第42話・これからも、幸せに
違法夜会の主催者や参加者は、全員裁きを受けた。
そうしてローザミレア達は、まだ忙しくも幸福な日々を送ることになり――
数ヶ月後。ノイスヴェルツ王都に、とある店がオープンすることになっていた。
「どうかしら。準備はできている?」
ローザミレアは開店前に、その店に様子を見に訪れた。
すると、従業員用のエプロンをつけた人々が、皆一様に顔を輝かせる。
「ローザミレア様! 来てくださったのですね」
「準備は万端です! ローザミレア様のおかげで、多くのお客様に喜んでいただけるはずです!」
この店の従業員達は、違法夜会で保護した平民達だ。
貴族達によって理不尽に虐げられていた彼らに、読み書きや計算、料理などの教育を行ったうえで、仕事を与えることにしたのだ。
フリューゲルの癒しのブレスによって今まで虐げられていた傷も全て消え、浴室付きの従業員寮を与えられて、以前はボロボロだった彼らもすっかり清潔になっている。前は目にも希望の光がなく鬱屈としていたが、今は活き活きとした明るい笑顔だ。
彼らが従業員になってくれて今日オープンするのは、ユーフィネリアの食材を使ったレストランである。
「ローザミレア様。まだオープンまでは時間がありますから、お食事を召し上がっていきませんか?」
「ローザミレア様に教えていただいたレシピを、何度も試作して最高に美味しく作れるようにしたんです。ぜひ味わっていただきたくて」
「ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えようかしら」
すると、料理担当の従業員が
「どうぞ。『和定食』です」
テーブルに載せられたのは、ほかほかのご飯、お味噌汁、焼き魚に漬物にだし巻き卵。
この店のメニューには他にも、「生姜焼き」や「唐揚げ」「とんかつ」などもある。この大陸には今まで存在せず、ユーフィネリアの食材と、ローザミレアの鑑定能力によるレシピで作り上げたものだ。どれもノイスヴェルツ人には新感覚でありながら非常に美味で、従業員達は味見の段階で舌をとろけさせた。
この店のことは、ローザミレアが社交によって宣伝しておいたため、新しいもの好きの貴族達はすぐに飛びつくだろう。今はユーフィネリアの食材は貴重だが、ゆくゆくは量産体制を整えることによってもっと値段を下げ、平民達も少し奮発すれば食べられるご馳走、という店にできたらいいなと思う。
「うん、とてもおいしいです! これならお客様方も大満足でしょう」
ローザミレアが笑顔でそう伝えると、従業員達もまた満面の笑みを見せた。
「ローザミレア様、本当にありがとうございます」
「どれだけ感謝をお伝えしても足りません」
「今の我々があるのは、ローザミレア様のおかげです!」
その笑顔を見て、ローザミレアの心も明るくなる。非常に珍しい食事を提供するこのレストランは、間違いなく流行するだろう。もうこの人々が生活に苦しむことはなくなる。
こうして少しずつでも、理不尽に虐げられる人がいなくなってゆけばいい。
ローザミレアは美味しい食事を味わい、人々の笑顔に囲まれながら、そう願っていた――
◇ ◇ ◇
そうして、数週間後――ローザミレアとヴィルフリートの寝室にて。
「君が先導して開いたレストランは、盛況しているらしいな」
開店以降、毎日客が絶えないというレストランの評判を聞き、ヴィルフリートがその話題を口にした。
「はい。従業員の皆さんが頑張ってくれているおかげです。今度また差し入れを持って、様子を見に行こうかと。皆さん、お店に立ち寄るといつも笑顔で迎えてくれて、とても嬉しいんです」
「君が楽しそうで何よりだが、あまり他の男と接して、俺を妬かせないでほしいな」
「妬……っ、従業員の方々は、雇用主として私を歓迎してくれているだけですわ」
「色恋事に関しては、君の自覚は信用ならないな。ジェイラスに慕われていたことといい、君は、本当に無自覚な人たらしだ」
「ジェ、ジェイラスだって、敬意という意味で私を慕ってくれていただけであって……っ」
「……まあ、普通に他の者と会話するくらいなら、君の自由を制限する気はない。ただ、君を一番愛しているのは俺だということを、忘れないでほしい」
涼しい顔で愛を語られ、ローザミレアが真っ赤になってしまうと。ヴィルフリートは、キャビネットに隠しておいた、長方形の薄い箱を取り出す。
「……ローザミレア。君に贈りたい物があるんだ」
「えっ?」
「正直、早いとは自分でも思うが。受け取ってくれると嬉しい」
ローザミレアは、ヴィルフリートから受け取った箱のリボンを解き、中身を見る。
すると入っていたのは、薔薇のような色合いの美しい宝石が散りばめられた首飾りネックレスだ。
「わあ、とても綺麗……嬉しいです。でも、どうして私にこれを?」
「来月は、君の誕生日だろう?」
「え……、……えっ?」
「そんな、初めての単語を聞いた子どものような顔をしないでくれ。いや、その顔も可愛いが」
忘れていたというか、覚えていなかった。
――今まで、誕生日を祝われたことなんて、なかったから。
「あ、ありがとうございます。でも、どうして今贈り物を?」
「君は王妃だぞ。これからドレスを誂えたり会場装飾の手配をしたりなどの準備を進め、当日は盛大なパーティーを行うことになる。一日中二人きり、というわけにはいかない。だが」
ヴィルフリートは、普段あまり見せることのない、微かに照れた表情を浮かべる。
「……誰よりも一番先に、俺が、君に祝福を告げたかったんだ」
「――っ」
胸が熱くなり、心臓が高鳴って止まらない。
ローザミレアが、あまりの幸せで何も言えず口を開閉させていると、ヴィルフリートが彼女との距離を詰めた。
「つけてみてもいいか? 君によく似合うと思ったんだ」
「は、はい」
ローザミレアの首に、ヴィルフリートが首飾りをつけてくれる。夫婦だというのに、まるで甘酸っぱい恋人同士のようで、胸の中がふわふわした。
「うん、やはりよく似合う。……生まれてきてくれてありがとう、ローザミレア」
(……昔は家族からも蔑まれていた私に、生まれてきたことを、祝福してもらえる日が訪れるなんて)
ローザミレアの瞳に、涙が煌めく。ヴィルフリートは、優しくそれを拭った。
「あ、あの……私、本当に嬉しくて……ヴィルフリート、ありがとうございます」
胸の中には熱い想いが溢れていて、もっと上手く伝えられたらいいのに、この気持ちはどんな言葉では表せない。だからせめて、まっすぐに彼の瞳を見て告げた。するとヴィルフリートは、赤い瞳を優しく細める。
「喜んでもらえて、俺も嬉しい。……といってもまあ、本当に早すぎるのだがな」
「ふふ」
「もちろん当日も、とびきりの祝福を捧げるから、楽しみにしていてくれ」
そうしてローザミレアの生誕パーティーは、ノイスヴェルツ城の大広間にて、盛大に行われた。ローザミレアは、ヴィルフリートから贈られたドレスと装飾品に身を包み、大勢の人々から祝福してもらった。
「妃殿下、誠におめでとうございます」
「妃殿下のおかげで、ノイスヴェルツは日々より良い方向へと進んでおります。心より感謝申し上げます」
もう、かつてのようにローザミレアを虐げる人はどこにもいない。誰もが彼女に感謝と敬意を捧げ、笑顔で祝福をくれる。
ローザミレアの幸せな日々は、これからも、ずっと続いてゆく――
私のものが欲しかったんでしょう? だから全部、あげますわ 神田夏生 @natsuno_kankitsurui
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