第31話・ルイーザとの再会

 違法夜会への参加には、まず売人が販売している入場札チケットを手に入れる必要があるそうだ。


 そのためローザミレアとヴィルフリートは、変装をしたうえで、旧ルゼンベルク地方のワルディオという地にある娯楽場を訪れることとなった。この場所に売人が出没しているとの情報を得たのだ。ノイスヴェルツ王都からは離れた場所であるが、転移魔法装置を利用すればすぐに辿り着ける。


 娯楽場は、金銭を賭けた様々な遊戯に興じることのできる施設である。カードゲームや盤上遊戯、撞球ビリヤードなど。現代でいうカジノに近い。


 ローザミレアも、ヴィルフリートも変装をしている。奇跡の力で姿を変えられるローザミレアはともかく、ヴィルフリートの秀麗さを単なる変装でどうにかするのはなかなか困難だったのだが……。一流の化粧師がなんとか腕をふるってくれ、別人に見えるようにしてくれた。ただそれでも、美形であることは誤魔化せない。普段は誰もが振り返る至高の宝玉のような美しさだが、今は綺麗に磨かれた硝子玉ほどの美しさにギリギリ抑えられている、といったところだ。


 二人は表面上はごく普通の恋人を装い、周囲の様子を観察していた。遊戯台から遊戯台へと流れてゆく人々の間を縫い、歩いていると……


(あ……)


 ローザミレアの見覚えのある人物が、彼女の目に映る。

 その人物とすれ違うが、相手が目を引かれたのはローザミレアではなくて――


「まあっ」


 ローザミレアの目に入った人物とは、ルイーザだ。


 彼女は変装したヴィルフリートの顔を見て、目を見開いていた。ヴィルフリートの正体に気付いたわけではなさそうだ。単に、彼女のお眼鏡に適う美形――あるいは獲物を見つけ、高揚している様子である。


「あなた、見ない顔ね。この場所は初めて?」


 ルイーザは、しなを作るようにしてヴィルフリートに擦り寄る。ローザミレアのことが見えていないはずがないのに。


「はい。最近、商売の方が上手くいっていまして。たまにはこういった場にも足を踏み入れてみようかと」


 ヴィルフリートは、偽りの設定で語る。現在の彼は、「ヴィンセント」という最近成り上がってきた商人ということにしていた。


「あら、あなた商人なの? 商人なんて品のない連中ばかりだと思ってたけど、あなたはなかなか美しいわね。ねえ、こうして会えたのも何かの縁なのだから、少し話さない?」

「生憎ですが、私にはパートナーがおりますので」


 ヴィルフリートは、隣のローザミレアの肩を抱いた。


 ルイーザは、変装中のローザミレアを見据える。そして――勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


(――『こんな女からなら奪ってやれる』といったところかしらね)


 ローザミレアは女の勘と、そしてルイーザの性格を考慮したうえで、彼女の考えを察した。


 ルゼンベルクがノイスヴェルツに統一された混乱もあって先延ばしになっているようだが、ルイーザにも婚約者はいる。旧ルゼンベルクの騎士団長だ。彼が魔獣の群れから国を救い英雄となった際、褒賞として公爵家の令嬢であり容姿だけは愛らしいルイーザとの婚約を望んだのである。


 英雄の夫人になれるのだから、栄誉なことではあるのだが。恵まれていたとしても、自分の環境では満足できない人間――「他人のものが欲しくなる性質の人間」というものは存在する。


 今のルイーザにはまさに、ただでさえ美しいヴィンセントが、「他の女のものである」ということで、非常に興味を引かれているようだ。他人のものを奪ってやれば、それで自分が勝った心地に浸れるから。自分以外の女の屈辱は、ルイーザにとっての快感だった。


「まあ、可愛らしいパートナーさん。初めまして。私はイルヤーシュ家のルイーザよ。あなた達、この娯楽場は初めてなのでしょう? よかったら私が案内してあげる」


 ノイスヴェルツに統一され今や以前ほどの力を失ったとはいえ、この地方を訪れるような人間なら、イルヤーシュの名を知らないわけがあるまい。この私が直々にこんなことを言ってやっているのだから、ありがたいと思え。そんな心の声が聞こえてきそうだった。


 ヴィルフリートは内心で煩わしく思いつつも、表情は崩さず完璧な微笑で答える。


「光栄なお言葉、ありがたく存じます。ですが私はなにぶん、このような場には慣れていない身です。あなた様の前で無様を晒したくないので、本日は遠慮させていただきます。またいつか、商家の者として誇れる姿であなたの前に現れましょう」


 今のヴィルフリート達は、身分を隠している。それゆえに、目立つことは避けたい。恋人との時間を満喫したい、などと言えばルイーザの矜持に火を点けることは、ヴィルフリートにもわかっていた。だからあえて彼女の神経を逆撫でしないよう、このような言い方で断ったのであった。


「まあ。だけど、それでは次いつ会えるかわからないでしょう? ねえ、そちらのあなた。彼を少し借りてもいいわよね?」

「え……」


 ルイーザはヴィルフリートではなく、ローザミレアの方に尋ねる。


「私、彼のお仕事に興味があるのよ。なんならイルヤーシュ家が商会のパトロンになって差し上げてもいいのよ? これは、彼の商売にとってもいいお話だと思うけど?」


 ――だからまさか、邪魔しないわよねえ?

 ――そういうわけで、あんたはとっとと消えなさい。


 ルイーザの言葉は、言外にそう語っていた。


 周囲の目があり、正体を明かせないこの状況で、貴族相手に嫌などと言えるはずがない。ルイーザは、相手が断れないということを見越したうえで言っているのだ。


「……わかりました」


 結局、ローザミレアはそう言っていた。そう言うしかなかった。でなければ、あまりにも不自然だ。


「ふふ、ごめんなさいねぇ。ああでも、娯楽場の中に一人だなんて、さすがにかわいそうよねぇ。少しの間彼を借りる代わりに、こいつを貸して差し上げるわ」


 こいつ、と言ってルイーザが前に出したのは、今まで彼女の後ろに控えていた男性だ。


「私の護衛よ。まあ、従僕のようなものと言ってもいいわね」


 護衛というわりには、その男性にごつさはなく、むしろ細身である。顔立ちも、ヴィルフリートほどではないが整っている方だ。ルイーザは護衛や使用人に関しても「美形イケメンじゃなきゃ嫌!」と我儘と言って、自分の周りは全て美しい男性で固めているのである。彼女にとって男とは装飾品アクセサリーのようなものなのだ。


「ルイーザ様。彼女は私のパートナーです。他の男性と二人きりにさせるというのは、さすがに心配ですので」

「あら。我が家の護衛が信用できないと仰るの?」


(あっ、これは面倒くさくねちねち言われる流れだ)


 ローザミレアは過去にルイーザとかかわりがあったからこそ、そうわかった。目立ってはいけない変装捜査なのに、周囲の注目を浴びたくないし時間を奪われたくない。この場は一旦退いた方が賢明だろう。


「私なら大丈夫です、ヴィンセント。少しの間別行動にしましょう」


 この娯楽場は庶民向けではなく、上流階級向けの場であるため品のない荒くれ者などはいない。万が一何かあったとしても、会場内にはいつものぬいぐるみサイズより更に小さい、最小の状態まで縮小したフリューゲルが隠れている。問題ないはずだ。


 ヴィルフリートはローザミレアが心配ではあったが、同時に彼女を信用もしていた。ローザミレア自身が大丈夫だと言うのであれば、この場はそうするのが最善だろう。


 そうしてヴィルフリートはルイーザと、ローザミレアはルイーザの護衛と共に、それぞれ別行動で娯楽場内を見て回ることになった。なお、ルイーザの内心はといえば――


(ふふっ、この前シェリルリリーと会ってから、ずーっとイライラしてたのよねぇ。このストレス……あの女からこの男を奪って、発散してやろ!)


 ――ルイーザはシェリルリリーと友人でありながら、内心ではずっと彼女を見下していたのだ。最初は王子の婚約者ということを羨んでいたが、グゾルの内面があまりにもクソだと気付き「いくら王子とはいえ、あんな奴と結婚するなんてかわいそ~う、私には無理☆」と思っていた。


 そんな、見下していたシェリルリリーが、大国の王でありルイーザにとって非常に好みどストライクの美形、ヴィルフリートの王妃になったのである。ルイーザにとって、非常に、面白くない。


(たかが商人の男女の仲くらい、すぐ引き裂いてやれるでしょ。ふふ、この男を私の虜にして、あの女の悔しがる顔を拝んでやる! 日々の鬱憤を晴らすには、他人の負け顔を見るのが一番だもの!)


 こうしてルイーザは、変装したヴィルフリートを落とそうとするのであった。


 ……相手の女性が、今や自分にとって羨ましくて仕方がない、王妃ローザミレアであるとも知らず。また、ヴィルフリートがローザミレアを溺愛しているとも知らずに――

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