第28話・予知夢
鋭い光――剣だ。
その切っ先が、私に向けられている。
私の命を狙うように……いや。「ように」ではない。
その剣は明確に、私の命を奪おうとしている。
「貴様が幸せになることなど許さない」
凍るような殺意を宿した瞳が、私を睨みつけている――
◇ ◇ ◇
「――っ」
「ローザミレア、大丈夫?」
目を開けると、そこにいたのはヴィルフリートではなく、フリューゲルだ。ぬいぐるみサイズの、可愛らしい黒竜。
今日は、ヴィルフリートが王城にいない。彼は現在、旧ルゼンベルク地方の視察に赴いており、昨夜は領主の屋敷に宿泊している。そのため、ローザミレアはフリューゲルと共に寝ていたのだが――
「なんだかうなされてたね。また、昔の夢を見たの?」
「……剣を突きつけられる夢を見たわ。確かに過去にも、シェリルリリーやグゾルに、似たような目にあわされたことはあったけど……」
――『貴様が幸せになることなど許さない』
不可思議な夢だったせいか、ぼんやりとしか思い出すことができない。だけど夢の中で聞いたのは、知らない声だった。私への殺意に満ちた、若い男性――
「……過去のことでは、なかったと思うわね」
「じゃあもしかして、予知夢ってやつ?」
「え?」
「未来のことを夢で見る、予知夢ってものがあるんでしょ? ボク、知ってるよ」
「予知夢? 今まで見たことがないけど――」
(もしかして、またレベルが上がって、新しい能力が発現したということ?)
「
ローザミレアが、その呪文を口にすると――
・ローザミレア
・種族:人間(奇跡の使い手)
・レベル:137
・HP:84,774
・MP:298,764
・能力
黒竜の強化・自身の姿の変化・簡易幻影・入れ替わり(輝照日に限る)・鑑定・予知夢
・備考
黒竜と共にいることで真の力を発揮できる、奇跡の使い手。
黒竜と共に時間を過ごし、心を通わせることでレベルが上がってゆく。レベルに応じて、新たな能力を覚える。
「予知夢……確かに、新しい能力みたいね」
ローザミレアは「予知夢」という項目に意識を集中させ、能力の詳しい説明に目を通す。
・予知夢:レベル1
未来に起こる可能性のある事象を、夢として察知する力。
レベル1であるため、的中率は三割程度。
レベルが上がるにつれ、的中率も上昇する。
「なんだ、夢で見たことが必ず起きるわけではないのね。的中率三割じゃあ、あまり意味がないかも」
「でも、誰かに剣を突きつけられる可能性があるってことでしょ? 大変じゃない」
「まあ王妃なのだし、誰に狙われてもおかしくないわね。せいぜい気をつけるとするわ」
「……なんだかさらっとしてるね、ローザミレア。怖くないの?」
「別に、命の危機には慣れているし」
「そんなのに慣れないでよ……」
「それに、私にはフリューゲルがついているでしょう? あなたがいれば無敵よ」
「……もう! もうもう! ローザミレアは、ボクを喜ばせるのが上手いんだから!」
フリューゲルは怒ったように頬を膨らませながらも、嬉しそうにぱたぱたと翼を動かす。
「フリューゲル。夢のこと、ヴィルフリートには黙っていてくれる?」
「えー、黙ってて後で何かあったら、怒られると思うけどなあ。ローザミレアのことは絶対ボクが守るけど、ローザミレアに何かしようとした奴がいるってだけで、ヴィルフリートは怒るよ」
「でも的中率は低いのだから、わざわざ心配をかけたくないのよ。ヴィルフリートは、いつも忙しいのだから」
「まあ、いいけどさー。ローザミレアの敵は、ボクがぜーんぶ燃やしつくしてあげるから」
「ほどほどにね、フリューゲル。自分の敵を燃やしつくす暴虐の王妃、なんて言われるのはごめんだから」
嫌な夢を見たというのに、フリューゲルと言葉を交わしていると妙に和んでしまう。
そうして今日も、ローザミレアの一日は始まるのだった。
◇ ◇ ◇
「さて、やりますか」
ローザミレアが訪れたのは、王宮の敷地内にある魔法実験室である。
彼女がこの国に来てから、ノイスヴェルツにとって長い間未知の島だったユーフィネリアに行くことが可能になった。
ユーフィネリアは空に浮かぶ無人島であり、地上にとって未知の素材で溢れている。よってローザミレアは王妃として社交する以外にも、ユーフィネリアから採取してきた植物や鉱石、水・土などを鑑定・解析する仕事もこなしていた。臣下の中には、「妃殿下にそのような仕事をさせるのは恐れ多い」と言う者もいたが、奇跡の力を使えるのはローザミレアだけだ。他の魔法士などでも鑑定ができないわけではないのだが、ローザミレアが行うのが一番早いし確実である。
そんなわけで、ローザミレアは先日ユーフィネリアから採ってきた素材に次々と手をかざしてゆき、鑑定してゆく。
「お、これは薬効がある草なのね。後で
「楽しそうだね、ローザミレア」
ローザミレアが嬉々として鑑定を進めてゆく周りを、フリューゲルがぱたぱたと飛び回る。
「楽しいわよ。未知の素材を知っていくなんてワクワクするし、これを使ってどんなものができるかって考えると心が躍るの」
社交も嫌いではないが、あまりずっと続くと肩が凝る。ユーフィネリアの素材の鑑定や加工は、気分転換に最適だった。
(もともと、ヴィオラマリーだった頃も、家事とかでずっと働いていたから……。優雅にのんびりしているのって、なんだか落ち着かないのよね)
決してヴィオラマリーだった頃に戻りたくはないが、ある程度は忙しく働いていた方が、彼女の性に合っているのだ。
「ローザミレアは、魔道具師としての素質があるのかもね」
「王妃じゃなかったら、その道に進むのもよかったわね」
「でも、ヴィルフリートのお妃様である今が、一番幸せなんでしょ?」
「そ……っ、それはまあ、そうね」
「ふふ。キミが幸せでいてくれると、ボクも幸せだよ。キミのことをとられちゃったみたいで、ちょっと悔しいけど。それでも、ヴィルフリートには感謝してるんだ」
フリューゲルは、にこにこと柔らかく笑う。ひとたびブレスを吐き出せば、どんな魔獣の群れも一掃してしまう最強の黒竜とは思えぬ、癒しの笑顔だ。
「とられちゃった、なんてことはないわ。フリューゲルはいつまでも、私にとって大切なお友達だもの。そうだ、また何か鑑定で美味しい果実が見つかったら、おやつ作ってあげる」
「やったあ!」
フリューゲルがご機嫌でくるくる飛ぶ中で、ローザミレアはせっせと鑑定作業を続ける。未知の植物や鉱物に手をかざして力を使えばそれが何かわかるのだから、便利なものだ。
(やっぱり元の身体に戻ってから、『ヴィオラマリー』だった頃よりずっと力が強くなっている気がする。昔はこんなことできなかったもの)
本来の肉体を取り戻したことはもちろん、最近はずっとフリューゲルと一緒にいることも大きいだろう。奇跡の使い手と黒竜は、共にいることによってお互いの真価を発揮できる存在だから。
ローザミレアは次々と素材を鑑定してゆくが、中には穏やかなものではない、危険な毒物も多かった。他に、薬効こそあるものの副作用がある植物も多々ある。
(ユーフィネリアからの素材採取と解析は、まだまだやることが多いわね。もっと人員を増やせたらいいのだけど……)
ユーフィネリアに転移魔法装置を設置しようとしたのだが、同じ大地の大陸ならともかく、浮遊島への転移というのは困難なようであった。転移魔法は、地続きの地でなければ難易度が跳ね上がるようで、転移しようとしても何も起こらなかったのだ。そんなわけでユーフィネリアは現在でも、フリューゲルの存在がなければ到達することができない幻の地である。だが有効資源は多いので、どうにかしたいなとローザミレアは考えている。
「さて、次はこの植物ね。……ん?」
ローザミレアが、未知の植物に手をかざすと――
鑑定魔法の効果である光の表に、情報が浮かび上がる。
『稲。ユーフィネリアの魔力によって育った。毒はない。果実である米は、調理することによって美味しく食べられる』
その説明とともに、米のあらゆる調理法が記載されていた。
「へえ。これ、食べられるんだ」
(今日は、旧ルゼンベルク地方に視察に行っていたヴィルフリートが、戻ってくる日なのよね……)
ヴィルフリートは疲れを顔に出すことはないが、多忙な日々を送っているのだから疲労が溜まっていないはずがない。美味しいものを作って出迎えてあげたい、と思う。
もちろん、夫婦とはいえ王の食事を用意することは王妃の仕事ではない。ノイスヴェルツ城には極上の料理人もいるのだし、彼らの仕事を奪うような真似はむしろ好ましいことではないかもしれないが――
(新しい食材と料理法の発見は、ノイスヴェルツにとって利益に繋がるわよね。流行することで経済が回るし、輸出にも繋がるかもしれないのだから)
そうすればきっとまた、ヴィルフリートは喜んでくれるはずだ。民のために、国が豊かになることを誰より望んでいる人だから。
「――よし。
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