第23話・痛みと苦しみを、全部あげる

(あれ……僕は……?)


 気がつくと、グゾルはルゼンベルク王城の自室にいた。自分がどうしてここにいるのかわからない。


(僕は、ノイスヴェルツの牢獄にいたはずなのに……いや! 僕が囚人として処刑されるなんて夢だったんだ! やはり僕は、ルゼンベルクの王子として幸せに生きてゆく運命なんだ!)


 グゾルは歓喜に身体を震わせる。だがすぐに、目線がいつもより低いことに気付く。それに自分の身体を見れば、質素なドレスを着ているではないか。


(どっ、どういうことだ?)


 不思議に思い、鏡を覗き込むと――そこに映っているのは「ヴィオラマリー」の顔だ。


(な……っ!? 僕が、昔のヴィオラマリーになっている……!?)


 これは、フリューゲルの回視のブレスによるものだ。グゾルは今、過去の「ヴィオラマリー」の中にいる。


 グゾルが鏡を見たまま驚愕していると、誰かが室内に入ってきた。


「来たな、ヴィオラマリー。シェリルリリーから聞いたぞ、お前、また彼女に酷いことをしたそうじゃないか。今日こそは徹底的に躾けてやる」


 ヴィオラマリーになったグゾルに、かつての自分自身が近寄ってくる。その愉悦に歪んだ笑顔に、グゾルは相手が自分だというのに、ぞっと恐怖に震えた。


「やっ、やめろ! やめてくれ!」


 必死で叫ぶものの、そんなことを言って「グゾル」がやめてくれるはずがない。


 だって自分は、彼女が過去にどれだけ嫌がっても、その言葉を聞き入れたことがないのだから――


「グゾル」に腕を掴まれる。ヴィオラマリーになっている今、力では敵わない。あまりの恐ろしさに身が竦む。


(自分より力の強い相手に責められることが、こんなに怖いなんて……っ)


 そうして、ヴィオラマリーになったグゾルが動けずにいる間に。かつてのグゾルはじゅっと、燃えるような熱を帯びた火の魔石を押し付ける。


「ぎゃああああああ!! ぎゃああああああああああああああああっ!!」


 あまりの熱と激痛に、ヴィオラマリーとなっているグゾルは絶叫を上げた。


「はは、どうした。今日はよく鳴くじゃないか。まだまだたっぷりいたぶってやるから覚悟しろ」


(こんなに……こんなに苦しんでいるのに、やめてくれないなんて。それどころか、笑っているなんて……!? 信じられない、なんという外道なんだ……!)


 グゾルは涙と鼻水で顔をびちゃびちゃに汚しながら、過去の自分自身を心の中で罵った。しかも、この後のことはよく覚えている。「グゾル」は更に様々な魔石を使って、気絶するまでヴィオラマリーを蹂躙するのだ。


「ははっ、次はどの魔石で遊んでやろうか? 氷の魔石や、毒の魔石もいいな」


 過去のグゾルが、魔石選びのために現在のグゾルから手を離した隙に――


「い、嫌だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 現在のグゾルは必死に走って、部屋を飛び出した。

 恐怖から逃れるように城の中を駆け抜け――やがて彼は庭園でお茶をしていた、母である王妃の姿を見つける。


(ああ、よかった、助かった!)


 いつも美しく自分に甘い母の姿が、現在のグゾルには救済の光に見えた。

 だからこそ、王妃のドレスを掴み、縋りつくように訴える。


「助けて、お願いっ、助けてぇっ! あいつが、あいつが酷いことをするんだ!」


 グゾルは、そう言えば王妃は優しく自分を抱きしめてくれるものだと思っていたが――彼女はその美しい眉間に、深い皺を寄せた。


「あいつって、まさかグゾルのことかしら? 可愛い可愛い私の息子が、そんなことするはずないじゃない。言いがかりはおやめなさい」


 いつも美しく、自分には甘く優しかった王妃。そんな彼女が、見たこともないような冷たい目で、ゴミを見るように今の自分を見下ろす。


「どうせ、少し喧嘩しただけでしょう? その程度で泣くなんて大袈裟だわ。私のグゾルを悪く言わないで」


 ――ああ、この人は今の自分を救ってはくれない。絶望がグゾルの心を覆い、足が震える。


「わかったら、その手を離しなさい。涙と鼻水で汚いわ。ああもう、せっかくのドレスが汚れてしまったじゃない」


 王妃が、現在のグゾルの手を払う。そこで、過去のグゾルがこの場に追いついた。


「見つけたぞ、ヴィオラマリー。何をしているんだ、とっとと部屋に戻るぞ」

「ひいっ! ひいぃっ!」


 またさっきのような目に遭わされるのかと思うと、グゾルは恐怖でぶんぶんと首を横に振ることしかできない。


 けれどそれとは対極的に、ぱあっと明るい声を出す人物が。


「まあ、グゾル様! お姉様を罰してくださっていたのですね、よかったぁ。お姉様、ちゃんとグゾル様にお叱りを受けて、反省してくださいませね」


 シェリルリリーだ。グゾルは助けを求めることに必死すぎて気付かなかったが、王妃と共にお茶をしていたのは彼女だったのである。涙を流しているヴィオラマリー(グゾル)に、彼女はにこにことそう言った。


「何が反省だ! シェリルリリー、貴様ぁっ!」

「きゃっ、こわ~い」


 シェリルリリーは可愛い子ぶって、過去のグゾルの後ろに隠れた。過去のグゾルは、キッとヴィオラマリーになっているグゾルを睨みつける。


「お姉様ったら、そんなふうに怒るなんて酷いですわ……くすん」

「ヴィオラマリー! シェリルリリーをいじめるなと言っているだろう!」


(酷いのはシェリルリリーの方だろうが……! こんな女を庇うなんて、お前も馬鹿なのか!?)


 現在のグゾルはやはり、心の中で過去のグゾルを罵倒するが。どれだけ過去の自分を恨めしく思っても、今のこの状況が好転するわけではない。


「ほら、来い! お前への罰はまだ終わっていないんだぞ」

「い、嫌だっ! た、助けて……」

「ははっ、馬鹿か? ヴィオラマリー。誰もお前なんか助けるわけないだろう」


 ――ああ、そうだ。確かに過去、誰も「ヴィオラマリー」を助けなどしなかった。

 残虐に彼女を痛めつけるというのは、全て、自分が過去に彼女にしてきたことだ。

 それが今、全て自分に返ってきている。


(ああ、僕は今まで、彼女にこんなことを……)


 そうしてヴィオラマリーになっているグゾルは、過去のグゾルによって無理矢理部屋に戻されて。入口に鍵をかけられ、また魔石を近付けられて――


「嫌だ……っ、嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ローザミレアは強靭な精神力によって耐え続けてきたことでも、甘やかされて育ち、痛みなどろくに知らなかったグゾルには、彼女の十年間は耐えられない苦痛であった。


 グゾルは暗く冷たい牢獄の中で、十年分の彼女の苦しみを味わい続ける。

 グゾルが処刑される、その日まで――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る