第16話・告げられた真実

 予想外の言葉に、グゾルはぽかんと口を開く。

 間抜け面をした彼に構わず、ローザミレアは話を続ける。


「――十年前から、あなたは『シェリルリリー』に『ヴィオラマリーがいじめるの』と言われるたび、証拠もないのに私を責めましたね。そしてシェリルリリーがいない二人きりのときも、『私』に陰湿な嫌がらせをするようになりました」


「な……何を言っているんだ? 『私』って……お前は、『シェリルリリー』だろう……?」


 彼女はグゾルの言葉に答えることなく、淡々と事実を並べ立ててゆく。


「『女の分際で本を読むなど生意気だ。本なんか読むから小賢しいことばかり考えるようになるんだ』と言って、私が大事にしていた本を目の前で燃やしたことがありましたね」


 ――悲しいときに心を救ってくれた本達が炎に包まれるのを、呆然と見ていることしかできなかった。


「『どうせ可愛げがないのだから、女としての要素などいらないだろう』と、私が伸ばしていた髪を、無理矢理切ったことがありました。周囲には、『ヴィオラマリーが自分で切ったんだ』と言って」


 ――鏡を見るたびに、無惨に切られた髪が目に入って、心が押し潰されそうだった。


「『お前は男を知らないから、男への可愛げも足りないんだ。いっそ僕が教育してやろうか』と無断で身体に触ったこともありましわね。シェリルリリーという婚約者がありながら」


 ――必死で振りほどいて逃げたけれど、にやついたグゾルの恐ろしい顔は、今でもぞっとするほどだった。


「あなたは私に、傷つけられたと主張しますが。ではあなたが今までしてきたことは、一体何なのですか?」

「ま、待て、何故、それを……。今のは全部、『ヴィオラマリー』しか知らないはず……」


 今、ローザミレアが口にしたことは全て――彼女がヴィオラマリーだった頃、グゾルと二人きり、他の誰もいないときに起きた出来事である。


「お前……お前、ヴィオラマリーなのか……!? 馬鹿な! あいつは処刑してやったのに!」

「私は、奇跡の使い手。私の力で、魂を入れ替えたのです」

「い、意味がわからん! 『奇跡の子』は、シェリルリリーだろう! ヴィオラマリーじゃない!」

「そうですね、それは少々ややこしいのですが。私達、そもそも十年前に一度、入れ替わっていたのですよ」


 ローザミレアは、十年前の入れ替わりとこれまでの経緯について、グゾルにも理解できるよう話して聞かせた。


 話を進めるごとに、グゾルの顔は真っ青になったり怒りで真っ赤になったり、まるで魔法薬の実験のようであった。


「そ、それじゃ……僕が処刑したのは、シェリルリリーだったというのか……? き、貴様……! なんという残酷なことを……っ!」

「今まで、罪もないのに王家の我儘で処刑された人間が、何人いると思っているのです。少しはその痛みを知るべきですわ」


 ルゼンベルク王家の犠牲者は多い。国王や王子にとって気に入らない言動をとっただけで「不敬だ」と罪を押し付けられ不当な処刑をされた人間は大勢いる。その人達にだって家族がいて、未来があったのに。


「だ、だからといって……! こんな、僕の愛を踏みにじるようなことを……!」


「そもそも、ずっと一緒にいたのに、あなたは十年前に私達が入れ代わったことだって、何も気付かなかったでしょう。……それで本当に、シェリルリリーを愛していたなんて言えるのでしょうか?」


 狼狽えることしかできないグゾルに、ローザミレアが温度のない瞳を向ける。

 そして、とどめの言葉を口にした。


「グゾル殿下。あなたは自分ばかり傷ついたと主張しておきながら、他人のことは平気で傷つける。事実を指摘されれば逆上して処刑を言い渡す。それは王の器ではないどころか、人間として恥ずかしいことです」


「貴様ぁっ!!」


 今言われたばかりだというのに逆上したグゾルは、ローザミレアを寝台に無理矢理押し倒した。


「ふざけるな、ふざけるな、貴様……っ! このまま嬲り殺してくれる……っ!」


 グゾルがローザミレアのドレスを引き裂いた、そのとき――


「そこまでだ」


 怒りで我を失っていたグゾルはちっとも気付いていなかったが、彼の首筋に、剣が当てられていた。


「ローザミレアは、ノイスヴェルツが迎え入れた、この国の奇跡の使い手だ。彼女に乱暴を働こうなど、許されることではない」


 グゾルの首筋に剣を突きつけているのは、ヴィルフリートである。


 ローザミレアとヴィルフリートは、グゾルの行動を予想していたのだ。でなければ、グゾルが毒を持ったままローザミレアの部屋に入れるはずがない。二人きりになればグゾルは必ずボロを出すだろうから、その瞬間を狙おうとの計画だった。


 そもそもノイスヴェルツの城門には検査用の魔道具が設置されており、来訪者が武器や毒を所持していることはすぐにわかる。グゾルもルゼンベルク王も、「あえて見逃され、泳がされていた」のだ。


 ヴィルフリートがグゾルをローザミレアから引き剝がし、ローザミレアはグゾルに、鋭く研ぎ澄まされた刃のような眼差しを向ける。


「グゾル殿下。ノイスヴェルツ第一王子の暗殺を企てた罪は重いですわよ」

「あ、暗殺? 馬鹿なことを言うのはやめろ。僕はそんなこと、少しも企てていないぞ。僕への名誉棄損だ!」


 往生際悪く自分の罪を認めないグゾルに、ローザミレアもヴィルフリートも呆れる。


 そこで、別の声が割り込んで――


「無駄だよ。キミ達の部屋での会話は全部、ボクが聞いてたからね」

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