第22話・自業自得

 どうしたものかと考えるヴィルフリートに、フリューゲルがそう言って……ブレスを吐き出した。


 それは、グゾルとルゼンベルク王が暗殺を企てていた証拠を見せたのと同じ――フリューゲルの目で見たものを再生する能力を持つブレスだ。


「ほら、グゾル。ちゃんと見て。ローザミレアは、ヴィルフリートと愛し合ってるんだよ」


 ブレスによって浮かび上がった魔法陣から映し出されたのは、ローザミレアとヴィルフリートの姿。ただし愛し合っているといっても、身体的な接触をしているわけではない。今グゾルの前に映し出されているのは、他愛のない会話をしているだけの二人の姿だ。……それでも、グゾルは驚愕した。


「馬鹿な……っ。あいつは、あんな顔で笑うというのか……? 僕の前では、あんな顔、一度も……」


 ホログラムのように映し出される、ヴィルフリートの隣にいるローザミレアは。穏やかに目を細め、淡く頬を染めて……心から幸せそうであった。


 グゾルの知る彼女は、いつも冷静で、凛としていて。こんなふうに柔らかな笑顔を浮かべているところなど、見たことがない。


 それは、自分が結婚するはずだったシェリルリリーが、「グゾル様ぁ」と擦り寄ってきた笑顔よりも愛らしく、尊いもののように見えた。


「そりゃあ、キミの前ではこんな顔、見せないだろうね。ローザミレアがヴィルフリートの前でだけこんなふうに笑うのは、恋をしているから、だもの」


 こんな顔を見せることが恋だというのなら、グゾルは今まで、恋など知らなかった。


 彼に今まで寄ってきた、「私はあなたに恋をしております」という令嬢達のものは皆、恋ではなかったのだ。結婚するはずだった、シェリルリリーのものさえも。


 彼女達のものは全て、打算だった。「グゾル」ではなく「ルゼンベルクの王子」に媚びるための。今まで、心からグゾルのことを想ってくれていた者はいない。


 否。ローザミレアは、グゾルの未来を心配していたからこそ、幼い頃から勉強を勧めていたわけで――


 恋ではなかったとしても、それは、誠意を持ってグゾルに向き合っているからこその言葉だったのに。


(なのに、僕は――、っ)


 グゾルが打ちひしがれる一方で、ヴィルフリートがフリューゲルに声をかける。


「もういい、フリューゲル。ローザミレアの笑顔は、俺のものだ。見せつけてやるためとはいえ、こんな奴の前にいつまでも披露してやることはない」

「おっと、それもそうだね」


 フリューゲルは、ふっと再生の魔法陣を消す。そして、あらためてグゾルに語りかけた。


「でも、これでわかったでしょ? ローザミレアがキミに振り向くことはないって」

「そんな……では、僕はどうすればよかったというのだ!」


 まるで自分が、運命の悪戯によって想い人と結ばれる機会を逃した、悲劇のヒーローのように頭を振るグゾルに。ヴィルフリートは、淡々と語る。


「ルゼンベルクにいた頃、彼女の言葉に、ちゃんと耳を傾けていればよかったんだ。そして対等な、人間として接するべきだった。自分の支配できる人形や、所有物としてではなく」

「ルゼンベルクにいた頃って……じゃあ、今からどうしろと言うんだ」

「馬鹿か? 今からどうにもできるはずがないだろう。これまでずっとローザミレアを軽んじ続けた、貴様の自業自得だ。今更何をしても、もう、遅い」

「――っ」


 ぶつん、とグゾルの中で何かが切れた。


 考えに考えて、認めたくなかった自分の感情をようやく認めたというのに。それを、よりにもよってローザミレアを奪った男から言われるなど、我慢ならない。


「僕があいつを軽んじていたとして、何が悪かった!? 僕はルゼンベルクの第一王子なんだぞ! 王族としての苦労や、重責があったんだ! それに比べて、女なんて楽な立場じゃないか! 僕の気持ちは、あいつにはわからない!」


 聞き分けのない子どものように吠えるグゾルに、ヴィルフリートは、深く息を吐く。


「ああ……結局貴様は、どこまでもそういう人間だな。貴様のような奴に、今まで彼女が苦しめられてきたかと思うと、心底忌々しい」

「うん、ボクも。……ねえヴィルフリート、この男には、処刑なんかだけじゃ、足りない。もっと罪を自覚して、自分がしてきたことを思い知るべきだと思うんだ」

「そうだな。……やっていいぞ、フリューゲル」


 ヴィルフリートの許可を得て、フリューゲルがまた、ブレスを吐き出した。それは先程の、再生のブレスとはまた違う。この世の悲哀や憤怒をかき集めて混ぜ合わせたような、どす黒い息吹。それを受けたグゾルは――


「ひ……うわああああああああああああああああ!?」


 ――グゾルは目を剥き、悲鳴を轟かせた。


「『再生』のブレスの力を知ったときも驚いたが……『回視』のブレスもすごいものだな、フリューゲル」


 回視。それはつまり、過去を振り返るということ。


 今、グゾルの脳内には、ローザミレアの十年分の、「虐げられた記憶」が流し込まれている。彼女がされたことを、グゾルがその立場になって体験している。


 無理矢理頭を絨毯に押し付けられる屈辱も。

 平手で打たれたり、鞭で打たれたりする激痛も。

 自分より力の強い相手から、ニヤニヤと身体を触られる恐怖も。

 牢獄の中、水と残飯だけの暮らしを強いられ、瘦せ衰えてゆく日々も――


「体験させられるのは、ローザミレアの記憶限定だけどね。『奇跡の使い手』と『黒竜』は、ふたつでひとつのようなもの。だからボクとローザミレアは、魔力や記憶を交わすことができる。あ、でももちろん彼女の私生活とかの記憶は、こいつには見せてないよ。あくまで、彼女が苦しんだ記憶だけ、体験させてやってるの」


「……それにしてもこんな能力まであるとは、君は本当に規格外だな」


 二人が会話を交わしている間にも、グゾルは檻の中でのたうち回り続ける。


「ぎゃあああああああああっ! やめろっ! やめてくれええええええええ!!」


「それにしても、すごい苦しみよう。自分がやったことが、そのまま返ってきてるだけなのにねー」

「他人を傷つけることには鈍感なのに、自分の痛みには人一倍敏感な奴だからな……」

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