第18話・全部、

 グゾルとルゼンベルク王が兵士によって連れて行かれた後、ローザミレアとヴィルフリートは、あらためて部屋で二人きりになった。


「大丈夫だったか、ローザミレア。……怖かっただろう」


 ヴィルフリートは、ローザミレアがグゾルに乱暴されそうになったことを気遣ってくれる。だが、だからこそローザミレアの胸は軋んだ。


「……まだ、私を心配してくださるのですか?」

「どういう意味だ」

「グゾルとの会話を、聞いていたでしょう? ……私は、実の姉と魂を入れ替えて、処刑させたのです」


 あれは紛れもなく、ローザミレアの復讐だった。自分を虐げ続けた彼女への憎悪を消すことができず、断頭台へ追いやった。


「最初は、そのことは隠しておこうと思いました。ですが、やはりそれは卑怯です。殿下、あなたは私を、好ましいと言ってくださった。だからこそあなたを騙したまま、愛されることなどできません」


 ヴィルフリートからの好意は、嬉しかった。彼に甘い瞳を向けられるたび、胸が高鳴った。それはローザミレアにとって、生まれて初めてのことだった。


「私は姉を処刑に追い込み、それをあなたに隠していました。この罪は、私の首で贖わせてくださいませ。どうぞ、私も処刑なさってください」


 覚悟はできていた。短い間とはいえ、ノイスヴェルツに来てからは、ユーフィネリアへの冒険や、華やかな舞踏会など、とても楽しい時間を過ごすことができた。それに、目的だったグゾルとルゼンベルク王の粛清は叶う。後はヴィルフリートなら、きっとルゼンベルクを良い方向へと導いてくれるだろう。


「君が姉と入れ替わっていることなら、知っていた」

「――えっ?」


 しれっと答えたヴィルフリートに、ローザミレアは硬直した。


「な……し、知っていたって、どうしてですか!?」


「君を我が国に迎えてから、臣下達に、ルゼンベルクにいた頃の君について調査させていた。そこで明らかになったのは、十年前からゴールベル家姉妹の動向が変わったこと。シェリルリリーはグゾルにべったりで贅沢三昧の日々を送っていたのに、結婚式で突然婚約破棄して逃げたこと――極めつけは、処刑前にヴィオラマリーが『私はシェリルリリーよ』と言っていたこと。

 ルゼンベルクでシェリルリリーは一度も奇跡の力を使っていないことといい、おかしな点が多すぎると思ってな。君は奇跡の使い手なのだから、魂の入れ替えくらいできてもおかしくないと考えたんだ」


「し……知っていて、今まで私に優しく接してくださっていたのですか? 私が、恐ろしくないのですか!?」


「恐ろしくない。そもそも、ユーフィネリアで言っただろう。やられたらやり返すのは当然だ、不当な目に遭って黙っている方が不健全だ、と」


「それは……確かに、仰っていましたが……」


「君の姉も、グゾルやルゼンベルク王と同類の愚者であり、君を虐げていたのだろう。君の姉はもともと、いつか処刑される運命だった。それが少し早まっただけだ。グゾルが王となり君の姉が王妃となっていたら、ルゼンベルク王家は今より更に悪逆非道を尽くし、多くの民に被害が出ていただろう。君は結果的に、ルゼンベルクの人々を救ったんだ」


「……結果論ですし、良いように言いすぎですわ」


 納得いかず俯くローザミレアの耳に、ヴィルフリートがふっと小さく笑う声が届いた。


「君は俺に罪悪感を抱き、命すら差し出す覚悟すら決めたんじゃないのか。なら、君に今後どうしてほしいか、俺の希望を述べたっていいだろう」


「……殿下は……私に、何をお望みなのですか?」


 深紅の瞳を見上げれば、その瞳は柔らかく細まっていた。


「俺はこれからも、君と共に在りたい。だから首なんかじゃなく、君の心を俺に預けてくれ。……いや」


 彼の眼差しも、声も、言葉も。

 何もかもが、ローザミレアに愛を伝えている。


「君の心も身体も、過去も未来も……全て。ローザミレア、君の全部が欲しい」


 ――胸がどうしようもないほど熱くなり、溢れる想いを言葉にできない。


 誰かに理解されることも、愛されることも、もうとっくに諦めていた。

 だって血の繋がった家族からすら、愛されることがなかったのだから……


 そんなローザミレアにとって、ヴィルフリートの言葉は、どんな魔法よりもかけがえのない奇跡だった。


 喉が熱くなって、なかなか声が抜けてくれない。

 それでも、自分を受け入れてくれた彼に真摯な気持ちを返したくて、なんとか言葉を絞り出す。


「……わかりました、殿下」


 ゆっくりと深く頷いて……深紅の瞳を、見上げる。



「全部……全部、あげますわ。私は、あなただけのものです」



「ああ。俺も……俺は王として、民のために心を捧げる必要があるが。一人の男としての俺は、君だけのものだ」


 ヴィルフリートはローザミレアの腰に手を回し、抱きしめる。そして、長い指で彼女の柔らかな髪を撫でた。


 優しく撫でてくれるその手は、「君は悪くない」「今までよく頑張った」と言外に告げてくれているようで――とうとう、我慢していた涙が瞳に浮かんだ。


 ローザミレアはヴィルフリートの腕に抱かれたまま、これまでの苦しみからの解放による、温かな涙を零したのだった。



 ◇ ◇ ◇



「もーっ、ローザミレアったら! 自分から処刑されるのを望むなんて信じられない!」


 夜が明けて、朝。ぷんぷんと音がしそうな怒りをローザミレアに向けたのは、ぬいぐるみサイズと化しているフリューゲルだ。


「フリューゲル……昨日の会話、聞いていたのね」

「言っとくけど、ローザミレアが処刑なんてされたら、ボク、暴れ回るからね。街にどれだけ被害が出ようが、暴れ回る」

「あらまあ。罪のない人々に被害を出しては駄目よ」

「わかってるよ。それだけ、ボクにとってもローザミレアは大事な存在ってこと! もっと自分の命を大切にして」

「……ありがとう、フリューゲル」


 ヴィルフリートだけでなく、今のローザミレアには、自分を想ってくれる相手がたくさんいる。ノイスヴェルツの国王や臣下、使用人の人々も、いつもローザミレアに親切だ。城下に出れば、ユーフィネリアに到達した英雄として、誰もが彼女に笑顔と喝采を向けてくれる。


(……こんな日が訪れるなんて、思っていなかった)


 そしてそれから日々が進んでゆく中で、今後のルゼンベルクに対しての措置も決まっていった。グゾルとルゼンベルク王の処刑は正式に決定し、ルゼンベルクは、ノイスヴェルツに統一されることとなった。


 ルゼンベルク王妃は美しく着飾ることしか能がない、国政は全くできない女性であり、今回の件に関しても無力であったのだ。グゾルの弟である王子達の中には、無謀にもノイスヴェルツと戦おうとする者もいたが……。ルゼンベルク王が消え王家が混乱に陥っている今が好機だと、臣下達が謀反を起こしたのである。今まで暴虐の限りを尽くしていた王家に、臣下達は忠誠心など持ち合わせていなかった。ルゼンベルク王家を庇って巻き添えをくらうよりも、ノイスヴェルツに味方することで今後の待遇を保障してもらう方が賢明だと判断したのだ。


 統一にあたり、ノイスヴェルツはルゼンベルクの貴族達のことを調べ上げ、これまでルゼンベルクであれば見逃されてきた不正や悪事も次々と暴いていった。ゴールベル家もその一つだ。


 王家の動乱から、自分達は処刑されるのだろうと勘付いたローザミレアの両親……ゴールベル公爵と夫人は、身柄を拘束される前に逃亡しようとしたのだが。


 それを捕獲したのは、意外な人物だった――

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