序章:第三話 契約

―あれから1年ほどの時が経った。

村の活気というのは以前と代わりなく、のどかな原風景が広がっていた。

私は賢者 ロートリウス・デ・サルゴの師事の元にこの世界の知恵と知識、その歴史を教えてもらっていた。


このカルエ村は、エルテメール帝国領アトラス地方その辺境に当たる村であること。

そしてこの村はどちらかというと実験的な意味で作られた村であると言うことだった。


師匠曰く、学者先生たちが考案した政策を実証し、その規模と結果を把握することが目的とした村でその経過監察を出資者である教会が引き受けているとされている。


クレス

「はい 師匠」

ビシッと手を上げて、疑問を投げかける。

「師匠はどうしてそれを知っているのですか?」


老人は髭を整え、口を静かに開ける。

ロートリウス

「賢者である これが答えだ」


横から答えるように赤髪の少女はその答えに違和感を持つ。

エリザ

「それは変だよ?先生 魔法使いさんは何でも知っててもどこかで分かる時があるんじゃないの?」


エリザの言の葉はいくら賢者だとしても、何が起こっているか知るタイミングがあるのでは?という返しだった。


クレス

(時たまに思うがエリザの言葉使いには独特だと思う)

「そうですよ 師匠 師匠だって噂や言伝とかで知る機会が多いはずです

そんな言葉だけで推察すいさつなんて子供が出来ないよ

まだ僕達はわからないことが多いからこそ師匠から学ぶためにここに来てるんですよ?」


ロートリウス

「.....ふむ 少し哲学者てつがくしゃとしての立ち振舞を考えなさなきゃな

ふむ生徒との関わりは難しいものだな」


ロートリウスは目を動かし、考える。

整理できたのか顔をこちらへと向き、言い直す。


「そうだな 元々国王やその元側近であったアルメテ辺境伯が秘密裏にこの村を作ったが教会が何処かから話を掴み、一枚を噛ませろとせがんでいた。

両者の間に話あったのが、

国王派閥には国家の将来性を

教会側はその将来性から来た利益を

そのため、出資者となって支援したということだ」


エリザ

「 ? 」


クレス

「師匠 言い換えたのはすごく良いことだとは思いますけど、ぶっちゃけ過ぎますよ

ほらエリザがあまりの情報の多さに理解出来てないです」


と少女の顔はさながら宇宙を見つめる猫のようであった。


ロートリウス

「お、おー..........そうなのかすまない」


エリザの体を揺らし、意識を戻した。

起きろーとクレスはエリザに言葉をかける。

ハッと意識が戻ったのかここはどこ?と言葉を返した。


クレス

「あなたはエリザってことで、エリザ?

さっきの話は分かった?」


エリザ

「わかんない!!」


笑顔で答えた。


クレス

「んじゃね この村は王様がみんなの将来を願って秘密に作ったんだよ」


エリザ

「そうなの!?」


クレス

「そう それでね教会さんがねどこからか王様の秘密の村を知ってね

俺達教会にも参加させろーとせがんできたってこと」


エリザ

「え?けどそれだとエデリ様は悪者なの?」


ロートリウス

「いやエデリは悪者ではない ただの監察官だ」


クレスはその言葉に追加を施した。

「監察官ってのはみんなの村がどうなってるか見守ってる人のことだよ」

少し目を細めたロートリウス。

(.........幼少の頃を思い出す。

私は親も教えてくれる人も居なかったが、

大人達の"言葉はなし"をよく聞き、育ってきた。)


だから・・・か....そう深く考える。

まだその"だから"に納得いく言葉を当てはめていった。


そしてクレスはこの語りに問を投げかけた。

「師匠はこの村を知っているということはここに来た理由も関係してるのですか?」


ロートリウス

「ほう 察しが良いな その考えに間違いない」


理由を聞いても?と聞くクレス。

エリザはじっとそのまなこを見つめる。


ロートリウス

「何簡単な話だ 私は以前帝都の生活に疲れて旅に出た そう言ったな」


クレス

「ええ、仰ってました」


エリザ

「うん」


ロートリウス

「だがな 賢者は如何に賢者であるかそう言われたようなことが起きた」


と言うと?と受け取った言葉を続けさせる。


ロートリウス

智慧ちえは国家と並ぶと言われてな 帝都へ出ることすら叶わなかった。」


エリザはえ?っと小さく呟く。


ロートリウス

「だがこの村を口に出し、その経過観察とその結果を報告するという契約の元に帝都から出た ただそれだけだ」


クレス

「あーうん....師匠 も、もう少し経緯を分かりやすくしてくれませんか?」


ロートリウス

「そうか?これで話が通るのだがな」


エリザ

「先生っていっつも....なんだっけクレスがいつも言ってたはしょるからわかんないや」


そう手を広げやれやれと感じたエリザ。

ロートリウスはそれを言われ、少し心にヒビが入った。


クレス

「あ、あー師匠 師匠にはもう少し子供に教える言葉を分かりやすくしてみませんか?」


少し考える 先のだから・・・のことに対する疑問に疑問を呈した。

ロートリウス

(私は私にとっての分かりやすくを考えた

だがこの子達にとっての分かりやすい・・・・・・とは違うのだろう

.....私は彼らとは違う

だから・・・生き方が違うのだろう私? )

「ふーむ難しいな....」


クレス

「師匠には誰にでも分かる言葉が必要なのかもしれませんね」


ロートリウス

「誰にでも? 言葉であっても人と人は分かりあえないぞ」


そう当たり前の顔をするロートリウス。


クレス

「師匠はなんでもかんでも難しく考えすぎです クライアントとの会話とか絶対無理な人でしょ!?」


くらい...あんと?とよく知らない言葉に疑問を持つ賢者。


クレス

(あ、しまったついに日本のことを)

頭をかく仕草をしながら、

「あ、あーエリザを見てくださいの!」


エリザはえ?私?と自分に指をさし、周囲の目に注目が入る。


「エリザは今だに賢者のことを魔法使いと言っているんです それは彼女にとっては魔法使いとは頭のいい人という認識なんです」


エリザ

「だってけんにゃって言いにくいし」

(噛んじゃった///)


ロートリウス

「そうであったな 今だにけんにゃと呼ばず魔法使いとしているな」


エリザは真顔でエリザの噛みを真似る姿にキッと睨む。


クレス

「それはエリザにとって魔法使いとけんにゃは同一なんですよ」


クレスも流れるように噛みを真似た。

エリザはクレスの胸ぐらを掴んだ。

だがそのままクレスの目線はロートリウスに向けていた。


クレス

「話を合わせるようにしないといけないのです」


ロートリウス

「話を合わせると? だが教えるのとは何が違うのだ?」


クレス

「学校の教師の物言いとか見たことないのですか?」


....軽い沈黙のあと、髭を整えるロートリウス。


「学校か....いやその教え導く姿は見たことはないな」


クレスはまたもや流れで日本の知識を言ってしまったが話が通ってしまったが学校があるのかとも思った。


「だがそうだな 彼らは物言い優しく喋るであろうなとも思うぞ」


クレス

「そうですよね なのでエリザにわかりやすく伝わりやすい言葉で例えながら言ってみませんか?」


胸ぐらを掴まれたクレスは眼の前に居るエリザからの声が耳に入る。


「.....わよ」


え?


「ぶち殺すよ クレス?」


そう笑顔で言うエリザ。

「ま、待って エリザ これはエリザに分かりやすいようにしないと進むモノも進まないっていうか....」


眼の前にある恐怖が意外にも心に掴まれていることに焦っていたクレス。


エリザは少し頬を膨らませるようにごにょごにょと返す。

「私だって絶対クレスに追いついてやるもん」

それはロートリウスの話を理解できるクレスに付いていけるようにするという意思表示にも見えた。


クレス

「あ、あはは ロートリウス様 師匠

どうですか? やってみませんか?」


ロートリウス

「そうだな あーでは...私は...国から出ようと....しようとしてだな」


はいと相槌を打つクレス。

それはロートリウスの選ぶ言葉に横槍を入れないと伝えてるようにも見える。

だが


エリザ

「そ、そこは分かるもん

先生は街の生活に疲れちゃって街から出ようとしてたんだよね」


エリザはしっかりと分かっているというのをロートリウスに伝えた。


ロートリウス

「お、お〜そうだ」

その声に狼狽えがあった。

言葉選びに少し不安があるようであった。


エリザ

「そこからがわかんないの

魔法使いさんが魔法使い?だと言われるゆえん?ってのがわかんなくて」


クレス

「私も言いたいこと自体が分かりますけどあまり要領が分かりにくて」


ロートリウスは目を閉じ、考える。

その静寂は短かったが、エリザの言葉遣いを参考にしたことでクレスの考えを、言いたいことをかすみていどには掴めた。


ロートリウス

「そう旅に出ようとしたが、王様から呼び止められな 帝都から出るなと言われた。」


エリザ

「なんで!?街から出るなってひどい」


ロートリウスはエリザの反応で言葉遣いに要領を得た。


「そう 理由はな

賢者とは国の宝であり、他国にさらわれたりしたら国の損害になると言われてな

だから帝都から出るなと言われた。」


クレス

「現状自分から見て師匠が国の宝には見えませんけどね」


むっと感じたロートリウスはクレスの様子を言葉として表した。

ロートリウス

「君少々怒りをもったら口が悪くなると見た あと何故そう思ってるなら師匠と言うのだ」


エリザ

「けどどうして先生はここに居るの?

出られないんじゃ...」


ロートリウス

「そうこの村を知り、この村の結果を報告する代わりに外へと出させてくださいと言ってだな 許可を貰ったのだ

相当な根回しをしたから、財産の4割が消えたがな」


クレス

「そ、そんなに.... ちなみに財産ってどれくらいの....」


ロートリウス

「はて? 物もあったから正確な貨幣では言えないが.....確か350万エルテ金貨ぐらいだったかな」


クレス

(大体875万ぐらいか...)


エリザ

「ごめんなさい 先生 エルテ金貨でどれくらいすごいの?」


ロートリウス

「エルテ金貨はこの国が発行する金貨で国内、他国でよく使われる流通硬貨だ

青銅貨、真鍮貨、銀貨、金貨と位がある

大体そうだな カルエ教会があるだろ?」


エリザ

「うん ある」


ロートリウス

「状況は様々だが相場が銀貨500枚ぐらいだ

そしてエリザやクレスが食べているパンは銀貨一枚で10日分は帰ると考えたらよい」


エリザは指を広げ考える。


エリザ

「すごい!!パン20個分!? 幸せー♪」

そう頬を抑え、喜んでいた。


クレスは価値基準がよく分からなかった。

「師匠 ごめんなさい 銀貨はどれくらい働いたら一枚貰えるのですか?」


ロートリウス

「ぶどう一房ひとふさで銀貨一枚 ワインが銀貨5枚ぐらいかな」


クレス

「わ、ワイン100本分....パーティーし放題」


エリザ

「そんなに高いんだ...」


ロートリウス

「まぁあの教会が特別高いとも言えるがな

基本的に麦畑一つで銀貨10枚貰えるかどうかかな?」


エリザ

「お父さん達すごいんだ!!」


クレス

「ん....てことは金貨って」


ロートリウス

「この世で最も高い金貨だからな

銀貨1000枚で金貨1枚だ」


クレスは閉口する。

そもそもの金貨の流通量に疑問があるが、その量が天文学的すぎて驚くしかなかった。


ロートリウスはクレスの疑問に答えを言う。

「元々金貨は作られてる枚数が少なく、

5000枚しか作られてない

国家間の取引は金貨一つで済むとされている。」


クレス

「けど350万はどこから?」


ロートリウス

「金貨は貴重すぎるからな

基本的に金貨と同じ価値を持つ宝石や利権、希少な特産品が取引として扱われることが多い 根回しの際にはこの物品達を扱った

だから正確な価値などわからないのだよ」


エリザ

「.....てことは先生は金貨と同じぐらいすっごい綺麗な宝石とか持ってるの?」


ロートリウス

「おーいっぱい持っておるいつかエリザにも見せてやる」


エリザ

「わーいやった」


クレス

「.......あ、あー本当に賢者なんですね」


ロートリウス

「君は私のことを本当に賢者だと思っていなかったことに驚嘆するよ」


クレス

「ごめんなさい」


ロートリウス

「とりあえず話を戻そう 王と話し合い、この村の経過を報告することで帝都から出ることが出来たってことだ」


ようやく本題だ。


クレス

「けどこの村ってそんなに大切なのですか?」


秘密であるのであれば行商人などがこの村にやってくることも、村人達から街へと赴くことも出来ないはずだ。


ロートリウス

「いや 重要度で言うなら相当に低い」


クレス

「え? それなら」


ロートリウス

「だがそれで言うなら戦略上での重要度では低い

だが重要度が低いからこそ他国からの影響も受けにくいのだ

そのため、ここは国策を試し、その成果を確認しやすいのだ。」


クレス

(言っていることは分かる 分かるけど...)


ロートリウス

「納得がいかないって顔だな」


エリザ

「どうして王様はここが街と同じ結果になるの?」


エリザの言っていることは、

村が行った政策が帝都と同じような結果になるのかということだった。


ロートリウス

「もちろんなるわけがない

しかもこの村は小さすぎて、国と比較しても結果なんて塵にも等しいよ」


なら そう言うクレス。

それを塞ぐように言葉を続けるロートリウス。


「が、君たちは不思議に思わなかったか?

この村は異様に畑が大きいと」


クレス

「あ、そういえば」

この村には40haヘクタールと呼べるほど広大な麦畑に大きなぶどう畑や様々な野菜が耕されていた。

この村の人はせいぜい40人ほどであるのに対してこの大きさだ。

不思議に思うこともある。


エリザ

「えー普通はこれくらいじゃないの?」


ロートリウス

「少なくとも村として確認出来る畑としては最大であるな

元々この村は様々な作物に詳しい者たちを集め、村として築きあげた。

そして我々は学者達が農作物の効率のよい栽培法を考案し、実践しその成果次第で国内に広めていくものなのだ」


クレスは以前父親であるカーターが言っていた

エリザはまたショートしかけたが、どうにか踏みとどまった。


エリザ

「つまりはお父さんが作物に詳しいからいろんな育て方して実践してるんだね!」


ロートリウス

「そうだ」


クレス

「けど経過報告なら教会に任せてれば師匠は帝都から出ることなんてできなかったのか...」


ロートリウス

「王は野次馬やじうまである教会に任せたくなかったんだろうな

だから私に任せたのだ まぁ私は経過報告の手紙一通出したらすぐに村から出るつもりだったがね」


早々と出奔する腹づもりであったロートリウス。

「しかしまぁクレス、エリザに出会うこと自体はとんと予想外だった

だが羊飼いどもにも協力することも予想外だったがな」


その言葉に少しの疑問を持ったクレス。


クレス

「羊飼いどもってエデリ様とデリウス様ですよね? その協力ってのは?」


ロートリウス

「ん?ああ ある理論の検証をするってだけだ」


クレス

「へー理論ですか」

エリザ

「理論...?」


ロートリウス

「なんと言ったか 神聖回生経済理論だったかな」


クレス

「しんせい...えなに?」


ロートリウス

「名前はさておき、ようは各国間の経済を予測する理論だとだがそれに重要な数式と抜けがないかを私が確認するというものだ


今の今まであやつらは数字とは神の理

なのだから理論などを提唱するななどとほざいてた癖にな 全く....」


そうぼやくように言うロートリウスの姿に、

クレスはその協力の原因は自分たちだろうと推測したのだった。


そして現在に戻る―


そこからというもの、

地質学、建築、数学、考古学、処世術などを学び、日々を楽しく過ごしていった。


師匠はさすが賢者と謳われるうたほどの人だということがハッキリと分かることが多く、ああ返したらこう返すとこう返したらああ返すと明々白々めいめいはくはくとした姿にはどこか畏敬の念いけい ねんを持つ程だった。


だけど知識は知識、知恵に変えるには経験が無ければ意味がない。

百聞は一見にかず。

私は師匠の知識を検証するために、近くの山あいの森へと向かった。


山は危険だと言う話はよく聞くが、ここらは

狩人がよく狩りに行くらしいので幾分いくぶんかはマシだろうと考えた。


(まぁ新月の夜も出歩いていけるし、大丈夫だろう)


そういった経験が自身の体に染み付いているので、深く疑問に持たずその玄関口に戸を叩いた森の入口へと入る


――

―――

パチリと子供の足でも軽く枝が折れる。

ふと周りを見渡す。

そこは碧くあおく幻想的で、だが人に触れられざる深さに湿らす空気が肺へと入ってくる。

日はまだ浅く東へと上がったばかりだった。

そのためか木陰は少なくまだ肌寒さが残る姿に些かいささか心に活力を与えた。


(私が日本に居た頃は、山なんてほとんど行けなかったから新鮮な気分)


その森は当然のごとく人によって手をつけられたような道はなく、そのほとんどが草木が分けられた道曰く獣道けものみちに辿るほかがなかった。


(そういえば動物が通った跡の道を獣道

人が通ったあとを踏み分け道と呼ぶらしい)


そんな知識を今実体験として得たことに何かときめいた。

様々なモノを見渡すようにそぞろ歩くが、今回は目的があって、この山あいへと向かっていた。

その目的というのは、この地域の断層だんそうを見ることだった。

地域によるが基本的に山あいは山と山の間にあるため、互いの山が割れ、崖などを作りやすい。

そのためか場所によっては一箇所で様々な山の断層を一挙に見れることがある。

これを露頭ろとうと呼ぶ。


師匠はこの山あいを通った際に、この露頭を見かけたという話を聞き、

そこに山があるからさ!と言わんばかりに指をさし赴いたのだった。


元々山や断層などそんなマニアックなものには興味すら湧いてなかったが、ここは私が居た世界とは違う....のだろう。

だからこそ二度目の人生はしっかりと学びたいんだ。


クレスの頬が少しはにかむ。

(ははっ二度目の人生なんて許してくれもしなかったからな...全く)


だが目はしっかりと先の見えない森の奥を見据えていた。

その足はまだ幼く、その一歩々々いっぽいっぽはふらつくがしっかりと地面を踏みしめていた。


齢8歳の少年が通る獣道には、8歳の子供の頭よりも大きな大きな5つの肉球がある足跡があった。


――


がさりがさりと道を掻き分ける。

その奥は小さな広間があった。

その目の先には、自身の経験人生になかったモノがあった。

それはつやめく白い鱗。

それはトカゲというにはあまりに大きく、

50cmもあるその巨躯きょくの背中には雄々しく立派な翼があった。


人はそれを【ドラゴン】と呼ぶ。


だがその体には滴る血溜まりがあった。

深紅しんくに染まった白いドラゴンの姿を見た私は無意識に走り出した。


それは人生教えになかったことだ。

《近付いてはならない》

《触れてはならない》

《見てはいけない》


その記憶は新しい順から振り返る。

だが二度目の人生には関係のないことだ。


もうなりたいモノになるために


少年の足がその白いドラゴンの血溜まりを踏みつけ、その容態ようだいを見る。

要因は今体を伏せた状態では見えなかった。


クレスはドラゴンの体に触れ、仰向けにさせる。

ドラゴンの声からうめき声が聞こえる。

だがそのうめき声はまだ生きているという証明だ。

クレスはそれだけで頭を回すだけの力になった。

そう頭を回すだけなら、この血を止めるほどの知識がなかったのだ。

仰向けになったドラゴンの体には深く引き裂かれた爪痕があった。


(5本の爪か?) 


深く入った真ん中の爪を中心に、徐々に浅くなりついぞ両端の爪は鱗に溝を作る程度だった。

その爪痕はどくりと赤い血が溢れ出しており、

下手な布では到底治りそうになかった。


致命傷


そう医学に明るくないクレスですら、一見して思わせるほどの容態。

だからこそドラゴンは動くことすら出来なかった。

刻一刻こくいっこくと血が広がり海へと成す光景。


クレスは早々と指を血で濡れてない地面に溝を描く。


「こ、これは!!??」


「どうしました? 師匠」


「クレスこれを一体どこで?」


「え? 父と母が僕のために買ったって聞きましたけど... 驚くほどなのですか?」


「ああ、驚くもなにもこれは禁書だ

現在の魔法について社会を崩壊させるほどの代物だと言われている。」


「え!?そんな危ないものだったんだ...

けど中身はそんなに危ないものには見えなかったのですが....」


「実際これは危ないモノではない

が君が文字を読める理由にも納得がいく」


「これはな クレス

魔法が扱えなかった東方のマギ学者が研究した魔法に対する研究結果なのだ

この世界を根底から揺るがす書物として、世界中で燃やされた。

そも生き残っている事自体が大問題なのだよ」


そんな代物にはこう書かれていた。

紋章による選択可否かひ

紋章学から見ての魔法陣の仕組みと。


師匠と共にその魔法陣に置ける仕組みを研究し、その1割を把握することが出来た。

魔法陣の線には基本的に円と線、そして描く文によって構成されており、円が円環えんかんを持ち、外側と中側での仕組みを隔てる役割を持つ。

線は選択の可否を持ち、元のA地点とB地点を結ぶことでそれが関連性があるかを見ることが出来る。

文字は詠唱文であり、元になる単語を描くことである。


用は円はクラス、線はifイフ文、文字は変数で恐らくvariantバリアント型だろう。

私は知っている・・・・・言葉で当てはめていた。

エリザの手法を真似ただけだ......。


クレスは考える。

今の眼の前にいる生き物を助けるために考える。

そして―

「いい? ドラゴンは悪魔なの 触れてもいけません 考えてもいけません 見てはいけないのです 魔法もそうです

私達は誘惑から負けてはいけません」


指を上に上げ言う女性の言葉を思い出した。


悪魔....悪魔か !!??


それは児戯じぎにおける言葉遊び。

悪魔なんだから魔法も使えるという単純な考えだ。

だからクレスは魔法陣を描いた。

詠唱文なら魔法が扱えないといけないと判断した。

なら描くことだけの魔法陣なら?


そして描いた術式は

       あなた

 契約     │    主従

     \ わたし /

        │

  契約成功時に身体を同調させる。


そしてこれを円で囲んだ。

これは体を同調させることで、元の状態へと戻ることを考えた術式だ。

回復や治癒の魔法なども考えたがどんなものか想像出来なかったための妥協案だ。

【魔法は想像であり、創造】

これが事実なら、想像イメージ出来なければ発動しないと思った。


だけど即席で急いで描いたため、日本語と円が相当歪んでいるがモノは試さなきゃ何も出来ない。

だからこそ、今眼の前に居る白き竜に問う。


「俺の声が聞こえるか!??」


「もし聞こえるならこれに触れて、魔法を注げ!!」


クレスは自分で描いた魔法陣に指をさす。

竜はその問いかけをかける生き物の目を見つめる。

そして白い翼を魔法陣に触れた。


すると魔法陣はクレスが描いた円を描いた地点から一周するように光り、あなたという文字が照らすの同時に光が下へと流れていく。


そして確実に魔法を発動するために、

腕を魔法陣の上にかざし、

ヤケクソの日本語での詠唱をとなえた。


「あー汝はわたし 以後一切を注視し、

お互いにお互いの状態を見る

お前は私に従い、私はお前に導く

だから体を元通りになれ!」


魔法陣に描かれている文を適当に合わせた詠唱文にし、二重で発動出来るように言った。


そしてわたしという単語と契約、主従がゆっくりと輝く。

最後の文が光に包まれると円は一周し、魔法陣から放たれる光が散っていく。


.....失敗?だった?


はっ そう眼の前にいる竜に目を向けると

見る見ると流れていた血が逆流するが如く、

いや時間が逆行するように白き竜の元へと流れていく。

傷口はするりするりと削られいたあとがなくなっていく。


するとドラゴンはすっと目を覚まし、まるであくびをするように翼を広げた。

その姿には少し輝いてみえた。


ほっよかっt―


だがドラゴンは私に吠えた。

かなきりごえのような、聞いたこともない声で叫んだ。

その瞬間―


ドゴンっ

ともに草木が落ちる音が地面と響く。

私の前が影が広がり、暗くなる。

後ろからぐおんっとのびたような獣声が聞こえる。


私は後ろをふりm―


 ぐしゃり


体中にのみに響く異音が鳴り、私は宙に浮いていた。―


急転直下 本日ハ晴天ナリ

体は宙に浮いていた。

ここで物語は終わる。


木々の間に見える其れは青く蒼く碧くあおく

流れれるるくもももももももががあ

あああごめんなさいごめんなさいごめんなさいゆして るして して いたく しな


この時に見えた景色が意識が混ざるように走馬灯が流れた。

茜に染まる畳、布団に眠る女性は言った。

「いい...? こ...れは..救いなの

私はただ救われるだけなの」


そう言うと僕に目を向けて、その眼はただじっと僕の目を見つめた。

きっと僕は何かを言った。


「世の中にはね....悪いことなんていないの

いい...?悪いのはみんなの教えを利用しようとする人たちなの....

だからね 信じている人たちはなんにも悪くないの」


そう少しずつ少しずつ声がかすれていく。

女性は言う。


「いつかね あなたにも一生懸命に信じれるようなものに出会うわ....

ね?信じて」


小指を上げてゆびきりげんまんをしようとする。


「ゆーびきーりげんまん嘘ついたらはりせんぼんのーます....」


「ふ...ふ...いい? 健 だからね一生懸命に頑張るのよ」


女性はゆっくりとゆっくりと落ちゆく砂時計のように声が小さくなる。


......――またあの景色だ


暗い部屋 光が 電灯が ごうんごうんと左右に揺れる。

ハッハッッッハッ 息が交じる

揺れる人影 │甘美かんびに│耽る《ふける》色のある声が頭に響く。

周りに揺れる人影が眼前から増えていき、

ゆっくりゆっくり回っていく。

少しずつ回っていく。


ああ、まただまた...


ゆっくりとそれでも数刻のように、人生は振り返る。はは嗤える話だ。

この砂時計じんせいは非常に短く。

数瞬すうしゅんしかなく彩りもなく、眼の前にあった三原色が混ざり黒くなった。


ああ、これで終わりなのか...


モニターから黄色く光る。

その目の前には少女が居り、指をさしていう。

「おじさん! 一緒にゲーム...しよ!」


ハッ 眼前に広がる木々と空

これは母の言葉。私はただ無意味に生きてきたわけじゃない。

そうだ。そうこの言葉に従って一生懸命に前に進んできた。

今ここで踏み込まなければ、


身体中に二度目の衝撃がやってくる。

恐らくは地面にぶつかった衝撃だ。

ガハッ 息が出来ない

カハッ 息が入らない

ゲホッゲホッ酷い咳だ。むせる。

体中に響く雷鳴が立ち上がる力を抑えていた。

それでもふらふらと立ち上がる。


焦点の定まらない視界、金属音が鳴り響く耳、揺れる三半規管。

それでも眼の前にある世界を見つめる。


そこに居たのは私を放り投げた元凶が居た。

それは茶色の毛皮、大きな巨躯、犬とも言えぬ大きな顔。熊だ。

立ち上がった姿は恐らく2mを超える。

齢8の自分にはそれが離れた場所だとしても大木に見えた。


クマはこちらへと目を向ける。

興奮気味の声で鳴く最中に見えた左手。

いや左前足と言えるものの爪先には赤く光る液体があった。


ふと震える手で右頬をさすった。

ぐちゃりと柔らかい肉の感触があった。

手にはしたたる赤い液体があった。


口には違和感があった。

ずっと鉄と言える味が口中に広がっていたのだ。

よく舌を回してみると、粘液のようなものと何かをすうすうーと風のようなものを感じた。

そして口を閉じたはずなのに頬に触れていた指と頬を舐めた舌が触れ合った。


そして私は気付いた。

頬が引き裂かれていたのだった。


脳に衝撃が走る瞬間に、クマはこちらへと走っていく。

その走る姿に一つ一つに地響きがなる。

私は思った。


(あ、死ぬな)


なんとも情けない考えが脳裏によぎる。

一歩も地面に踏みつけないこの姿でどうあがいても絶望だったのは確かだった。


.....ぐぉお 砂を掻き分けるような引き摺る音が聞こえる。

眼の前には白いドラゴンがクマの横腹に突っ込み、その勢いの強さにともなってクマは横転した。

白いドラゴンはバサリと大きく翼を広げ、クマに咆哮を上げる。


だが、先ほどのドラゴンの腹に付いていた傷はクマに傷つけられていたのだろうか...

怖気づくこともせずすぐさま態勢を戻すクマ。

クマは縦横無尽に飛び回るドラゴンに追いかけるように立ち上がり、叩きつけるように前足を振り回す。

ドラゴンはその攻撃を避けるように、常にクマのそばを飛び交い避けるのと同時に尻尾を叩きつける。

両者の│雄叫び《おたけび》が飛び交うその場には明らかな有利があった。


ドラゴンは制空権を取ってはいるが、しなるように動く尻尾がクマのその分厚い皮には一切のダメージを与えていなかった。

同様にクマは鈍い体さばきで素早いドラゴンを掴むことが出来なかったが、それは慣れない戦いだからだ。

慣れて・・・しまえば捕まってしまう。


....普通に考えればドラゴンがクマにかぶりつけばいいのでは?と思ったが、恐らく捕まることを考えての対策なのだろう。

ドラゴンは確か私の言葉に反応した。

そして魔法・・を注いだ。

....それはつまり知能があるということだ。


私は考えた。

この状況を逆転できる何かがないかと考えた。

そして―


「おい!!ドラゴン こっちにこい!」


その声に気付いた白いドラゴンはすぐさまにクレスの元へと飛びついた。

ドラゴンに何かを呟くクレス。


その状況を見つめたクマはクレスを捕まえるために四足歩行となり走る。


ぐぅうと鳴くとすぐさまクレスの肩を掴み、持ち上げるように飛ぶ。

ギリギリ捕まらずに空へと飛ぶことが出来た。

クマはそれを捕まえようまるで猫のように前足を伸ばす。

クマをただ見つめる動けない自分が出来ることは何か、

そう考えた。

滴る血が 滴るように意識が そして記憶が

ある決着へとたどり着いた。


クレスは手をかざす。


アレス燃え盛る


それは魔法だった。

とある禁書とされた本に書いてあった初歩。

魔法と言える空間に燃え盛る火の玉だった。

だがその火の玉は浮く力もなく、ただ真下へと雫のように落ちていった。


その真下にいたクマはその火の玉をかぶり、痛みに悶えるような声で叫ぶ。

どうぶつにとっての火は恐怖の対象であり、それを振り払うようにはたくが毛一つひとつ丁寧に燃え盛る・・・・・


クマはそのまま逃げるように森の奥へと走り込んでいった。


そしてドラゴンはその状況を見つめ、ただゆっくりとクレスを降ろした。


私はもう立つ余力もなく、地面がつくのと同時に膝も地面へとついた。

「ありが...とう」


声が続かなかった。

感謝とともに肩を擦ったが、その肩には凸凹でこぼこを感じた。

それは肩に爪痕が付いたようだった。

ことさら血だらけの状態なのに、微塵も痛みを感じなかった。

けぶけれれつと感じたクレスはふっと笑うように倒れた。


――

―――


ん。。。目が覚めるクレス。

眼の前には白いドラゴンがクレスの顔を覗き込んでいた。

目を開けたクレスの顔に舌なめずりするドラゴンの舌は妙な心地よさがあった。


「や、やめてくれ」

そういい、立ち上がるクレス。

ふと傷の確認をしようと抉られた頬、肩を触ったが一切の傷跡がなかった。


クレスはふと白いドラゴンを見つめる。

魔法陣には身体を同調させると書いてあった。それが発動したのだろうと考察した。

立ち上がったクレスを見つめる白いドラゴンはべったりと寄り添う姿に何かを感じ、頭を撫でた。


「さて断層を観に行こう」


と考えたクレスは空を見上げると朱に染まる空になっていた。


「あ、うん帰ろう」


なんとも判断が早かった。

いくら村に近くても、土地勘がなければ山に遭難する。

そんな知識をどこかで見たクレスはそのまま踵を返すこととした。


......

..........

.............


なんだろう....すっごく肩が重い


それはそうだと言うように右肩には先ほどの白いドラゴンが嬉しそうに座っていたのだ。


ええい そう言うように肩に座るドラゴンを振りほどこうとするがドラゴンは爪を立てており、えげつないほどに痛かった。


いたいいたいと叫んで肩を抑えるクレス。


「お前.....なんなんだよ」


「ぐぉ?」


首を傾げるドラゴン。

何もわかっていないと伝えるように感じた。


「このまま俺のそばにいる感じなのか?」


「ぐぉ!」


嬉しそうに鳴くドラゴン。

....こりゃダメだと感じたクレス。


(それもそうか契約魔法が成功しちゃったもんな...

はぁ全くこの世界に来てから悪魔と契約とか本当に笑える話だ)


クレスは長い村への整備された道を歩いていくのだった。

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