第17話・黒竜フリューゲル

 窓の外には、大きな黒竜の姿。――フリューゲルが、喋ったのだ。


 フリューゲルは前足で、ルゼンベルク王を掴んでいる。未知の生物によってがっちりと握りしめられ、王は顔を青ざめさせて震えていた。


「な……!? 黒竜は、縛り上げておいたはずなのに……!」


 慌てふためくグゾルを横目に、ローザミレアは窓を開けた。フリューゲルの声が、より聞こえやすくなる。


「あのねえ。あんな拘束、ボクに意味があるわけないでしょ。巨大化すれば、縄なんてすぐ切れちゃうし」


 威厳ある姿と裏腹に、フリューゲルは可愛らしい口調で喋る。


 だがグゾルを睨むその眼光は少しも可愛らしいものではなく、大切な主であり友であるローザミレアを傷つけたからには、決して許さないという闘志を秘めていた。


「ともかく、キミ達がローザミレアとヴィルフリートの暗殺を企てた証拠は、ボクががっちり握ってるから。悪あがきは無駄だよ」

「――っ」


 グゾルは、口をぱくぱくさせてフリューゲルを見上げる。


「お、おい、シェリルリリー! いや、今はヴィオラマリーか!?」

「今はローザミレアですわ」

「なんでもいい! 黒竜が喋れるなんて、聞いてないぞ!」


 慌てふためくグゾルに、ローザミレアはにっこりと、優美な笑みを浮かべる。


「あら。喋れない、なんて一言も申し上げておりませんでしたが?」


 黒竜は人間の言葉がわからない、と思わせておいた方がいろいろと都合がいいと思い、フリューゲルが喋れることは、ヴィルフリートやノイスヴェルツ王を含む、ノイスヴェルツ城の一部の人間しか知らない。人間は赤子や動物など、「人語がわからない」と思い込んでいる相手の前では油断して、本性を曝け出すものだ。だからこそ、それを利用させてもらった。


「とにかく、グゾルと王が暗殺を企てていたところは、ボクがちゃんと見てたからね」


「ふん、その黒竜は適当なことを言っている! ルゼンベルク王家への侮辱であり、濡れ衣だ! ヴィオラマリー、お前はいつも『証拠もないのに責められなくてはならないのはおかしい』と言っていたではないか! 自分は証拠証拠とうるさかったくせに、僕のことは証拠なしに責めるつもりか!?」


「グゾル殿下が持っている毒が、何よりの証拠でしょう」


「これは、お前が持っていたものだろう! 僕は、この女が毒で自死しようとしたのを止めてやったんだ! その際に揉み合いになったのを、ヴィルフリート殿下が誤解しただけだ。僕は、この女に嵌められたんだ!」


 グゾルはどうあがいても、自分の非を認める気はない。堂々と嘘をつくことで事実を捻じ曲げようとしている。そんな姿が――滑稽で仕方なかった。


「……ふふ」


 ローザミレアは、嗤う。今までルゼンベルクでは、王子という肩書きによって許されてきた振る舞いも、もう通用することはないのだ、と――


「ねえ、グゾル殿下。フリューゲルは、とても素敵な黒竜でしょう? 私の自慢のお友達ですわ」


「は……? なんだ、いきなり。……いや、お前、やはりおかしくなっているんだな? そうだ、そうに違いない! ローザミレアは乱心して虚偽のことを口走っているのであって、僕は王子の暗殺なんて、何も……」


「大切なお友達なのに、フリューゲルのことを、ちゃんと紹介できていませんでしたので。今、ご紹介いたしますわね」


 ローザミレアはグゾルの言葉を遮り、「それ」を口にする。


能力開示ステータスオープン


 ――それは魔力のあるこの世界において、鑑定の能力がある人間だけが使える魔法。


 その呪文とともに、フリューゲルの前に光の文字が現れて……その能力が明らかになる。




・フリューゲル

・種族:黒竜

・レベル:102

・HP:109,867

・MP:124,234

・能力

巨大化・縮小化

炎のブレス・氷のブレス・浄化のブレス・癒やしのブレス・再生のブレス・回視のブレス

・備考

奇跡の使い手と共にいることで真の力を発揮できる竜。

奇跡の使い手と共に時間を過ごし、心を通わせることでレベルが上がってゆく。レベルに応じて、奇跡の使い手が望む新たな能力を覚える。




「黒竜の能力ステータス……? なんだか、やたらと能力があるんだな。炎や氷のブレスはわかるが、再生や回視のブレスとは……?」

「ふふ。そう……それが、とっておきの力ですわ。フリューゲル、見せてあげて」


 今まで切り札としてとっておいた、規格外の力。常識外れの力。


 フリューゲルはすうっと息を吸い込むと、ブレスを吐く。炎や氷のブレスではない。攻撃のブレスではない、七色に輝く不思議なブレス。


 ブレスが吐かれた床面に魔法陣が生まれ、その魔法陣から、ホログラムのように、ある場面が浮かび上がる。



 ――『……わかった。ヴィルフリートを殺し、シェリルリリーを自死させるのだ、グゾル』


 ――『はい! 僕達を愚弄した愚か者どもは、この毒でまとめて葬り去ってやりましょう』



 それはほんの数十分前、フリューゲルの目で、窓の外から見た、グゾルとルゼンベルク王のやりとり。しっかりと声も入っている。


 明確にヴィルフリート殺害の意思を口にしている映像を流され、グゾルとルゼンベルク王は背を震わせた。


「な……なんだ、これは……」


 顔を青くするグゾルの声に答えたのは、フリューゲルだ。


「ボクは、ボクの目で見て、ボクの耳で聞いて記憶したものを、奇跡の力によって『再生』することができるんだ。だからキミ達の会話も、ばっちり保存させてもらったってわけ」

「――っ」


 今までどうにか言い逃れしようとしてきたグゾルもとうとう、言葉を失った。ルゼンベルク王は最早これまでと理解したようで、フリューゲルの手の中でぐったりしている。


「そういうわけで、グゾル。身柄を拘束させてもらう」


 ヴィルフリートは縄を取り出し、グゾルを縛り上げようとする。

 だが、やはりグゾルは往生際が悪かった。


「や、やめろっ! 僕はルゼンベルクの第一王子! 次期国王だぞ!」


 相手はルゼンベルクよりも大国ノイスヴェルツの次期国王だというのに、グゾルはもう自分でも何を言っているのかわかっていないようだった。いつもならこう言えば誰もが従わざるをえないため、これを口にするのが癖になっているのだ。これさえ言っておけばなんとかなる、周りが勝手になんとかしてくれる、と――


 そうしてグゾルは、部屋の外に逃げようとする。

 だが、ヴィルフリートがそれを逃がすはずがない。


「暗殺を企てたうえ、罪を認めず逃亡か。救いようがない」


 ヴィルフリートの剣が、素早く動いた。

 刹那、グゾルの足から血が噴き出す。


「ぎゃああああああっ!! 足がっ、足がああああああああああっ!!」

「逃亡をはかった罰だ。おとなしく捕まれ」


 周囲には無数のノイスヴェルツ兵も集まり、最早グゾルに逃れる術はない。王子暗殺を目論んだのだから、彼の未来は処刑以外に有り得ない。今まで自分が処してきた奴らと同様に自分も無惨な最期を迎えるのだと思うと、グゾルは恐怖で身体が震え、口から泡を吹いた。


「こ……こんな、はずじゃ……僕は、次期国王、なのに……」


「民の幸せを考えず暴虐に振る舞うだけの者に、王となる資格はない。己がこれまで積み重ねてきた罪を、しっかりと自覚するがいい」


 グゾルも王も、がくりと項垂れる。

 かくして、ルゼンベルク王家の暴虐の歴史は、幕を下ろすことになったのだが。


 グゾルはまだ、気付いていない。今、フリューゲルが披露したブレスは「再生のブレス」であって。


 もう一つ、「回視のブレス」が残っていることを――

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