第39話・二人への罰

「ローザミレア! 結局あんたは、好き嫌いで人を選別するんでしょう! それは立派な差別よ! あんたに旧ルゼンベルクの人々をどうこう言う資格なんてないわよ!」


 ルイーザは哄笑する。私が悪として処刑されるのに、自分だけ聖女のような顔をしているのは許さない、と。どうせ破滅は免れないのであれば、お前を徹底的に貶め、心に泥を塗ってやると――


(だけど、ルイーザの言葉には、一理ある。他の人間は裁いたのに、ジェイラスを裁かないのではあれば、それは選別だもの……)


「ローザミレア様」


 言葉に詰まっているローザミレアに、声をかけたのはジェイラスだ。


「どうぞ、私を処刑してください。もとより、私はそのつもりでした。あなた様の正体を知らなかったとはいえ、王妃を殺害しようとしたのは紛れもない事実。ヴィオラマリー様が生きていると知ることができた以上、悔いはありません」


 彼の顔に恐怖はなかった。本人の言う通り、もともと死の覚悟は決めていたのだろう。彼は、ヴィオラマリーを苦しめる者は、自分自身であろうと許さないのだ。――それが、ルイーザには心底気に食わないようであった。


「何かっこつけてんのよ、王妃を殺そうとした殺人鬼のくせに! そうよ、元はといえば全部あんたが悪いんじゃない! こいつが勝手にローザミレアを殺そうとしたのよ、私は悪くないわ! 処刑されるのはジェイラスだけでしょう!」


「私が処刑されるのは構わない。だがルイーザ、貴様は私に、ローザミレア様を殺せと命令した。貴様も、その命をもって償え」 


 王妃殺害未遂――ジェイラスとルイーザの罪は同じだ。ルイーザだけ処刑してジェイラスを助けるようなことは、できない。


(だったら――)


「……私は、あなた方を殺しません」


 ローザミレアの言葉を聞き、ルイーザの顔が、ぱっと輝く。


「そうよねぇ! 私達、友達だものねっ! 昔はちょーっと酷いことしちゃったけど、あんなの、単なるおふざけだものね。うふふ、あなたならわかってくれると思ったぁ!」


「ただし、生かしもしません。当然、裁きは与えます。すぐには殺さなくとも、働きが悪ければ将来的に処刑するでしょう」


「えっ?」


「ヴィルフリートや司法官達とも話し合ってのこととなりますが、私はあなた方に、ユーフィネリアにて、試験的に囚人労働をしてもらうことを望みます」


「な……!? あ、あんな空の上の島で、囚人労働って!?」


「ユーフィネリアには貴重な魔力資源が豊富にありますが、中には毒物や危険なものもあります。また、無人の島ではあるものの、凶暴な魔獣は生息しています。そのため、今まで私とヴィルフリート、フリューゲル以外の者は、ごく一部の調査兵を除いて立ち入ることがありませんでした。ですが、恒常的にユーフィネリアに滞在し、魔力資源発掘などの労働を行ってくれる者が欲しいと思っていたのです。あまりに過酷な労働なので、騎士達にやらせるのは躊躇いがあったのですが……。死罪となる囚人なら、自由に使えますから」


 それははっきり言って、島流しだ。海に囲まれた島ではなく、空に囲まれた島であるというだけ。


「不定期的に私達が様子を見に行くので、その都度、調査報告と採掘した資源提供をしてください。なお、これは私とは違う……奇跡の加護がない人間がユーフィネリアに長期間滞在し続けると何か影響が出るのかという人体実験もかねています。そのつもりで」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 無人島で労働って、食事は!? お風呂はどうなるのよ!?」


「ユーフィネリアの調査なので、飲食物は現地のものを食べ、その報告も記しておいてもらうことになるでしょう。宿泊施設、というか建物は一切ありませんし、入浴はできません」


 ユーフィネリアには未知の植物がたくさんある。だが、鑑定スキルを持たないルイーザには、どれが毒でどれが毒ではないのか、全く判別ができないだろう。しかも浮遊島なので、絶対に自分の意思で地上に帰ることはできない。


 男を侍らせ、贅沢するしか能がないルイーザには、実質、死罪に等しい。むしろ一瞬で楽になることができないぶん、死よりも残酷な罰と言えるだろう。ただ、公爵令嬢の護衛として武芸の心得があるジェイラスなら、生き残ることはできるかもしれない。


「ユーフィネリアの地は広大で、未踏の部分も多いです。ノイスヴェルツの人々にとって役立つ資源を発掘するなど功績を上げれば、減刑ということになるかもしれません。しかしいつまでも結果を出さなければ、囚人労働をさせておく価値なしとして処刑になる可能性もあります」


 功績を上げれば減刑など、救済措置のように見えて、ルイーザにとっては何の意味もない。今まで、ティーカップより重いものは全て使用人に持たせ、ほんの僅かな距離を移動するにも馬車を使い、一日三度の豪華な食事にアフタヌーンティーを嗜み、ふかふかの寝台で眠っていたルイーザにとって。建物もない、凶悪な魔獣のうろつく無人島で、自給自足の生活などできるはずがないのだから。


「……いいですよね? ヴィルフリート」

「……まあ、問題ない」


 ローザミレアが確認し、ヴィルフリートが頷く。

 ルイーザは顔面を蒼白にし、ガクガクと震えながらジェイラスを見た。


「あ……ね、ねえ、ジェイラス……あなた、私を助けてくれるわよね……? あなたが私の分も働いて、私に食料を運んできてくれれば――」


 縋るようにのばされた手を、ジェイラスは冷たく叩き落とす。


「私が貴様を助けることなど今後一生ない。二度と近寄るな……吐き気がする」


 自分の所有物、自分の従僕だと思っていた男からゴミを見るような目で見下され、ルイーザのプライドは粉々に砕け散った。


「い……いやああああああああああああああああっ!」


 そうして違法夜会が行われていた会場内に、ルイーザの絶叫が響いた――



 ◇ ◇ ◇



 司法官達にも相談する必要はあるが、ルイーザとジェイラスの処分については、ほぼあの通りになるだろう。あとは本来の目的であった違法夜会の主催者と参加者達の裁きも行うことになる。


 いずれにせよノイスヴェルツ王城へ戻る必要がある。ルイーザとジェイラスを憲兵に逮捕させた後、ローザミレアとヴィルフリート、ぬいぐるみサイズに小型化しているフリューゲルは、転移魔法装置のある場所まで馬車で戻ることになった。フリューゲルに乗って帰ってもいいのだが、なにぶんものすごく目立ってしまう。ユーフィネリア以外への移動であれば、やはり馬車が一番騒がれなくてすむ。


「いやーでも、ローザミレアが殺されないで本当によかったぁ! 何かあったら絶対にボクが守るって決めてたけど、やっぱりローザミレアが変な予知夢を見たって知ったときは、怖かったもの」


 フリューゲルが小さな翼をパタパタとさせながら、そう言ってしまい――


「予知夢?」


 ヴィルフリートは、赤い瞳を訝しげに細めた。


「フリューゲル……!」

「あっ」


 フリューゲルは「しまった」とばかりに口を手で覆うが、今更後の祭りだ。


「ごめーんローザミレア。でもボク、今回も再生や回視の力でいろいろ役立ったし、許してねっ!」


 フリューゲルはそう言って可愛らしく舌を出すと、走行中の馬車の扉を開閉し、外へ逃げてしまう。馬車の中に残され、ヴィルフリートと二人きりになったローザミレアは、気まずい思いで身を縮めた。


「予知夢とはどういうことだ、ローザミレア。俺は何も聞いていないが」

「その……実は……」


 ローザミレアは、予知夢という新たな能力が発現したこと、それによって今回、何者かに剣を向けられる運命を予知していたことをヴィルフリートに説明する。


「何故黙っていた?」

「的中率は三割ほどで……その、心配を……かけたくなかったので……」

「ローザミレア」


 ヴィルフリートの腕が、ローザミレアを抱き寄せる。


「たとえ君が誰に狙われたとしても、俺が必ず守る。今回のことも……事情が事情だから、君に裁きを任せようとは思ったが。それでも……君に剣を向けた男がいるというだけで、本当は殺してしまいたかった」


 彼の声には、ローザミレアへの切実な愛と、彼女以外の者をいつでも切り捨てられる冷徹さが混在している。


「もしも君が誰かに殺されたとしたら、そいつは俺がこの手で殺す。必ずだ」


 ぎゅっと……抱きしめられる力が、強くなる。ヴィルフリートの、ローザミレアへの想いそのもののように。


「そんな……一国の王ともあろう御方が、そのようなお言葉……」

「それだけ、君を愛しているということだ。まあ比喩ではなく、君を喪ったら、俺は本当に自我をなくすだろうがな」


 物騒な言葉――だけどそこには確かに、深い愛と執着が込められていて。ローザミレアの胸は熱くなり、鼓動は高鳴る。


「……ローザミレア。俺を殺人者にしたくないなら、決して死なないでくれ」

「……はい、ヴィルフリート」


 ローザミレアもヴィルフリートを抱きしめ返し、心地のいい互いの体温と鼓動を感じる。


「君はかつて俺に、命を大事にしろと言ってくれただろう。俺も、君に同じ言葉を贈る。……かけがえのないその命、どうか大切にしてくれ」

「ええ。私は決して死にません。これからもあなたの隣で、生き続けていたいのですから」


(幼い頃に母を喪い、今は王という重責を背負うあなたのことを――ひとりに、してしまいたくない。ずっと傍で支え、共に幸せでありたい……)


 違法夜会での貴族達は、醜悪な魂の持ち主だった。ルイーザのように、ひどくローザミレアを貶めようとする者もいる。


 それでも、美しい想いはある。ローザミレアの命を尊んでくれる人は、確かに存在する。


 ローザミレアは最愛の人の腕の中で、何にも代えられない幸せを抱きしめていた――

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