまうのでここのサイクルには未だなれては居なかった。

2週間といえば、この一日の昼のうちに歩くと考えたらかなりの地獄だというのは確かだった。


クレス

「えっとどれくらいの距離ですか?」


ロートリウス

「そうだな 細かい距離はちゃんと数えたことはなかったが、昼6つ、夜3つで2週間かな?

だからざっと一日に40kmあたりかのう

それを560kmあたりであろうな」


私はドン引きした。

東京から大阪まで大体400kmであるため、それ以上を一日に歩かないといけないってことだ。

ちなみに昼6つ、夜3つは一日は(ざっと)12時間に分けての考えかただ。


ロートリウス

「試験という意味も分かるじゃろ?」


些か顔に浮き出てしまったのだろう師匠は少し煽るような口調でそう言った。

あとここではメートル法が基準になっている。

なぜ?()


―――

――


道中にある街で行商人と休憩という形で分かれ、街への散策を始めた。

街はギルド組合と呼ばれる組織があり、そのギルドが市場を営み、貴族が領地を管理し、貴族から雇われた兵士が街を警備するという仕組みになっていた。

そんなもの誰でも知っている...と言えば簡単だが、こうも知っているからこそちゃんと見てみるとなるほどと言えることも多くあった。


組合は大きく分けると、農業、加工、鍛冶、商業となっている。

農業は大まかに麦や果物、

加工は畜産や加工食品と呼ばれるもの、

酒もこの加工ギルドに入る。


鍛冶は家具や鍛冶、細工(装飾品)など

商業は流通などを管理するなど

多種多様にあり、細かいものだと銀食器鍛造ギルドといった貴族向けのもの銀食器職人の寄合所もあったりする。


農業や加工ギルドは横の繋がりが強く、

昼ひとつ6時から広場での市場が始まる。

活気はなかなかということらしいが、悲しいかな

ここに着いたのは昼5つめ16時で夕暮れと言ったものだ。

だがこの時間帯は宿屋が賑わっており、そこにも新たな色の活気を味わえた。


師匠曰く、あれは知り合い同士で出来立ての自家製エールを振る舞い合うという習わしから、うまいエールが好評となり宿屋が生まれたのだという。

宿屋の主たちは自宅を宿にしているため、

エール程度では全く酔わないが、喧嘩や酔いは禁止が一般的だという。

そのためか、不思議と賑わう宿屋ほど主は力持ちが多かったりする。

見せつけ・・・・なのだろうと言っていた。


だが、そういった活気こそ面白い と私は思えた。


―そこからというもの、街から抜け、アトラス地方そのものを抜けると行商人たちと別れる形となった。


とうとう地獄と呼ぶべき首都までの歩くとおう旅路が始まった。


ロートリウス

「さてクレス 試験といったが、ただ旅をする これがどこが難しいとおもう?」


そう人が確か作ったであろう整った道を歩くロートリウスとクレス。


クレス

「え?っとやっぱり食料とかですか?

雨とかでもパンなどはダメになりますし」


ロートリウス

「それもそうだな まぁ革袋であれば、どうにかはなるがな いいや違う」


クレス

「ん〜知識とかですか? 火を付けるとか」


ロートリウス

「火を付けられぬ人なぞ この世に居らぬぞ 知識もそうだがそうではない」


クレス

「それでは...」


ロートリウス

「自然だよ」


クレス

「自然?」


ロートリウス

「自然といえば少し仰々しく聞こえるが要は人や動物のことを指す もちろん植物もだがな」


クレス

「たしかに...危険だとは思いますがどうして?」


ロートリウス

「人は盗賊、山賊、海賊と荒くれ者

動物は熊や野犬に狼、鹿、植物は毒あるものが旅路に出会うことがあるのだ」


クレス

「鹿もですか?....」


奈良の鹿を思い出すが脅威と呼べるには想像しえなかった。


ロートリウス

「鹿は雄鹿だな 角は十分人を殺すのに長けておる あの角が立派であればメスに好かれるために、争いに使う。

モノ個体によっては気性が荒い。

肉は立派にうまいが十分に襲われる可能性がある。

狼は森深くまで行かないと会わないが、野犬は普通の道でも現れることがある」


クレス

「....飢えですか?」


ロートリウス

「ああ そうだ 特に戦争跡地に現れやすい あそこは立派な肉を漁れるからな」


クレス

(屍肉を漁るということなのか...)


ロートリウス

「植物はまぁわかるとおり

自然は牙を剥くと言われる所以だな

だからこそ、我々は鈴を鳴らしながら歩くのだ」


そう言われるとずっとカランカランと鈴と思われるものが荷袋などに括られていた。


クレス

「鈴....たしかに動物避けに良いとかなんんとか」


ロートリウス

「うむ 動物は音に敏感でな 敵か、味方か、それを判断するために分からない音、知らない音などは不用意に近づかないように考える」


クレス

「そうなんですね なら鈴付けとけば安全」


ロートリウス

「とはならぬのだ」


クレス

「え」


ロートリウス

「野犬は人が鈴をつけてると覚えていれば、そこが餌場だと思うのが普通であり、

特に賢い熊や狼なぞ聞こえた瞬間、人が居ると判断出来るモノも多いと聞く。


現にそういった報告はよく聞く

備えあっても起こるものは起こる

逆にちゃんと備えておけば対処は出来る

そう肝に銘じておけ」


クレスはコクリと頷き、そのまま先が見えない道へと歩いていった。


――


エリザ

「お父さんなんてしらない!!!」


そう叫ぶと家から出ていった。


エルク

「え、、え、エリザ...(泣)」


そう家の入口で手を伸ばし届かなかったかのように絶望顔のエリザの父。


エリザのお母さん

「まぁエリザがかわいそう」


エルク

「エリザが旅に行くってのも全然ダメだが何より!! クレスと一緒はダメだ」


エリザのお母さん

「あらどうして?」


エルク

「......それは......」


エリザのお母さん

「エリザがクレスのこと気になっているから?」


エルクはうぐっと口をつぐんでしまった。

はぁ全くと小言を言うように頬に手を当て言う。


エリザのお母さん

「私ね エリザにはもっと世界を楽しんでほしいの 旅をするなら旅をしていいし

好きな子がいるならどんどんアタックすればいいとおもうの」


それは....と口を挟もうとするエルクに、口早にそれを塞ぐエリザのお母さん。


エリザのお母さん

「けどね....けどね?」


そうなにか声色が少しずつ低音になっていく。


「私に...」


空気が変わった。


「なんの連絡もせずにエリザの道行き決めるのはないと思うわ()」


ドも怒もないドスが効いた声はエルクの心臓を一瞬で握られたような感覚になった。


家からは、ただただ静かに不穏な空気で淀んでいた。

エリザはすぐすぐと戻ってきたが、母が怒っている....そう感じたのがすぐさま家から離れていった。


――

―――


心身ぼろぼろになった。

いや ぼろぼろになってしまったと言えるほど、緊張感がある旅路をした。

夜はパチリと聞こえただけで心臓がばくりと鼓動を始めたり、昼は緊張の疲労でキビキビと歩けもしなかった。

師匠はなんの気もなしに普通に歩いており、経験なのか何かは分からなかったがどこか凄さを感じてしまった。


だが、

だがだ


これはすごい


首都に到着した。

検問を通り抜け、城壁から抜けるとそこには大きく白く塗られた山脈を背に、山にも負けぬ大きなトンガリ屋根の城、中世の建築様式と呼べるゴシック様式の教会に広場までまっすぐ並ぶ赤系統の様々な色の瓦屋根を背負った家形群。

よく見ると、下地一階層はレンガ様式で2階から木材で様々な着色で彩られた家が多くあった。


青空で照らされたそれは―

商売の声、ガヤガヤと人や家畜、飲み屋など活気がある人々に溢れ、この並んだ家々が整理された石畳のもと、極彩色に溢れていた。


美しい 一種の芸術と呼べるのではないかと考えた。

だからみんな・・・旅行したかったのかと感嘆するほどだった。


ロートリウス

「ここがエルテメール帝国 首都 アルペンだ」


そうクレスの背中を押し、前へと行かせた。

すごい...そうもう呟くほかなかった。


そこからはもう師匠に質問攻めだった。

なぜ家はこんな形でそんな建築なのかとか、

ペンキの色には区分けや格式ある家かどうかが決まっているとか、もう色々!!


ふと不思議と思った。

こんなにも高揚感に包まれた自分は初めてのような気がする。

ドラゴンに触れ、魔法を扱い、知恵を知り、世界を知ったような気がした。

東京...とは大きく違う世界。

平行世界・・・・と世迷言は聞いたことはあったが、これをなんと表現するかは知らない。

だが、堕落とは知恵とはこういうことを指すのかと少し笑ってしまった。

知恵の実をかじることとはこういうことだったのかを如何にと感じた。


落ち着け...あまりの楽しさに頭を回しすぎたようだった。

師匠は用事があり、「すぐに戻って来るから待っておけ」と言われた。


これは好都合だ。

高揚感が心臓を少し滾らせていたため、落ち着くために胸を撫で下ろし、深呼吸をしようとした。


バタンと何かにぶつかる。

おかしい、道路の端、人にぶつからないようにしていたのに...

ぶつかった方向へと目を向けると、

妙に質のいい布にくるまれた物体が目の前にあった。

それはすっと立ち上がり、言葉を発した。


「ご、ごめんなさい」


そう同じ背丈に見えるそれは女の子だった。

深々とフードを被っているため、顔は見えづらいが逆に深く被っているせいでわたしにぶつかったのだろう。


クレス

「いや大丈夫だよ」


それではとその場から離れようとする女の子。

だが私は彼女を引き止めた。

すると目の前は馬車が現れた。

きゃっと彼女は驚いき、私のほうへと倒れ込むがそれを支えた。


「ここは危ないよ ちゃんと前見ないと」


師匠は言っていた。

「過不足なく子どもで多い死因は馬車だと いわゆる注意不足が原因の交通事故だ

まぁもっとも7歳以降だがな」

どこか含みがある言葉だったが、それはいいとして、

クレス

「とりあえずここはちゃんと前見ないと危ないから一旦休憩しよっか」


そう言うと女の子を脇道へ連れていき、その奥にある井戸がある小さな広場へと連れて行った。

そこにあった木箱へ座らせると少し落ち着いてきたのか少しずつ喋りはじめた。


「あ、あの その...ありがとうございます」

少女はそう少しフードを掴み、顔を隠す。


クレスは少し笑い、

「どういたしまして」

と言った。


「私はよ、用事がありますのでここで」


そうは言っていたが、私は少女の腕を掴み止めた。


「その格好は目立つよ お嬢さん」


!!?と驚く。

「なんのこと...ですか?」


動揺は隠しきれてなかったが、それでもどうにかその話をそらそうとしていた。


クレス

「いやだって隠れ蓑であるそのマント

質が良すぎる ほら僕の服触ってみて」


と着ていた服を触らせた。

少女はまだわかりきっていなかったが、

彼女のマントとクレスの服にはあまりに差があった。

クレスの服は使い古されたと言っていいが、

匂いがキツく肌触りはざらざらとしよく見ると布地にほころびが多かった。

そして彼女のマントは肌触りがよく毛玉が出来やすいが逆に質のいい布だからこそ出来やすい。

そして丁寧に扱われてきたのか匂いがよく、しっかりとした生地をしていた。


"雲泥の差"と言っていいほどだった。


「そして君 香水つけてるね それだと貴族だ!ってすぐバレるよ?」


ふんわりと彼女に漂う匂いは花の匂いだった。

どこに花かと言われたら分からないが、香水は香水でも様々であり、彼女の髪は恐らく花を浸した水で現れたモノであるのは確かだった。


フードの少女

「.....ど、どうしたら...」


少女はクレスに擦り寄り、フードで顔が隠れたがクレス自身もただ的中したかっただけでこのあとのことは考えてなかった。


クレス

「というと?」


これは逃げの言葉だ。

ただ次の展開を読めなかっただけの言葉。


フードの少女

「わたくし ただ処世しょせいの暮らしぶりを見たくて、....けどわたくしが貴族だーって見抜かれてもしたら」


あわわとしていたが、クレスは我秘策ありと言わんばかりの顔で


クレス

「では庶民になる方法をお教えしましょう!」


と我ながらのおかしいテンションで言った。

まだ高揚感が残っているようだ。


フードの少女

「ほんと?」


そうフード越しでのわかるような上目遣いで言ってきた。


―では、 そう言うとマントを脱がせた。

バサリと脱がせると、

そこには 美少女 がいた。


いやうん え あ そう言葉を詰まらせた。


青い瞳、光で照らされた金色のブロンド

整った容姿にそれを魅せるかのような可愛らしい服装。


エリザも十分に美少女だったが、

それでも負けじと一切劣らぬ美しさがあった。

もしエリザの美しさが苛烈と言うなら、

彼女の美しさは気品あるものと言うのだろう。


フードの少女

「どうしたの?」


クレス

「いやなんでもない」


美しさで言葉を詰まるとは言うがこれも高揚感ゆえなのか...と思うが、クレスは少女をそのままに井戸にある水を汲み取る。


「すみません」


そう言うとばしゃりと彼女に水をかぶせた。

わっとこちらを睨むように見ていたが、


クレス

「まずは花の匂いを取らないといけないです 庶民は鼻に敏感とは言わないですが違和感に気付きやすいので」


そう自前にあったタオルで拭く。

く、くしゃい....そう少し顔をそらした。


許せ少女よ 長旅ゆえちゃんとした洗いはできていない。

というかこの時代は普通にくさい

草や家畜の匂いが服や体に染み付いたためなのだろうか、自分がいた世界とは大違いだった。

いや逆に現代だからこそなのだろうとも感慨深く感じた。


水気を取るように少女の顔、髪、服や腕を拭いでいった。

ある程度水気が取れたため、近くにあった藁溜まりに突っ込ませた。


「な、なにするの??」


クレス

「残った水気を吸い込ませるのと藁の匂いを染み付かせました。

うしっこれではい」


すると自分で風よけで使っていたマントを渡す。

「これで立派な庶民ですよ!」


少女は藁から立ち上がり、さっと丁寧な所作で服を叩いた。


フードの少女

「あ、あの丁寧な対応ありがと....」


クレス

「どういたしまして どうします? お嬢さん」


えっと少女はクレスを見上げる。

「さすがに一人で街歩くのは危ないからね

一緒についていくよ」


フードの少女

「いえ、そこまで...ことは望んでいませんわ」


クレス

「大丈夫 こう見えて、まだ庶民のこと全部教えていませんから ついでに教えてもらえるって考えたら役得では?」


目をぱちくりとした少女。


(あー謎にテンションが高い....まぁこの帝都アルペンを見回れると考えたらアリか)


少女

「でしたご案内していただきませんか?

処世の習わしとともに」


そう手をすっと前へと出す。

クレスは少女の手を優しく重ねる。


クレス

「承りました お嬢様」


そうお辞儀を行った。


――

―――


そこからというもの、あの手この手で習わしを教えていった。

ほとんどは師匠の受け売りだが、意外にそれを知恵として活用できた。


少女は市場や教会、人々の営みで目を輝かせていた。


少女

「ここはね お父様は建てるのがすっごく大変だったとお聞きしましたわ

教会の方々がもうてんやわんやと言っていたらしくてね」


と目の前にあるゴシック様式と思われる巨大な教会があった。

ここだけが異質と言えたが、不思議と街並みの雰囲気とは合っていた。


くすくすと手で口を隠し思い出し笑いをしていた少女。


少女

「ねぇあなた お名前なんて言うの?」


クレスだと言うと、へぇーとどこか嬉しそうな顔をしていた。


「ねぇクレス お家はどこなの?」


クレス

「出身はアルペンより辺境にある村だよ」


村の名前は少女に言っても分からないだろうから適当に答えた。


少女

「クレスはここで育ったわけじゃないの?」


クレス

「ああ、今日初めてアルペンを訪れた」


えっとそうなんども目をぱちくりとしていた。

そう案内とはいったが、あくまでも庶民の習わしを知っているだけで首都そのものは知らないだけだ と言い訳としか言えない理由が頭に浮かんだ。


クレス

「ごめんね アルペンは初めてだから君をちゃんと満足させられなかった」


少女

「驚きました」


でしょうねと心に思い、言葉を噤んでいたが。


「あなたこんなにも色々なものを知っているのですか!!??」


そう私の肩を掴んでいた。


想定外の答えにえっと驚きも隠せずにいたが、少女は矢継ぎ早に言葉を続かせた。


「だって初めてだからと言って、建物やその歴史お教えてくださり、初めて会ったときにだって一目でわたくしのことを見抜きました

そのご慧眼 おみそれしましたわ」


私はその言葉に言葉を詰まらせた。

なんと言えばいいかわからないがこそばゆく、つい頬を指で掻いてしまった。


「ねぇクレス わたくしのもとで働きませんか? きっとお父様もお喜びいたしますわ!!」


そうは言ったが、

村に残したエリザ、家族、師匠を思い出す。


クレス

「いえ せっかくのご勧誘ありがたく存じます ですが私はそのお誘い ご遠慮させていただきます」


少女

「そんな .....」


クレス

「ですが昼はまだ長いです

短いお時間だと思いますが、お嬢様を楽しませることはできます」


少し考える少女。


「そうね そうでしたね ではエスコートお願いします クレス」


「かしこまりました」


―時が経つ、

太陽が西へと傾け落ちたとき、少女との別れがやってきた。


クレス

「いかがでしたか?」


少女

「ええ すっごく楽しかったわ クレス」


クレス

「よかった」


少女

「ねぇもう一度クレスとは会えないからしら?」

指と指を絡ませ、ほんの少しもじもじしていた少女。


クレス

「また縁があれば、もう一度会うことは叶いますよ」


そう...と少し悲しげな声でいう少女。


クレス

「あ、これ忘れてました 返しておきます。」

クレスはカバンから少女から預かっていた布を返した。


少女はそれに気づき、受け取ったあとに言った。

少女

「ありがとう ね...ねぇクレス わたくし再会の約束をしたいのですけど よろしいですか?」


クレス

「再会の約束?」

指切りげんまんのようなものだろうか...そう思ったクレス。


少女

「ええ ここエルテメールでの再会の約束にはお互いに髪飾りを贈り合うのです」


クレス

「髪飾り...」


少女

「同じ髪飾りならなんでもよろしいのですけど....あ、あれ」


キョロキョロと周囲を見渡した少女は、指をさすと装飾品を販売している露店があった。

そこには宝石で彩られたものなどがあったが、少女が指を差したのはシンプルで金属のアクセサリーだった。


露店商

「お、嬢ちゃん いいの選ぶね」


そう髪飾りをクレスと少女に見せるとそれは花の蕾が円のように並び、まるで車輪のようなエンブレムだった。


少女

「これはヤグルマギク この国を表す花のことですわ」


金属板の髪飾りはシンプルだが不思議と自分に合うとも思ってしまった。


露店商

「いいねー ヤグルマギクにな 花言葉がある

それは 信頼や幸福を運ぶ

そして 変わらぬ愛だと 愛情を渡したいってことじゃないかな? 少年」


少女

「ちょっと!!/////」


少女は顔を赤らめていたが、クレスは再会の約束には確かに"信頼"が必要なの確かだなと思った。

クレス

「はい おじさん」


そう手持ちを渡した。


露天商

「お、あんがとよ」


少女

「わたくしが代わりに払いましたのに」


クレス

「いいんだよ 再会の約束にはお似合いの花だし それにほら似合ってるよ」


ヤグルマギクの髪飾りを少女の髪に付けた。

少女はさらに顔を赤らめてしまった。

かちゃりと互いの少女とクレスの髪にヤグルマギク髪飾りが飾れていた。


露店商

「ひゅーお似合いだね! 次あったら何するのかな?」


少女

「おじさま!!??」


余計とはこれこのことだが、少しでも楽しませるならありがたい限りだ。


少女

「そ、それでは....その...また/// 約束忘れないでください」


クレス

「ああまたお会いしましょう」

そう優しく笑顔で返した。


少女

「はい///」


そう足早へ街の奥へと行ってしまった。

すると後ろからロートリウスに声が聞こえた。

「このバカモンがっ!!」

がつんとゲンコツが放たれた。


いたいと頭に手を置くと、

ロートリウス

「一人でどこをほっつき歩いておった!!??」


クレス

「ごめんなさい 少し案内してほしいって言われて」


ロートリウスはクレスがつけていた髪飾りを見て、少し考えた。


「まぁよい 今日は宿屋に向かうぞ」


お咎めが少なかったことに少し疑問を感じたがロートリウスについて行ったクレス。

賑わう宿屋を背に、借りた部屋に入る。

そこにはざっと一般的なベッドと呼べるそれがあった。

ロートリウスはクレス座れ命じ、そのままクレスはなんの気もなしに近くにあった。

椅子に座った。


ロートリウス

「クレス お主は学校に興味があるか?」


クレス

「藪から棒になんですか?」


真剣な顔でクレスを見つめる。


「いえ、興味はない...と思います」


ロートリウス

「それはどうして?」


クレス

「どうしてと言われても....」

(少なくとも前の世界で小中高は行っているわけで、そこまで興味がわかなかった)


ロートリウス

「まぁそうだな 学校は貴族が行くものだしな」


クレス

(え? 学校って貴族が行くものなんだ)

「学校では何を習うのですか?」


ロートリウス

「いや 学校では13から通い、6年間

社交界での過ごし方、その習わしなどを学ぶ 


クレス

(ええ...興味がわかない 貴族!とは言ってもあまりぱっとしない)


クレスの生活はカルエ村での幸せがあってこその生活であり、クレスはそれ以上のことを望んでいなかった。


ロートリウスはその気持ちを汲んでか、

「まぁその気持ちは分かる

だが私はまた学園での教鞭を取らないといけなくなった 要は弟子をとれってことだ」


クレス

「え?けど、師匠は今まで弟子を取らなかったからわざわざ聞く必要はないんじゃ」


ロートリウス

「まぁ教会のあの二人が密告したらしくてな どうも賢者に秘蔵っ子が居ると」


あの二人・・か...もう分かっているが、如何せんそこまで悩む必要があるのかをロートリウスに聞いた。


「いや これまで通りの授業を教えられないのと...それともう一つお前には世界を知ってほしいんだ」


突拍子もない言葉が現れた。


「その学校では、世界各地の貴族や王族が学びにくる。 もっともあくまでも国家間での社交界がメインだがな

だがクレス お前には才能がある

私はお前の才能をもっと伸ばしたい

もっとお前のやりたいことを見てみたいんじゃ」


そう肩を掴み、訴えかける。


クレス

「けど社交界のマナーなんて知っても意味がないのでは?」


ロートリウス

「いいや もちろんそれがメインではあるが、クレスが学んでもらうのは丨自由七科リベラルアーツだ」


クレス

「自由七科?」


ロートリウス

「ああ、文法学、弁証法、修辞学の言語三学トリビュウム

算術、幾何、天文学、音楽の四科クオンダリビュウム


それを総括し、自由七科リベラルアーツ

そしてクレスが学んでもらうのは、

世界各地の賢者と謳われる者たちが羨望するロートリウスクラス歴史工学自由七科で学んでほしいのだ」


クレス

「師匠の名前....」


ロートリウス

「そうだ 学園が出来て23年

唯の一人もその門戸に触れることすら出来なかった知識の最奥 見てみたいとは思わないか?」


"見てみたい" そう心が叫んだ。

まただ また高揚感が湧き上がってくる。

なんでだろう なんで


[いい? タケル あなたは薬屋さんになるのよ!!]

[なんで勉強してないの!!?? 勉強の仕方がわからない?? バカじゃないの!?

いい? 神様は天上から見ているのよ

うそはつかない!!]


[全く なんでこの子は勉強できないの!!??

次はお医者さんなりなやさい

ほら鉛筆買ってきたから

は? 紙がない? 頭おかしいんじゃないの!!

そんなもの適当に書きなさい そこらにあるものでやりなさい

あ、けど部屋は汚したらだめ!! 掃除が大変だから]


[なんで勉強なんてできないの?....当たり前のことできないなんて 私ドン引きなんだけど いい?タケル

いつかあなたは地獄を見るわよ

なんでお医者さんになれって? 教え的にダメじゃないの?ってはぁそんなもん稼げるからに決まってるでしょ

教えは教えでもちゃんと守れば神様はちゃんと導いてくれるから大丈夫なのよ]


[そんなに文句言うなら、勉強道具没収!!


私がいないあともちゃんと勉強しなさいね!!

いい?]


勉強道具なしにどうしろと、自分の手を見て少し笑ってしまった。


ロートリウスは少し不思議な顔をした。

クレスの顔は少し何かを懐かしむような仕草をしたからだった。


クレスはどこか遠い知識を持っていることが多く感じた。

それは初めてクレスとエリザと出会った時もそうだった。

私にすら物怖じもせず、悟し、エリザにはわかりやすく噛み砕いた。

一種の才と呼べるが、一辺境の村人にしては言葉がありすぎた。

確か遥か東洋では魂の輪廻、巡り合いといい生まれ変わりと呼ばれる者が生まれるとか。


....だがそれはそれだ、それでも私はクレスに才を見た。

知恵を見た、そして空想ドラゴンと出会い、そして幸運魔法を掴んだ。


それはこの齢63の老骨では成し得なかった偉業。

この子に託したくなった。

私が望む世界を....


ロートリウス

「その学校の名前は、

【アルテメリア学園】だ」


クレスは驚く。

それは知っている名前だった。

おかしい この世界で名前は通じる言葉は多いにあった。

だが多いにあったとしてもこちら・・・が知っている言葉はなかった。

だけど、その【アルテメリア学園】は


ふと光景が浮かび上がる。


それは幼女がコントローラーを握り、モニターをつける。

淡く電子の色を放ちながら、描かれるタイトル。

【アルテメリア学園 〜白色の革命〜】


そして彼女は言う。

「おじさん 一緒にゲームやろ!!」


思わず口が開いてしまった。

「ゲームを...」


ロートリウスはん?とその続きに耳を傾けた。


「その学校にゲームってありますか??」


そう少し目をかがやかせる子どものように言った。


ロートリウス

「クレスがしたいと思うゲームとは何かは知らぬが、あると思うぞ」


駄々をこねるように拳を握り、とんとんと師匠にぶつけた。

なぜだろう なんでか涙が溢れる。


クレス

「師匠 ....師匠」


ロートリウス

「なんだ」


クレス

「僕 ゲームがしてみたいです!!!」


―これは、初めて僕がしてみたいことをしてみる物語だ。

まだ僕がしたいゲームに名前がないがいつか決まると物語だと声高々に言いたい。


――

―――


かつかつとレンガ積みの廊下、そこには厳かな絵画、蝋燭台が一定感覚にならびその道中にメイドと思しき女性たちが掃除をしていた。

メイドは少女を見つけるといなや、作業を取りやめ深くお辞儀をした。


どたりばたりと少女は廊下の先、

その豪奢な扉に手をかけず叩くように押しのける。

ばあんっと部屋に居た者は驚く。


「お父様!!」


「な、なんだ... フレデリカか どうした?」


そうフードの少女の名はフレデリカ。

彼女の父の机の横には、大きな冠 ヤグルマギクに似た金の冠、先端には煌めく色とりどりの宝石が飾られていた。

国を表す花をかぶるとは、

国を背負うと相違なく、その王冠は金銀財宝に等しいと謳われるモノであろうなのは確かだった。


その冠を被るであろう金髪碧眼の妙齢の父親に、少女は発破をかける。


「お父様 わたくし 運命の人に出会いました!

だから婚約者は要りません!!」


父親の顔は唖然とする。

顔に一切の動きがなかったが、手にもっていた羽ペンだけがかちりと無情に落ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る