第6話・奇跡の子は隣国へ旅立つ
「いやああああああああああああっ!! 私はっ、私はシェリルリリーなのぉっ!! 奇跡の子でっ、王子の婚約者なんだからぁぁぁぁぁぁっ!!」
そして現在、囚人服を着た彼女は、髪を振り乱して処刑を逃れようとしている。だがずっと残飯だけで牢に囚われ、憔悴しきった身体に枷をはめられているのだ。どうあがいたって、逃れられるはずがない。
「やめてっ、やめてよぉぉぉ! 処刑なんて残酷だわ!! 人の命をなんだと思っているのよ、この人でなしどもぉぉぉぉぉぉぉ!!」
(……処刑を許可する、とこんな大勢の前で署名したのは、他でもない自分自身なのに)
誓約書には、はっきりと彼女の字で署名がされている。しかし署名する際には、まさかそれが自分の処刑を決定するものとなるとは思わなかっただろう。「処刑なんて残酷だ」と、身体を乗っ取った実の妹に対し慈悲の心を持てていたなら、こんなことにはならなかっただろうに。
そして、今から処刑されようとしているのが、自分が今まで愛してきた相手だとも知らずに、グゾルは眉間に皺を寄せていた。
「ふん、往生際悪く、みっともなく泣き喚いて……。ヴィオラマリーは本当に醜いな。可憐な君とは大違いだ」
「……ふふ」
奇跡の子は、乾いた笑みを浮かべた。
そしてグゾルのもとへ、処刑の執行人が近寄る。
「王子殿下。本当に、処刑してしまってよろしいのですね?」
あまりに泣き喚くヴィオラマリーを見て、今一度確認のために、グゾルへ尋ねたようだった。公爵家の娘、それも王子の婚約者の姉が処刑されることなど前代未聞であり、処刑人も戸惑っている様子だ。だが、グゾルの冷めた目は変わらない。
「当然だ。殺せ」
グゾルはそう言って、これから自分の花嫁となる女性の肩を抱いた。
「シェリルリリー、これで邪魔者は消え去った。これからは、共に幸せになろう。僕は君に永遠の愛を誓う。君もそうだろう?」
「私は……」
奇跡の子は、目の前の馬鹿王子の顔を、あらためて拝んでやる。
顔立ちは整っているはずなのに、完全に自分に酔っていて、気色が悪い。「自分は間違っていない、自分は王となり、美しい王妃を迎え、幸福になるのだ」とまるで疑っていない表情だ。……反吐が出る。
だから彼女は、にっこりと。グゾルの愛する可憐な微笑みを浮かべ、告げた。
「あなたに愛なんて、絶対に誓いませんわ」
「…………………………………………えっ?」
目をまん丸にし、間抜けな顔で呆然とするグゾルの手を払い、彼女は高らかに宣言する。
「ご来賓の皆様! 私は、今この場をもって、グゾル殿下との婚約を破棄させていただきます」
ザワッ、とその場にいた来賓全員が、動揺に揺れた。
ルゼンベルクには、貴族十人以上がいる場で婚約破棄を宣言すれば、どんな婚約であれその宣言は認められるという法律がある。
これは、過去にとある公爵家の娘と婚約していた王子が、伯爵家の娘と「真実の愛」とやらに目覚めた際、舞踏会の場で婚約者に婚約破棄を突きつけたことがきっかけになっている。王家は公爵家から慰謝料など多額の賠償を請求され、それを鬱陶しく思い、公爵家を黙らせるために制定したのだ。ルゼンベルク王家は昔からクソだったということがよくわかる悪法である。
しかしこの法は、女性や立場の低い者からだと無効という制約はない。なぜなら、王家との婚約を破棄したいという女性などまずいないからだ。わざわざ制約を設けるまでもなく、女性側から王子に婚約破棄を言い渡す者などいないだろうと……こんな事態、想定外だったのである。
つまり彼女は、この結婚式の場で、前代未聞の行為をしているわけだ。
「グゾル殿下は、情報の真偽を見極めることもできず、提言を受け入れる度量もなく、罪のない女に平気で暴力を振るう人間です。そしてそれは、陛下も同様です。私は奇跡の子ではありますが、私の力は、このような腐敗した王家を守るためにあるのではありません」
次の瞬間。バサリ――と翼が空を打つ音がした。
大空に黒竜が現れたのだ。彼女の言葉に呆然としていた人々は翼の音ではっと我に返り、次々に黒竜を指さしてザワザワと騒ぐ。
「なんだ、あの大きな竜は!?」
「竜なんて、初めて見た……!」
「あっ、おい! 竜が、シェリルリリー様を連れ去るぞ!」
黒竜は前足で花嫁を掴むと、器用に自分の背に乗せ、そのまま再び大空へと飛び立つ。
「さようなら、皆様。私はどこか、もっとマシな別の地で生きてゆくことにしますわ」
花嫁衣装のまま、優美な微笑を浮かべた彼女は、黒竜に乗って空へと消えてゆく。
そこでやっと我に返ったグゾルが、顔を真っ赤にして兵達を怒鳴りつけた。
「おい、兵士ども! 何をしているのだ! 逃がすな! この僕に恥をかかせた、あの無礼者を撃ち落とせっ!」
あまりに規格外の事態に動くことができずにいた兵士達は、グゾルの言葉で慌てて戦闘態勢に入る。だが既に黒竜は天高く飛び立った後で、人間の武器ではとても届く距離ではなかった。
「ふふ……っ。ありがとう、フリューゲル」
黒竜の背に乗った彼女が、竜を撫でる。「フリューゲル」と呼ばれた竜は嬉しそうに鳴き声を上げた。
これも、『奇跡の子』の能力の一つ。奇跡の子は、竜と心を通わせ、力を与えることができるのだ。
(私の、奇跡の力……これは、他国も必ず欲しがるはず。こんな国に、もう用などないわ)
生まれ育った国を捨てることに、何の未練も罪悪感もない。このまま空を飛んで、他国へと逃げるのだ。
(愛を誓わないと言ったときのグゾルの間抜けな顔といったら、面白かったわね。だけど……こんなのではまだ、罰には足りない)
姉は処刑されることになったのだから。次はグゾルと国王、そして両親だ。
彼らがただの平民であったならまだしも、王族と公爵家なのだ。これほど幼稚で歪んだ人間達が人の上に立つことを許していれば、いずれもっと多くの被害者が出ることになる。王家に罪があっても、国民に罪はない。だからこそグゾル達には、自分達の傲慢さを、身をもって思い知らせ――消えてもらわなければ。
「ふふ……っ。これから、忙しくなりそうですわ」
黒竜の背に乗り、奇跡の子は飛んでゆく。
この国を離れ、隣国ノイスヴェルツへと――愚かな王家と両親への、復讐のために。
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