第19話・愚かな両親は、娘の亡霊を見る

 深夜、王都平民街にて――ゴールベル公爵と夫人は、ひと気のない路地裏にて、平民に剣を向けていた。


「静かにしろ。声を出すな」

「な……っ、なんですか?」


 仕事帰りに夜道を歩いていただけで剣を向けられた平民は、困惑する。


「いいから、こちらへ来い!」

「ひ……っ!」


 平民はゴールベル公爵によって縄で縛られ、口に布を巻かれる。


「光栄に思え。貴様には、私の役に立ってもらう」


 外道な笑みを浮かべる公爵を、夫人は止めることもなく微笑んでいた。


「ふふ……っ。あなた、冴えてるわよね。平民を身代わりにして逃げようなんて」


 彼らの企みは、こうだ。適当な平民の男女二人を捕らえて自分達のタウンハウスに眠らせ、火を放つ。顔が焼けてしまえば誰か判別することはできず、ゴールベル公爵と夫人は死亡したと判断されるだろう。処刑から逃れるために考えた、浅い悪知恵である。


「どこの誰だか知らないが、貴様には死んでもらうことになる。だが平民の分際で公爵である私の役に立てるのだから、ありがたく思え」


 公爵が、拘束された男を馬車に乗せようとした、そのとき――


「そうはさせるか!」


 一人の男が公爵に体当たりした。公爵は大きく吹き飛び、無様に路上に転がる。


「な、なんだ、一体!?」


 公爵を吹き飛ばしたのは、かつて「ヴィオラマリー」だった頃のローザミレアに救われた男性――ダリウスである。彼の後ろには、以前ダリウスに救われた男性や、その他にも多くの平民達が集まっていた。


 平民である彼らは、剣や槍といった、武器らしい武器を持っていない。

 だがそれぞれ木材や工具など、武器になりそうなものを持っていた。


 王家の動乱のせいで、現在のルゼンベルクは混乱に包まれている。どうせ終焉を迎えるなら、と自棄になって平民をいたぶろうとする者もいる。彼らはそんな者達から自分達や仲間を守るため、武器はなくとも代わりになるもので武装していたのである。


(ヴィオラマリー様。あなたが俺に、理不尽に立ち向かう心をくださいました。あなたに救われた身だからこそ、俺はもう人々が不当に虐げられることを見過ごしません)


「貴族であるというだけで今までは理不尽が許されていたが、もう守ってくれるルゼンベルク王は無力だ。俺達は、もう身分を理由に虐げられたりしない!」


 ダリウスがそう叫ぶと、他の人々も次々と声を上げる。


「ダリウスの言う通りだ! 俺達がいつまでも、黙って従っていると思うな!」

「俺達だって人間だ! 平民だからって、虐げられていなきゃならない理由はない!」

「き、貴様らぁっ! 平民の分際で生意気な!」


 公爵は剣を振り回し、彼らに立ち向かってゆくが――


「はっ!」


 ダリウスの蹴りが公爵の手首に直撃し、公爵の剣は呆気なく飛ばされた。


 彼らは建築や配送などで日々汗水を流し働いている若者達だ。貴族と比べて食べるものは貧しく栄養は不足気味とはいえ、それを差し引いても、体力では貴族に劣らない。


「ひ、ひいいっ! ひいいいいいいっ!」


 公爵と夫人は、情けなく悲鳴を上げながら逃げ惑う。


「逃がすか! 己の罪を認めろ!」


 ダリウスは再度、公爵に体当たりする。公爵は吹き飛び、近くにあったゴミ溜めの中に頭を突っ込んだ。結局抵抗も虚しく二人は捕らえられ、ノイスヴェルツの兵士に引き渡された。


(ヴィオラマリー様。俺は、やりました。この勝利は、あなたに捧げます――)



 ◇ ◇ ◇



 身柄を拘束されノイスヴェルツに連行されたゴールベル公爵と夫人は、「娘に会わせてくれ」と兵士に懇願した。


 通常なら罪人の言うことを聞いてやる必要はないが、ローザミレアがそれを受け入れたため、両者は対面することとなった。もっとも公爵側もローザミレアも、感動の親子の対面などしたいわけではなく、それぞれに思惑があるからこそ会うことを望んだのだが。


 ノイスヴェルツ監獄内の、面会室。ローザミレアは、グゾル達のときのように誰かと思われぬよう、「シェリルリリー」の姿となり彼らのもとを訪れた。今やヴィルフリート王子の婚約者であるローザミレアと、囚人となった両親が対面する。


「ああ、シェリルリリー! お前がノイスヴェルツにいて本当によかった! お前なら、私達の減刑を訴えてくれるだろう!?」

「私達、親子だもの! 助けてくれるわよね!?」


 公爵と夫人の望みはもちろん、自分達の減刑。あわよくば刑罰を受けず解放してもらえるよう、必死に目を潤ませて彼女に媚びた。


 そんな両親に、ローザミレアは容赦なく現実を突きつける。


「減刑はいたしません。お父様とお母様は罪を犯したのです。その命で償ってくださいませ」


 今回、ルゼンベルクの貴族達について調査される中で、ローザミレアさえ今まで知らなかったゴールベル公爵と夫人の悪事が明らかになった。彼らは金儲けのため、本来禁じられている違法植物等の密売を行っていたのだ。情状酌量の余地はない。


 今まで甘やかして育てたはずの「シェリルリリー」に毅然と突きつけられ、両親はあんぐりと口を開けた後、怒りに火を点ける。


「なんだその態度は! 育ててやった恩も忘れて!」

「そうよ! なんて恩知らずな子なの!」


(恩……ね。『ヴィオラマリー』はいつも家事を押し付けられ、完璧じゃないと鞭で打たれ、グゾルやシェリルリリーのせいで怪我をして家に帰っても、あなた達は見て見ぬふりをしてきたのに)


 父も母も、彼女が助けてほしいときに、助けてくれたことは一度もなかった。


(だから私も、あなた達を助けないわ)


「……罪には罰を。それが当然でしょう? お父様も、お母様も。『ヴィオラマリー』が少しでも気に入らないことをすれば、罰だと言って鞭で打ったではありませんか。それにヴィオラマリーの処刑が決定したときも、『王への不敬罪として当然の罰』だと言って、一切減刑など望まなかったでしょう」


 底冷えするほどの、冷たい視線。両親はぞっと背を震わせ、さすがに異変に気付く。このシェリルリリーは、何かがおかしい、と。


「シェリルリリー……? あなた本当に、一体どうしてしまったの……?」

「な、なんだ。まさか、今更ヴィオラマリーを哀れんでいるというのか? 鞭打ちは単なる躾じゃないか。大体、あいつの処刑が決まったとき、お前も喜んでいただろう!?」


「……ええ。お父様もお母様も、『私』の処刑を、あの子と一緒になって喜んでいらっしゃいましたね」


 薄い微笑を浮かべられ、ゴールベル公爵と夫人は顔面を蒼白にさせた。

 その表情も、言葉も。死んだはずのヴィオラマリーそのものだったからだ。


 可愛がってきた愛娘に、処刑されたはずの娘の面影がある。

 両親は、断頭台に寝かされ、鮮血を上げた娘を、確かに目の当たりにしていた。

 だからこそここで、ある思い違いをした。


 ……これは、衆人の前で首を跳ねられたヴィオラマリーの亡霊ではないのか。

 亡霊が我々を呪い、地獄へ引きずり落とそうとしているのではないか――と。

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