第15話・愚かな王族達の企み

 夜、用意された客室で、グゾルとルゼンベルク王は、話し合いの場では露わにできなかった憤怒を撒き散らしていた。


「ふざけるな! ふざけるなふざけるなふざけるな、シェリルリリーの奴っ!」

「小娘の分際で生意気な! 身の程を弁えよ!」


 二人は高級な羽毛の枕を絨毯の上に投げ飛ばし、寝台を乱暴に蹴とばすことで怒りを発散していた。だが、それくらいでは到底おさまらない。


「まったく……本来ならあの女をルゼンベルクに持ち帰って処刑してやりたいところだが……ノイスヴェルツはやはりあの女を離す気はないようだな」

「父上! こんなこともあろうかと、いいものを持ってきたのです」


 グゾルは懐に隠し持っていた、ごく小さな包みを取り出す。


「お前、まさかそれは……」

「毒です。今からシェリルリリーの部屋に忍び込み、これを飲ませましょう」


 とんでもない答えを、グゾルは得意げに口にする。


「このままあの女が生きていて、ノイスヴェルツで活躍するごとに、僕らは自国からも他国からも嘲られることになるでしょう。国の威信にかかわる問題ですよ! だからやはり、早いうちに殺してしまうべきです」


 正直に言えば、ルゼンベルク王も、シェリルリリーを殺してしまいたい。


 王にとってシェリルリリーはルゼンベルクが産み育てた民であり、自分の所有物のようなものだ。彼女を殺すだけなら躊躇はないのだが……


「しかし、ノイスヴェルツはあの女を『保護している』と言っていた。手を出せば、我々がノイスヴェルツから責められることになる」


「そうならないよう、自死に見せかければいいのですよ。シェリルリリーを脅して遺書を書かせ、自分で毒を飲ませるのです。『一時の気の迷いでノイスヴェルツに来たものの、やはり愛する元婚約者と再会したらルゼンベルク王家に泥を塗ったことが申し訳なくなり、命で償うことにしました』とかなんとか書かせればいいでしょう」


「むう……」


 ルゼンベルク王にも、グゾルの提案は短絡的であり、自分達がここにいる間にシェリルリリーが死ねば、疑いの眼差しを持たれるという危機感はあった。


 だが同時に、「そもそも私達がシェリルリリーを殺して何が悪いのだ?」という考えがあった。ルゼンベルクは、シェリルリリーのノイスヴェルツ逃亡を認めていない。シェリルリリーはルゼンベルク出身の民であり、前代未聞の不敬によって王家に泥を塗った大罪人である。自国の罪人を王が裁いて何の問題があるというのか。


「そうだ、父上! いっそ、あのヴィルフリートの奴も殺してしまえばいいのではないですか? こういう筋書きにすればよいのです」


 グゾルは目を輝かせ、即興で創作した筋書きを語る。


「ノイスヴェルツに逃げ込んだシェリルリリーは、ヴィルフリートと睦まじくなった。しかしヴィルフリートには、シェリルリリー以外にも女がいた。それに憤慨したシェリルリリーは、彼に毒を盛って自分も死ぬことにした、と」


「しかしヴィルフリートには、婚約者も何もいないとの話だぞ」


「ノイスヴェルツの王子で、あれだけの器量なのに、女遊びをしていないわけがありません。噂にならないよう周囲に口止めしているのでしょうが、探せば何かしらの女関係は出てきますって。シェリルリリーの遺書に、でっちあげでいいから『ヴィルフリート殿下に弄ばれ、乱暴された』と書いておけばよいではありませんか」


 ルゼンベルク王は押し黙る。グゾルの言葉はあまりにも浅慮だ。シェリルリリー殺害だけならともかく、ノイスヴェルツの王子暗殺ともなれば、話はひどく大事になる。だが、その責任をシェリルリリーに押し付けて、二人とも葬れるのであれば……。ルゼンベルク王にとって、禁断の蜜であるように、甘い誘惑だった。


「……あの女が、素直にヴィルフリートに毒を盛るか?」


「毒と言わずとも、適当な嘘をついて、ヴィルフリートが口にするものにこれを入れさせればいいのでは? あるいは、シェリルリリーを脅してやらせればいいじゃないですか。口だけは少し達者でも、所詮力のない女ですから。少し押さえつけて脅してやれば、目に涙を浮かべるでしょう」


「…………」


 このときルゼンベルク王の頭には、ある考えが浮かんでいた。


(シェリルリリーにヴィルフリートを殺させたうえで、シェリルリリーに自死させる。成功すれば万々歳だ。失敗しても……グゾルに全責任を負わせればいいかもしれん)


 実のところルゼンベルク王は、グゾルに対してもそこまで深い愛情を注いでいるわけではない。親子であるから甘やかしてはきたものの、自分に都合が悪くなれば平気で切り捨てられる。


 もしグゾルの案が失敗したとしたら、今回の件は、シェリルリリーとヴィルフリートに嫉妬したグゾルの身勝手な行いとして、ノイスヴェルツにグゾルの首を差し出せばいい。ルゼンベルクには、グゾル以外にも王子はいる。後継がグゾルである必要はない。もっとも、どの王子も王とグゾルによく似た性質ではあるのだが……。


 プライドの高いルゼンベルク王だが、本当は自覚があるのだ。ルゼンベルクはどうあってもノイスヴェルツには勝てない、ルゼンベルクという国に明るい未来はない、と。


 王の傍若無人な態度は、隣国ノイスヴェルツへのコンプレックスの現れでもある。隣国でありながら、自国とは天と地の差がある大国。ノイスヴェルツは他国から崇められているのに、ルゼンベルクは嘲られている。他国への劣等感があるからこそ、その鬱憤を晴らすように自国内では高圧的に振る舞う。そしてそれを他者から指摘されると烈火の如く怒る。図星を突かれているから、だ。


 もしこのままシェリルリリーが今後もノイスヴェルツで様々な奇跡を起こしていけば、自分は歴史書に「奇跡の子を有していたにもかかわらず、みすみす逃し、ノイスヴェルツに奪われた王」「奇跡の使い手を逃したせいでノイスヴェルツに繁栄をもたらし、ルゼンベルクを没落させた王」と刻まれるだろう。後世まで笑い継がれるのだ。それはルゼンベルク王にとって、耐えがたいことであった。


 シェリルリリーとノイスヴェルツが憎い。どうせこのまま笑い者にされる未来しかないのなら、一矢報いてやりたい。――危険な賭けだとは十分わかっているのに、王はふつふつと沸騰するそんな欲求を、抑えることができなかった。


「……わかった。ヴィルフリートを殺し、シェリルリリーを自死させるのだ、グゾル」

「はい! 僕達を愚弄した愚か者どもは、この毒でまとめて葬り去ってやりましょう」


 二人がそんな会話を交わしていると――ふと窓の外から、コツンと音がした。


 会話が聞かれていたかと恐れ、二人はビクッと肩を震わせる。


 しかし二人が窓の外を窺うと、そこにいたのは人ではなく、ごく小さな黒竜。ぬいぐるみサイズのフリューゲルだ。


「なんだ、黒竜か」

「そういえば、あの女にはこいつがいたんだったな。忘れていた」

「だが、ちょうどいい。巨大化されてあの女を守られたら厄介だ。今の姿であるうちに、縛っておけ」

「そうですね、父上」


 二人はフリューゲルが飛べないように縛り上げ、ブレスも吐けぬよう口にも布を巻いた。


 そして計画を実行するため、グゾルは一人で部屋を出る。


 グゾルと王の客室周辺を警備しているのは、ルゼンベルクから連れてきた兵士達であるため、グゾルは何の咎めもなく抜け出すことができた。


 やがてシェリルリリーもといローザミレアの部屋の前まで訪れると、グゾルは見張りの兵士に、涙ながらに訴えた(もちろん演技である)。


「頼む、どうしてもシェリルリリーに会いたいんだ。ちょっとしたすれ違いでこのようなことになってしまったとはいえ、僕らは元婚約者同士。かつては愛し合っていたんだ。だから彼女と二人だけで、話がしたい。そなたにも愛する者がいるのではないか? なら僕の気持ちを、わかってはくれまいか?」


 大仰な仕草でそう言うと、兵士はさもグゾルに同情したかのように頷き、その場を通した。もっとも、ノイスヴェルツの王城兵士がそんな間抜けであるはずがない。これはグゾルの行動を事前に予想していたローザミレアの指示による行為である。


 かくしてローザミレアとグゾルは、ローザミレアの部屋の中に二人きりになった。


「どうかなさいましたか、グゾル殿下」

「っ、貴様……涼しい顔をしおって。僕に何か言うことはないのか?」

「さあ、何かしら」


 にこにこと笑ってそう言えば、グゾルはかっと頭に血が上ったように目を剥く。


「謝罪だ! お前は僕に、謝罪するべきだろう! 床に頭を擦りつけ! 僕の靴を舐めて謝罪しろ!」

「十人以上の貴族の前で婚約破棄をすればそれが成立するというのは、ルゼンベルクのれっきとした法です。私、謝罪するようなことはしておりません」

「うるさい! この僕に恥をかかせやがって!」

「あまり大声を出すと、外の兵士に聞こえると思いますが。グゾル殿下は、わざわざそれを言いにいらしたのですか?」


 あくまで冷静に尋ねられ、グゾルははっと我に返る。彼女を前にしたらつい怒りで我を忘れたが、本来の目的はただ怒鳴りつけることではない。


「正直に言って僕は、僕に盾突いたお前に怒りを抱いている。だが僕は寛大だからな。これからのお前の働きによっては、許してやらないこともない」

「あらまあ。私に何をしろと仰るのです?」

「あの第一王子が口にするものに、これを盛ってこい」


 グゾルは、粉末状の毒薬が紙に包まれたものをローザミレアに差し出す。


「まあ。それは一体なんですの?」

「別に。少しの間、笑いが止まらなくなるだけの薬だ。ノイスヴェルツはルゼンベルクから奇跡の力を奪ったのだから、それくらいの可愛い仕返しは許されるだろう? これを盛るだけで、僕はお前の罪を帳消しにしてやってもいいと考えている。ありがたい慈悲だろう?」


 グゾルが差し出したのは、飲めば死に至る猛毒だし、ローザミレアを許すつもりも毛頭ない。にもかかわらず、彼はしれっと嘘をつく。


「お断りしますわ。私は、私をノイスヴェルツに受け入れてくれたヴィルフリート殿下に、感謝を抱いております。殿下の口に得体の知れない粉末を入れるなど、とんでもないことでございます」


 ローザミレアの淡々とした言葉は、またグゾルの怒りに火を点ける。


「僕との婚約を破棄することは、とんでもないことではないとでも言うのか!? お前のせいで、僕の心は傷を負ったんだ! その責任をとれ!」


「グゾル殿下。あなたは今まで他者をどれだけ傷つけてきたと思っているのです。何の罪もないのに、あなたの気分次第で処刑されたり、僻地に送られたりした者が多数いることを、私は知っております。自分のしたことは全て棚に上げて、自分のされたことだけは傷ついたと主張して暴れるのですか」


「黙れ黙れ黙れ! 何故今更そんなことを言う!? 僕達は……僕達は、愛し合っていただろう!?」


「愛し合っていたのに、私が別人であることもわからないのですか?」


「な……に?」

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