第40話・愚かな公爵令嬢の末路
「うあぁ……っ! もう嫌ぁっ! どうしてこんなことに……っ!」
違法夜会での騒動からしばらく経った後――浮遊島ユーフィネリアにて。かつての姿とは変わり果てたルイーザが頭を掻きむしっていた。
彼女に課せられたのは、この広い無人島での、魔力資源の採掘だ。食料も全部自分で集めなければならない。しかし元公爵令嬢であるルイーザにそのような労働ができるはずがない。毎日、以前までのふかふかの寝台とは比べものにならない、屋根のない草場で眠っているが、魔獣の翼の音がするたび恐怖で飛び起きる。この浮遊島は人はいないが魔獣はうろついているので、今まで生きていられただけでも奇跡かもしれない。
何度か小さめの魔獣には咬みつかれ、そのたびにルイーザは悲鳴を上げて逃げ回っていたのだった。ユーフィネリアには薬草はたくさんあるが、鑑定スキルを持たないルイーザにはどれがどれだか判別ができない。一度、薬草であってほしいと祈って食べたのが毒草で、ひどい下痢を催し、数日間腹を下したこともある。
公爵令嬢であったときは常に流行最先端のドレスを纏っていたというのに、今はもう、最初にこの島に着てきたドレスはボロボロの布きれ状態になっている。大好きだった高級化粧品も装飾品もない。風呂に入ることもできず、泉の冷たい水を浴びることしかできないため、身体を洗うたびにガタガタと震えることになって。最近はもう水浴びが嫌になり、ろくに身体を洗っていないので、ひどい異臭が漂っていた。
ノイスヴェルツに繁栄をもたらす資源を発掘できれば減刑もあるという条件なのだが、ルイーザは何の功績も上げられていない。そして、この先も何もできることなく、ここで孤独に一生を終えるだろう。
「こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった……っ」
どこで間違えたのだろう、とルイーザはまたガリガリ頭を掻きむしる。
確かにルゼンベルクにいたとき、シェリルリリーと一緒になってヴィオラマリーに嫌がらせはした。頻繁にした。彼女の持ち物を隠したり、悪い噂を流して他の令嬢達に無視するよう命じたり。見えないところに傷を負わせることもあった。ヴィオラマリーが処刑されたときは、処刑台に近い位置から眺めて、盛大に笑ってやった。「私がシェリルリリーなの!」と言っていたときは、あまりの恐怖で乱心してしまったのだな、と愉快に思ったものだ。
「まさかシェリルリリーじゃなくて、あの子の方が奇跡の使い手だなんて、思わないじゃない……! あんな冴えない女だったくせに……っ! ふざけんな、地獄に堕ちろっ!」
――もし、あの子に優しくしていたら。自分は今でも公爵令嬢だったのだろうか。こんなふうに屋根のない場所で寝起きし、得体の知れないものを口にして下痢をするような日々を送ることなく……
ルイーザが後悔していると、バサリ、と翼の音がした。
(この音は……っ!)
不定期的に、フリューゲルに乗ってローザミレアとヴィルフリートが、ユーフィネリアの様子を見に来る。ルイーザは、救いを求めて瞳を潤ませヴィルフリートに駆け寄った。
「ヴィルフリート陛下ぁ……っ! 私、もう十分罰を受けました! お願いしますぅ、助けてください……っ!」
ヴィルフリートは、美しい顔を顰めてルイーザを拒絶する。
「寄るな。愛しい妻を殺そうとした人間を、俺が助けると思っているのか?」
ヴィルフリートは本来善性のある人間だが、ローザミレアを傷つけた人間に対しては一切の容赦がない。ルイーザを見る目は、下級魔獣を見る瞳より冷たかった。
「だが今日は、どうしても貴様に会いたいという者がいるので、特別に連れてきてやった。面会のようなものだ」
フリューゲルの背に、ローザミレアとヴィルフリート以外で乗っていたのは――以前、ルイーザの婚約者だった男だ。名はガイルという。
旧ルゼンベルク騎士団長で、現在はノイスヴェルツの騎士団に所属している。少し筋肉質であるところはルイーザの好みではないが、顔立ちは凛々しく、美形といっていい部類の人間である。
「ああ、ガイル様ぁっ! 私を助けにきてくれたのですね!?」
「う……っ」
ルイーザはガイルに飛びつこうとしたが、ガイルは彼女の放つ悪臭に鼻をつまみ、身体を引いた。てっきり受け止めてもらえると思っていたルイーザは、そのまま転んで泥の中に突っ込む。
「ルイーザ……随分と、変わり果てた姿になったな」
はっと、ルイーザは自分が、以前のようにドレスや化粧で飾り立てていないことに気付く。それどころか、今の自分は旧ルゼンベルクの平民よりずっと汚れた姿だ。こんな姿をこの面々に見られているのだと思うと、あまりの恥辱で顔が燃えそうになる。
「君が罪人となり、婚約はなかったことになったが……。どうしても君のことが気になって、様子を見させてもらうことになったんだ。しかし……さっきの叫び、聞いていたぞ。愛らしいと思っていた君が、まさか『冴えない女』だの『ふざけんな』などと口にするとはな……」
「き、聞いていたのですか……!? ち、違っ、あれは……!」
「君が違法夜会で遊んでいたとか、他の男と不貞をしていたというのも、最初は信じられなかったが。先程の言葉を聞くに、あれが君の本性なんだな。君の罪は、全て冤罪ではなく真実のようだ。――心底、失望した」
以前自分に求愛してきた、本来であれば結婚できていたはずの男に侮蔑の眼差しを送られ、ルイーザの顔が青ざめる。しかも彼女にとって、この会話をかつて馬鹿にしていたヴィオラマリーに聞かれているというのも大変な屈辱であった。何せ、元ヴィオラマリーであるローザミレアは、綺麗な衣服に身を包み、ノイスヴェルス国王であるヴィルフリートに腰を抱かれているのだから。ローザミレアにそんなつもりがなくても、ルイーザのプライドを粉々にするには十分だ。
そしてとどめのように、ガイルとヴィルフリートは告げる。
「君と婚約していたことは、我が人生の恥だ」
「そういうわけで、貴様は今後もユーフィネリアでの労働を続けるように」
自慢の美しさは衰え、もう贅沢三昧な日々を送ることも、男を侍らせることも一生叶わない。好意を抱いていた男達からは、こんなふうにゴミを見るような目で見られる。
これからもこんな日々を送るなら――処刑された方が、マシだった。
ローザミレア達は、もう用はないとばかりにフリューゲルに乗ってまた飛んでゆく。ルイーザは呆気なくその場に置き去りにされた。
「あああ……もう嫌あああああああああああああっ!!」
ルイーザが絶叫を上げると、その声に反応して、牙の生えた豚に似た魔獣が寄ってくる。そうしてその魔獣は、ルイーザの尻に思い切り咬みついた。
「ぎゃああああああ!! ぎゃあああああああああああああっ!!」
ルイーザは、必死になって逃げ惑う。
こうして彼女は、すぐ処刑されることは免れたものの、それ以上に悲惨な地獄を彷徨い続けるのだった――
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