第12話・夢のような夜
ローザミレアがノイスヴェルツに来て、一週間ほどになるある夜。王城では、とある催しが開かれることになった。
王城のエントランスホールにて、ヴィルフリートは催しのための支度中のローザミレアを待つ。
すると彼のもとに――繊細なレースと最上級の絹がふんだんに使われた、美しいドレスに身を包んだローザミレアが現れる。
「お待たせいたしました、殿下」
その姿を見てヴィルフリートは一瞬目を見開き、すぐに甘い微笑みを浮かべた。
「……君は普段から綺麗だが、今日はいつにも増して美しいな」
そう――今宵の催しとは、ローザミレアがノイスヴェルツに来た日、二人がフリューゲルの背で話した、舞踏会である。「奇跡の使い手・ローザミレア」歓迎のための舞踏会であり、主役はローザミレア。エスコート役がヴィルフリートというわけだ。
ヴィルフリートもまた、普段とは違う装いをしており、ローザミレアは思わず見惚れた。そして、気持ちが浮かれすぎないよう、自分を律する。
「……今更ですが、本当によろしいのですか? ノイスヴェルツの第一王子ともあろう御方にエスコートしていただくなんて……」
「いいに決まっている。俺が、君といたいんだ。俺には婚約者もいないから、気を使う必要もない」
「次期国王ともなる御方に婚約者がいないなんて、ノイスヴェルツは不思議ですね」
「幼い頃から婚約を結んだところで、国の勢力なんてものは時代とともに変化する。子どもの頃から婚約を結ぶというのも、またリスクだろう」
(……つまり、いつでも他国の有力な姫君と婚約を結べるよう、あえて身軽でいたということかしら。確かに、王族としてはそれも一つのやり方なのかもしれない)
「いずれにせよ、今まで誰とも婚約せずにいて正解だったな。おかげで堂々と君の隣を歩ける」
「……殿下は、またそのようなことを……」
心がふわふわするような会話を交わしながら、ノイスヴェルツ城の広大な敷地内の、王城とは離れた場所にある舞踏会会場に馬車で向かい、ローザミレアはヴィルフリートにエスコートされたまま会場に入る。二人の入場に合わせて、楽団が壮麗な音楽を奏でた。
煌びやかなシャンデリアが照らす会場内には、既にノイスヴェルツの有力貴族達や、他国からも招待された貴族達が大勢集まっていた。二人が入場すると、皆が見惚れる吐息が重なる。
「ヴィルフリート殿下もローザミレア様も、お美しいな……」
「あれがユーフィネリアに到達した、奇跡の使い手様……素敵な方だ……」
ヴィルフリートとローザミレアはすぐに貴族達に囲まれ、次々と挨拶を受けた。
ローザミレアはもともと公爵令嬢として礼儀作法は身に着けていたうえ、この日のためにあらためてマナーについて復習し、ノイスヴェルツ流の作法についても学んでおいたため、完璧な所作で挨拶をこなす。
やがて楽団が
貴族の令嬢達の中にはもちろん、ヴィルフリートの妻の座を狙っていた者もいた。だが実際にヴィルフリートがローザミレアと踊っているところを目の当たりにすると、嫉妬すら吹き飛んでしまうほどだった。
何せ、普段のヴィルフリートはあくまで冷静沈着、柔らかな笑顔を見せることは滅多にない。だがローザミレアの前では、とろけるような甘い笑みを浮かべている。その笑みを見た者は皆、「ローザミレア様こそが次期王妃なのだ」と、誰に言葉にされずとも身に沁みたのだった。
「ローザミレア。楽しんでくれているか?」
「ええ……とても」
嘘偽りのない本心だった。慣れない貴族の方々に囲まれて、少し緊張はある。だがそれを除いても、今まで経験したどの舞踏会とも比べ物にならない、夢のような時間だ。
ここにはグゾルやシェリルリリーのように、ローザミレアを虐げる者はいない。取り巻きをけしかけられて、ねちねちと嫌味を言われたり、こっそり足をかけられたり、人のいないところに連れ込まれドレスを破られることはないのだ。
何より、ヴィルフリートが自分に向けてくれる柔らかな表情が、とても心地よかった。彼に視線を向けられながら共に踊っていると、葡萄酒も飲んでいないのに、甘く酔ってしまいそうになる。
――ローザミレアもヴィルフリートも、復讐を忘れたわけではない。「だからこそ」今このときを楽しむのだ。
今ルゼンベルクにこちらから何か仕掛ければ、ノイスヴェルツは他国から「奇跡の使い手を奪ったうえ、ルゼンベルクに攻め入った侵略者」という汚名を着せられかねない。ルゼンベルクも他の国々も、ノイスヴェルツからしたら敵にもならないが、それでも叩く口実を与えてしまうのは悪手だ。
それより今は、あくまでローザミレアが「自らの意志で」ノイスヴェルツで生きることを選び、ノイスヴェルツで幸せに暮らしているのだと、周知することが重要だ。奇跡の使い手は、ルゼンベルク以外にも、どの国だって欲しがる存在。だからこそ、つけ入られる口実を与えてはならないのである。
どうせこちらから仕掛けなくとも、ルゼンベルクは必ず、「シェリルリリーを返せ」と言ってくるはず。ならば焦る必要はない。
むしろ、ローザミレアがノイスヴェルツの王子に愛されて幸せそうにしているということは、ルゼンベルク王家に対する、いい挑発にもなる。
現在のルゼンベルク王家は、ただルゼンベルク内で権力を持っているだけの愚か者だ。ルゼンベルク内では貴族達から媚びへつらわれていたって、他国からは軽蔑されているほどの。王と王子がいかに愚かか――ローザミレアは、よく知っているからこそ。彼らを挑発すれば、必ずボロを出すはずだと考えていた。こちらから先に手出しするのではなく、相手が自滅するのを待ち、そこを叩くのだ。こちらが「加害者」と言われてしまわないためにも。
(『ヴィオラマリーがいじめた』みたいに被害者面をされるのは、もうごめんだもの)
ローザミレアが幸せであればあるほど、ルゼンベルク王家の怒りに火を点けることができる。それもまた――彼らに対する、一つの復讐だ。
そうして二人が、夢のような舞踏会を楽しんだ数日後――
ノイスヴェルツの文官が、ヴィルフリートのもとへ報せを持ってきた。
「ヴィルフリート殿下。ルゼンベルク王から、手紙が届きました」
そのうち来るだろうとは思っていたが、いよいよ、ルゼンベルクが動いた。
想定していたヴィルフリートは、眉一つ動かさず手紙に目を通す。
「殿下。どのような内容でしたか?」
傍にいたローザミレアが尋ねると、ヴィルフリートはやはり表情を変えずに答える。
「シンプルに言えば、君を返せ、という内容だ」
「まあ、そうでしょうね」
「だが以前も言ったように、俺は君を誰にも渡すつもりはない。断るためにも、ルゼンベルクとは一度、話し合いの場を設けるが……君は、ルゼンベルク王には会わないようにするか?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、自分のことですから、私も出席させてください」
かくして、ノイスヴェルツとルゼンベルクの、話し合いの場が設けられることとなった――
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