第11話・一方、愚かな王族達は

(どういうことなんだ、一体……っ!)


 結婚式で婚約破棄をされた数日後――ルゼンベルク城、グゾルの私室にて。グゾルは寝台に潜り、屈辱に震えていた。


「シェリルリリーの奴、何を考えているんだ! この僕にあんな恥をかかせるなんて……!」


 ルゼンベルクの第一王子として、幼い頃から周囲に傅かれ、どんな我儘も聞いてもらえるのが当たり前だったグゾルにとって、自分との婚約を破棄するなど信じられないことである。


 実のところ、婚約破棄を言い渡された彼は、あまりの憤怒と屈辱のあまり、シェリルリリーの姿が見えなくなった後、新郎衣装のままその場で卒倒したのだ。それ以降、部屋に閉じこもっている。


 ここ数日は「無礼者の無礼な行いのせいで、僕は多大な精神的ショックを受けた。頭が痛くて胸も痛い」と仮病を使っている。使用人が運んでくる食事は三食ぺろりと平らげているのだが、使用人が少しでも自分を笑おうものなら、絶対に処刑してやると心に決めていた。


(ヴィオラマリーが処刑されるザマは気持ちよかった。ああ、またあんなふうに誰かを処刑して、このムシャクシャを晴らしたい。そうだ、シェリルリリーの奴、次に会ったら、拷問の上、処刑してやる……!)


 鞭打ちや火炙りなど、グゾルが思いつくかぎりの拷問で妄想の中のシェリルリリーをいたぶっていると、部屋の扉が開けられた。入室してきたのは、ルゼンベルク国王だ。


「グゾル、もう身体はよくなったのか?」

「父上……! いえ、まだ、あの女につけられた心の傷が痛むのです……」

「そうか。だがいい加減、あの女の処遇について決めるぞ」


 グゾルが屈辱と羞恥のあまり部屋に閉じこもっていたため、ルゼンベルクはシェリルリリーの処遇についてまだ決定していなかった。


 正直なところ、国王も最初はあまりの事態に呆然とし、その後にじわじわと、王家を侮られたという屈辱が湧いて、落ち着きを取り戻すのに時間がかかったのだ。この数日間は、臣下達にひたすら当たり散らすことで鬱憤を晴らしていた。


 あの女の処遇、という言葉に、グゾルは寝台から跳ね起きる。

 その目には、煮え滾るような殺意が漲っていた。


「そんなもの決まっています! あの女は、ルゼンベルク王家の名を汚したのです。ヴィオラマリーのように、いえ、ヴィオラマリーよりもっと酷い方法で処刑すべきです!」

「ふん。最初からそうしておけばよかったものの。お前が、シェリルリリーには罪はないと言うから、結婚を認めてやったのだがな。おかげで王家はとんだ恥をかかされた」


 グゾルは、ぐっと言葉に詰まる。

 確かに、王がヴィオラマリーに処刑を言い渡した際、シェリルリリーを庇って彼女との結婚を望んだのは他でもないグゾル自身だ。


(だが、あのときはシェリルリリーのことを、従順な女だと思っていたから……。まさか僕との結婚を破棄するような、生意気なクソ女だとは思わなかった! 知っていたら助けなかったのに!)


「いずれにせよ、シェリルリリーはよりにもよってノイスヴェルツに逃げ込んでしまったそうだ。すぐに処刑というわけにはいかん。まずはノイスヴェルツに、シェリルリリーを引き渡してもらう必要がある。だがあの女は奇跡の力を使い、ノイスヴェルツで多大な功績を上げたという。ノイスヴェルツは、簡単にはあの女を引き渡さないだろう」


「なんですか、それ! シェリルリリーは僕の婚約者、僕のものですよ! それを返さないだなんて、盗人ではありませんか! ……そうだ! 今回のことはそもそも、全部ノイスヴェルツの仕業なのでは? シェリルリリーの奴、ノイスヴェルツに唆されたのでしょう! 洗脳の魔法を使われているのかもしれません、そうに決まっています! でなければ、僕との婚約を破棄するなんて有り得ない!」


「落ち着け、グゾル。だが言いたいことはわかる。あの女は我が国で生まれ育った、我が国の所有物だ。この国では奇跡の力など使ったことがないくせに、他国に行った途端力を発揮するなど、ルゼンベルクを愚弄しているとしか思えん。我が国に仇なす行為、決して許してはおけん」


「はい。奇跡の力があろうと、それをルゼンベルク王家のために使わないのでは、何の意味もありません。しかも、あろうことかノイスヴェルツに味方するなんて。どこまで我が国に泥を塗れば気がすむのでしょうか!」


 ルゼンベルク王家は、ノイスヴェルツ王家を敵視している。食糧や魔道具などの多くをノイスヴェルツからの輸入品に頼っているにもかかわらず、だ。


 理由は単純に嫉妬である。隣国でありながら、経済力にも技術力にも雲泥の差があることを「ずるい」と思っていた。何故ノイスヴェルツにばかり優秀な騎士や技術者が生まれるのだろう、不公平だ、と。平民達にろくな教育環境も与えず、本気でそんなことを思っているのだ。


「ともかく、ノイスヴェルツからあの女を奪い返し、処刑する。決まりだな」

「はい。僕に恥を着せた罪は、命で贖ってもらいます」


 ローザミレアが、ルゼンベルク王家に復讐の炎を燃やしているように。

 グゾルと国王もまた、彼女の命を狙っていた――

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