第14話・二国の話し合い
ノイスヴェルツとルゼンベルク、二国の話し合いは、ノイスヴェルツ王城で行われることとなった。
城の、協議の間にてローザミレア、ヴィルフリート、グゾル、ルゼンベルク王が集う。ノイスヴェルツの兵士と、ルゼンベルク側が護衛のため連れてきた大勢の兵士に見張られ、広い室内は緊張感に包まれている。そんな中で、まずはそれぞれ順番に、簡単な挨拶をし――
「お久しぶりです、ルゼンベルク国王陛下、グゾル殿下」
ローザミレアが挨拶すると、二人は怪訝な顔をした。
「どこかで会ったことがあったか?」
「今はこの姿で、ローザミレアと名乗っておりますが……お二人にわかりやすいように、姿を戻しましょうか」
ローザミレアは、変化の魔法を解いてみせる。赤髪は銀髪に、紫水晶の瞳は碧眼に戻り、グゾルとルゼンベルク王は目を丸くした。
「シェリルリリー……! よくも、この僕に恥を……」
「落ち着け、グゾル。ヴィルフリート殿下の御前だ」
処刑したいと思っていた、婚約破棄して自分に恥をかかせた女の姿が突然目の前に現れ、グゾルは瞬間的に怒りが沸騰した。だがルゼンベルク王がそれを止め、ヴィルフリートに訴える。
「ヴィルフリート殿下。手紙にも書いた通り、『奇跡の子』は我が国で生まれ育った、我が国の所有物です。ルゼンベルクに返していただきたい」
「彼女は物ではありません。どこの国にいるかは、彼女自身が決めることです。そして、彼女はノイスヴェルツで暮らすことを、自らの意志で選んだのです」
ヴィルフリートは極めて冷静にそう言ったが、グゾルはまだ怒りが抑えられないようで身を乗り出す。
「シェリルリリーは、僕の婚約者だったんですよ! なのに式の最中で一方的に婚約破棄をし、僕に恥をかかせた! ルゼンベルク王家に泥を塗ったのです。この罪は、ルゼンベルクで裁かれるべきでしょう!?」
「『十人以上の貴族達の前で婚約破棄を宣言すれば、それが一方的なものであっても認められる』というのは、ルゼンベルクの法でしょう? 過去に何人もの王子が、『真実の愛に目覚めた』や『もっと条件のいい令嬢との縁談があった』などの理由で、舞踏会の場において何度も婚約を破棄しているはずです」
「王家は国で一番偉大な存在なのですから、王家の都合によって婚約を破棄できるのは当然でしょう! ですが王族でもないただの貴族の、しかも女が、王子に婚約破棄を突きつけるなど万死に値します!」
グゾルの言葉に、ローザミレアは思わずあんぐりと口を開けそうになったが、耐えた。
グゾルの恐ろしいところは、堂々とこの発言をして、全く恥ずかしいと思っていないところだ。普段自国では何を言っても肯定され、褒めそやされているせいで、正常な感覚を失っている。ルゼンベルク内では通用しても、それは他国には通用しないとわかっていないのだ。
「ですが、『女性側から王子へ婚約破棄をしてはいけない』という法はないのでしょう?」
「そんなの、普通の女であれば王族と結婚したいのは当たり前であって、婚約破棄しようなんて思うわけがないのが前提だからです。貴族の女が王子との結婚を断るなんて前代未聞ですよ!」
「ですが彼女は正式な方法でグゾル殿下に婚約破棄を告げ、我が国に逃げてきた。ノイスヴェルツは彼女を保護し、彼女を受け入れています。ルゼンベルクに返すつもりは毛頭ありません」
ヴィルフリートの言葉に、今度はルゼンベルク王が口を出す。ヴィルフリートの前だから露骨に顔を歪めないようにしているようだが、内心では鼻で笑っているのだろうなと、彼の本性を知るローザミレアはわかった。
「保護などと綺麗ごとを抜かしているが、ノイスヴェルツは、本来ルゼンベルクのものであった奇跡の力を横取りしただけだろう。我が国が生み育てた『奇跡の子』を利用してノイスヴェルツだけ利益を得るというのは、勝手では?」
そこで、ローザミレアが口を挟む。こういう奴らなのだと痛いほど知っていたとはいえ、自分の意志を無視され物のように扱われるのは癪だ。
「私はノイスヴェルツに横取りされたわけでも、利用されているわけでもありません。自分の意志で、ノイスヴェルツのために力を使っているのです」
「ルゼンベルクにいたときは、奇跡の子の紋章などお飾りで、一度も力を使ったことなどないというのに。ノイスヴェルツのためなら使うというのか」
「その通りです。私の力は、私が敬意を払える国や人々のために使います」
「ルゼンベルクには、そなたの両親もいるだろう。ノイスヴェルツで生きることを選ぶなど、薄情だと思わないのか。子は親を敬うものだろう」
馬鹿らしすぎて頭を押さえたくなる。両親など、ずっとローザミレアを虐げてきた。彼女が処刑されると決まったときも笑っていたではないか。薄情なのは両親の方だ。領民から高い税を巻き上げ、自分達の贅沢のために使っていた両親。娘がグゾルや国王に暴力を振るわれても、守るどころか犠牲にした両親。敬える要素などどこにもない。
「両親に申し訳ないなどと、全く思いません。ルゼンベルクの王家と貴族は異常です。民に重い税を課し、身分のある者だけが贅沢三昧で、平民は飢えて死ぬ者も後を絶たない。そんな状況が改善されないかぎり、私はルゼンベルク王家のために力を使おうとは思いません。ルゼンベルクがノイスヴェルツのように多大な魔法資源を得たところで、ルゼンベルクはどうせ王族と貴族だけが利益を貪り、平民は放置なのでしょうから」
これまで、ヴィルフリートの前だから冷静に振る舞おうとしていた国王も、さすがに顔色を変えた。国王もグゾルと同じように、普段は臣下に肯定以外の言葉を許さないうえ、王は小娘に生意気なことを言われることをひどく嫌っている。若い女など黙って美しく微笑んでさえいればいい、と思っている。
「不敬であるぞ! ヴィオラマリーのようなことを……」
ルゼンベルク王が唾を飛ばしたそのとき、ヴィルフリートが彼を制止した。
「落ち着いてください。お二方は熱くなってしまっているようで、冷静さを欠いています。これでは話し合いになりません」
「その女が、無礼なことばかり申すからだろう!」
「彼女は彼女の意見を述べているだけです。とにかく本日は一度頭を冷やしてください。明日、話し合いを再開しましょう」
グゾルとルゼンベルク王は納得していなかったが、ノイスヴェルツの兵士達も見張っているため、迂闊に動けなかった。
グゾルと王は、ノイスヴェルツ城の離宮に客室を用意され、一夜を明かすことになったのだが――
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