第27話・私は、「変わった」のよ

 ローザミレアが答えると、彼女はぱっと顔を輝かせる。


「よかったぁ、わかってくれて! でもそうよね、顔も名前も変わっちゃったけど、あなたシェリルリリーなのよね! 私達、親友だったものね! 今日ずっと話したかったのに、シェリルリリー、皆から囲まれてたから、なかなか近付けなくてぇ~」


 いくら彼女が「シェリルリリー」と親しくしていたとはいえ、今やローザミレアは王妃だというのに、あまりに馴れ馴れしい態度だ。


「それにしてもシェリルリリーがルゼンベルクの結婚式から逃げたときは、何考えてるんだろうって思ってたけど。まさかノイスヴェルツの王子を落とすなんて! うまいことやったわよねえ。そりゃあノイスヴェルツの王妃になれるなら、ルゼンベルクのことは捨てるわよね~」


(――私はヴィルフリートの、大国の王子という肩書きに惹かれたわけではない)


 ヴィルフリートは、ずっと誰にも理解されず孤独だったローザミレアの心に寄り添い、受け入れてくれた。富や名声目当てに彼と結婚したわけではない。「うまいことやったわね」などと言われるのは、心外ではあるが――


(そう思われるのは、仕方がないことだわ。いちいちまともに取り合う必要はない)


 ヴィルフリートの妃になりたかった令嬢は大勢いるはずだ。さっきまで和やかに話していた人々の中にだって、腹の底ではローザミレアがノイスヴェルツ王妃になったことに納得がいっていない者はきっといるのだろう。それにいちいち傷ついたり腹を立てたりしているようでは、王妃としてはやってゆけない。


(裏で何を言われたって、実害さえなければいいんだわ。王妃としての務めをちゃんと果たしていれば、今は私の存在が不満な人々も、いずれ認めてくれるはず)


 もっとも元婚約者や両親のように、どれだけ努力を重ねてもローザミレアを責め続けた者もいる。世の中にはそういう人間も存在することを、彼女は身をもって知っている。


 だけどヴィルフリートやダリウスのように、自分の行いを見て、本質を受け入れてくれた人々もいる。だからこそ――もっと、強くなりたい。


 自分は王妃という立場になったのだ。ヴィルフリートと、ノイスヴェルツの民のことを想うのであれば、この程度で心を乱してはいけない。


「他の皆様と話があるから、私、そろそろ行くわね」


「あっ、待ってよぉシェリルリリー。せっかくひさしぶりに会えたんだもの、もっと話しましょう? 色々積もる話もあるじゃない! そうそう、ヴィオラマリーの処刑のこととかさぁ。あの女、本当に無様な人生だったわよねえ。真面目ないい子ちゃんだったのが、虐げられることに耐えかねて暴走したら処刑、なんて。ほ~んとかわいそ~う」


 ルイーザは、ケラケラと哄笑する。


 彼女はヴィオラマリーが、本当はシェリルリリーをいじめてなんかいなかったと知っているのだ。ルイーザもシェリルリリーと同じように、事実無根の「いじめの証拠」なんてものをでっち上げては、ヴィオラマリーを虐げて遊んでいたのだから。どうせ反撃してこない、反撃されたとしても痛くもかゆくもないお人形だと思って、ストレス発散の道具にしていた。


 そして、自分達が追い詰めたせいでヴィオラマリーは耐えかねたと、わかっていながら――処刑されたことを笑っているのだ。


 心に波を立てぬよう、ローザミレアは平静を保ち、話題を変えることにした。


「ルイーザ。今、領地の方はどうなの? うまくいっているのかしら」

「それが、もう最悪よぉ! ノイスヴェルツに統一されてから、前ほど贅沢できなくなっちゃったんだから!」


 以前のルゼンベルクではあまりに貴族の権力が強く、平民は他国よりも重い税を取り立てられていた。だが、ルゼンベルクにおいてそれは普通のことだった。


 イルヤーシュ公爵と夫人は、一人娘であるからルイーザのことは甘やかして育ててしまったものの。親としては失格だが旧ルゼンベルクの貴族として見るのであれば、比較的マシな部類だった。ルゼンベルクの法を犯していたわけではないため、ノイスヴェルツに統一された後も処刑等は行われなかったのだ。税率を見直し、今後はノイスヴェルツの法に従うという誓約を受け入れたため、今は旧ルゼンベルク地方の一貴族として、イルヤーシュの名はまだ存在している。


 ルゼンベルクのノイスヴェルツ統一の際、法を犯していた一部の貴族は粛清されたものの、それ以外の貴族については、様々な制約を設けたうえで、引き続きその地を統治して様子を見る猶予を与えられたのだ。


 ノイスヴェルツが権力と武力にものを言わせて旧ルゼンベルク全ての貴族を処刑したのでは、それも支配であり殺戮になってしまう。ローザミレアは平民を迫害から解放したかったのであり、無用な血を流すことは望まなかった。それにルゼンベルク王家がヴィルフリート暗殺を企てたという大義名分があるとはいえ、力によって元他国の貴族を制圧したのでは、近隣の国々にヴィルフリートは暴虐的な王だと思われ、無用な恐怖と警戒を与えることにも繋がる。だからこその措置である。


(……『気に入らないから』だけの理由で、王家の力によって人を殺すなら、それはあのルゼンベルク王やグゾルと同じことになってしまう。王妃として、それではいけない……)


 ローザミレアは本当は、権力や武力がなくとも、旧ルゼンベルクの人々が自分の行いを見つめ直し、心を入れ替えてくれることを望んでいる。それは彼女の優しさであり、甘さでもあるだろう。


 いずれにせよ公爵家でありながら、統一の際に処刑等を言い渡されなかったのは幸運なことであるが――ルイーザは、以前よりも慎ましい生活をしなければならないことが明らかに不満な様子だ。


 ルイーザはイルヤーシュ公爵と夫人が年を重ねてからやっと授かった娘だ。そのため幼い頃から徹底的に甘やかされてきた。欲しいものはなんでも与えられ、気に入らないものは排除して。幼い頃から全て自分の思い通りにしてきた結果、とんでもない我儘娘に育ってしまったというわけだ。


 そんなルイーザを、ローザミレアはあくまで冷静な目で見つめる。


「ルゼンベルクは、今までがおかしかったのよ。他国からはずっと、野蛮な国だと呆れられていたわ。貴族としての在り方を見つめ返すときが来たのよ」


 ローザミレアがそう言うと、ルイーザは眉を顰めた。


「なぁに? 今更いい子ぶっちゃって」

「……私は、『変わった』のよ」


 嘘ではない。というか限りなく真実に近いことを言っている。とはいえ、ルイーザには伝わらないだろうし、伝える気もないのだが。


「今の私は『ローザミレア』。昔の『シェリルリリー』と同じだと思わない方が、あなたのためよ」


 ローザミレアは、親切心からそう伝えたのだが。

 ルイーザはやはり眉を顰め、不満そうにしていた。


 ローザミレアはそれ以上彼女に構うことなく、また他の婦人達のもとへ戻り、ティーパーティーを楽しんだ。


 ルイーザの存在は過度に気にしないことにして、その夜は普通に自室にて就寝したのだが――

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