第4話・結婚式と処刑

 ヴィオラマリーの処刑は、すぐには実行されなかった。国王が、「この私に盾突いたからには、簡単に楽にはしてやらない。牢の中でじっくりと苦しめてから処刑してやる」と望んだからだ。


 そして異例のことだが、ヴィオラマリーの処刑と、グゾル・シェリルリリーの結婚式は、同日に行われることになった。


 グゾルの結婚相手というのは、すなわちこの国の次期王妃。本来、その相手が「処刑されるような大罪人の妹」なんて、本来あってはならないことである。


 だからこそ、民たちの前でグゾル・シェリルリリーが「ヴィオラマリーの処刑に我々はなんの異議もない。姉といえども罪人は正当に罰する」という毅然とした姿勢を見せることで「王家は身内を贔屓しない」「罪人はヴィオラマリーだけであり、グゾルとシェリルリリーは潔白である」ことを証明しようという、いわばパフォーマンスである。


 何より、処刑と結婚式を同日に行うことを、シェリルリリーが望んだのだ。自分の人生で最も祝福される日に、姉の惨めな最期を拝んでやろうと。実際に同日に行うと本決定になったとき、シェリルリリーの中には愉悦と興奮が芽生えていた。


 そうして――処刑と結婚が行われる当日の朝。シェリルリリーは、姉に「最期の挨拶」をするということで、ヴィオラマリーが入れられていた牢獄にやってきた。ヴィオラマリーが手足を拘束されていることと、姉妹の最期の会話ということもあり、見張りの兵士などは全員その場を離れ、姉妹二人きりになる。


「ふふ……っ、あはは! 見てお姉様、私、美しいでしょう? それに比べて、お姉様は惨めなことこの上ないわね。姉妹でこうも違ってしまうなんて、運命って残酷よねえ」


 シェリルリリーはこの後に結婚式が控えているため、豪奢なドレス姿であった。髪は最高の洗髪剤で艶を出し、髪結師によってセットされている。毎日豪勢な料理を食べているため、肉付きも肌艶も全てが健康的で美しかった。


 対してヴィオラマリーは、貧相な囚人服姿。国王の命令によって食事も満足に与えられず、一日に二度の水と僅かな残飯だけで生きてきたため、身体も骨のように痩せ細って、髪にも肌にも艶など一切ない。


 今の二人は、並んでももはや姉妹には見えない。一方は幸福な次期王妃、もう一方はこれから処刑される囚人なのだから。


「ひさしぶりね、シェリルリリー。まさか処刑と結婚式が本当に同日に行われるなんてね。ウェディングケーキカットの代わりに姉の首をカット、だなんて悪趣味だこと」


「ふふっ、処刑されることになったのは、お姉様の自業自得でしょう? お姉様は、ずーっと黙って私に虐げられていればよかったのに。おかしな反抗なんてするから、こうなったのよ。身の程を弁えなかった、お姉様が愚かだっただけのことでしょ」


「……ねえ。あなたは、私に申し訳ないとか、処刑はやめるべきだとか、そういうことは、今でも少しも思わないのかしら?」


 ヴィオラマリーがそう尋ねると、シェリルリリーは思いきり吹き出した。


「あっはは! なぁに、今更命乞いしようってわけ? ほーんと、無様ったらないわね! 命が惜しくなっちゃったんなら、私の前に跪いてみればぁ? ま、それでも処刑を取り消すなんて、陛下がお許しにならないだろうけど~!」


「わかってはいたけれど、最後の最後まで、あなたはそうなのね。私の不幸を喜び、私を馬鹿にして笑う。……それが、あなたよね」


「だったら何よ? 悔しくてたまらないなら、素直にそう言えば~? 言ったところで、あなたはもう死ぬだけだけど!」


 シェリルリリーは勝ち誇り、愉悦に満ちた笑い声を上げる。

 そんな彼女を、ヴィオラマリーはただひたすらに冷めた目で見ていた。


「……あなたが最後までそのままで、かえってよかったわ。おかげで何の未練も、罪悪感はない」

「ふふっ、死に際くらい強がらなくていいのに~。素直に私のことが羨ましいって言えばぁ? あははっ!」


 シェリルリリーが哄笑していると、兵士がやってきた。


「シェリルリリー様。そろそろお時間です」

「おっと、そうね。それじゃあお姉様……悲しいけれど、これでお別れね。さようなら」


 今の今まで愉悦に満ちた笑みを浮かべていたシェリルリリーは、兵士がやってきた瞬間、儚げに目に涙を浮かべてみせた。何も知らない人間が見れば、悪魔のような姉を持った悲劇のヒロインに見えるだろう。


 ――これが、ゴールベル姉妹が交わした、最後の会話となった。



 ◇ ◇ ◇



 よく晴れた空に、純白の鳥達が無数に舞い、歌うように鳴いている。

 そんな空に似つかわしくない断頭台が、用意されていた。


 ヴィオラマリーの処刑は、シェリルリリーとグゾルの結婚式の前に行われる。


 姉であろうと罪人を庇う意思はない、という誓いを確かなものにするためにも、シェリルリリーは大勢集まった国民達の前で、「ヴィオラマリーの処刑を許可します」という誓約書に署名した。


「ああ、お姉様……。私、妹として、胸が痛みますわ。だけど、お姉様は国王陛下に大変な不敬を働いたのですから、仕方ありません。どうか、死をもってご自分の罪を償ってくださいませ。それを最後まで見守ることが、妹として次期王妃として、私にできることですわ」


「ああ、シェリルリリー。こんな悪女のためにも涙を浮かべてやるなんて、君は本当に優しいな。早くそんな奴の処刑を見届けて、僕達の幸せを謳歌しようじゃないか」


 グゾルに肩を抱かれ、シェリルリリーは泣き真似をしながら、口元を覆う。笑い出すのを堪えているのだ、とヴィオラマリーだけが気付いた。


 人生の絶頂を味わっている彼女に、ヴィオラマリーは心の中で語りかける。



 ――ねえ、シェリルリリー。


 ――あなたはいつも、私のものを奪っていったわね。


 ――私のものが、欲しかったのでしょう?


 ――だから、あげるわ。


 ――断頭台に立つという運命もね。



 そうしてヴィオラマリーは――頭の中で念じた。『元に戻れ』と。

 ……その、瞬間。

 ヴィオラマリーとシェリルリリーの魂は、『入れ替わった』。


 今から処刑されるはずだったヴィオラマリーの魂は、純白のドレス姿のシェリルリリーの中へ。


 今からグゾルと結婚式を挙げるはずだったシェリルリリーの魂は、囚人ヴィオラマリーの中へ。


 そして、それを当事者以外、気付く者はいなかった。


「へ……」


 突然視点が変わったことに、シェリルリリーは間抜けな声を出した。


 何せ、一瞬前まではヴィオラマリーを見下していたのに、今は何故か、ウェディングドレス姿の自分を見上げているのだから。しかも、手首と足首には頑丈な枷がはめられており、身動きさえままならない。


「ちょ……ちょっと待って。何、どういうことよ、これっ!?」

「おい、暴れるな。さあ、処刑の時間だ」


 混乱し、枷のついた手足を必死に動かそうとするシェリルリリー……「ヴィオラマリーの肉体に入ったシェリルリリー」を、処刑執行人が断頭台へと引きずってゆく。


「違う! 私はヴィオラマリーじゃないっ! 私は、私はシェリルリリーよ!」

「何を馬鹿なことを言っている。処刑から逃れたいからといって、そのような世迷言が通用すると思っているのか?」

「違うの! 本当に私、シェリルリリーなのよ! ねえグゾル様、お願い、信じてっ!」


 シェリルリリーは、嘘泣きではない、本物の涙を浮かべて必死に訴える。

 だがグゾルは、ゴミのように彼女を見下ろすだけであった。


「貴様、この期に及んで往生際が悪すぎるぞ。僕の愛しいシェリルリリーの名を騙るな、この罪人が!」

「ち……違う! 本当なの! 中身が入れ代わってしまったのよ! 全部、その女のせいよぉっ!」


 シェリルリリーは必死にそう主張するが、「中身が入れ替わった」など、誰も信じるはずがない。


 純白のドレスに身を包んだヴィオラマリーは、囚人として処刑されゆくシェリルリリーを見つめ、心の中で語りかける。


 ――ふふ。ねえ、何をそんなに焦っているの? 


 ――私達、元に戻っただけでしょう? ……『お姉様』。

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