第30話・違法夜会について
食事をすませたローザミレアとヴィルフリートは、寝室にて、あらためて語り合っていた。
「こうして君の顔を見て、君と言葉を交わせるのは、やはりいいな。疲れが癒やされる気がする」
「ヴィルフリートは働きすぎなのです。もう少し休んだ方がいいですわ」
ローザミレアに対してはいつもとろけるほど甘く、一人の恋する青年そのもののヴィルフリートだが。普段は王としての執務に追われ、多忙かつ重圧のある日々を送っている。ローザミレアは、そんな彼のことを心配していた。
とはいえ国王たるもの、そうそうのんびりしているわけにはいかない。二人の会話の話題も自然と、ヴィルフリートが視察に行ってきた、旧ルゼンベルクの貴族達のことになった。
「やはり旧ルゼンベルクの貴族達の、平民への軽視は根深いな。貴族にとって領民とは、守るべき民であるはずだが。ルゼンベルクの貴族達と会話していると、平民を自分の好きに蹂躙していい人形か何かだと思っているように感じられる」
「……そうですね。ルゼンベルクの貴族というのは、そういう存在でした」
国の価値観、在り方というのはその国によって異なる。正義や悪も、場所によっては反転するものではある。ルゼンベルクはそういう国であった、といえばそれまでだが――
ローザミレアは、貴族として生まれたとはいえ、シェリルリリーやグゾルによって虐げられる痛みを、一方的に蹂躙される苦しみを知っている。だからこそ人が人として扱われず、尊厳を軽んじられることを看過できない。ノイスヴェルツの価値観を持つヴィルフリートもまた、高貴な者が立場に応じた義務を全うせずただ民を支配するのは間違いだと考えている。
「今回視察に出向いた際、ルゼンベルクの領主達は、俺の前では媚びるような態度ばかりとっていたが。裏で文官達に調査させた結果、どうも怪しい情報が手に入ってな」
「怪しい情報、ですか?」
「ルゼンベルクがノイスヴェルツに統一されてから、旧ルゼンベルクの貴族達は、以前のように領民達を蹂躙することを禁じられた。その鬱憤を晴らすため、そして重税をとれなくなった一部の貴族の金儲けのために、裏で不正な夜会が行われているのだとか」
(不正な夜会、というと……)
「……その夜会においては、以前のルゼンベルクのように、貴族が平民を蹂躙できる……ということですか」
「まだ具体的な情報までは掴めていないが、そんなところだろうな」
悪趣味な有閑貴族達がやりそうなことだ。貧民街の身寄りのないような者達を攫い、拷問をショーのように楽しんで、貴族達はそれを眺めながら酒を飲む。想像するだけで反吐が出る。
「旧ルゼンベルク地方の抱える問題は、まだ多い。いずれにせよ、更なる調査を続けるつもりだ」
旧ルゼンベルク地方の領地にはそれぞれ、ノイスヴェルツから見張りの騎士達が派遣されている。だがその地の人間関係や情報網には、当然旧ルゼンベルクの者達の方が詳しい。それを活かし、巧妙に騎士達の目を盗む人間はいるのだろう。ローザミレアは顎の下に手を当て少し考えた後、口を開いた。
「ヴィルフリート。その調査、私に任せていただけませんか?」
「……何? 君が調査するというのか?」
「私は奇跡の使い手です。自分の姿ならある程度自由に変えることができますから。変装潜入にはうってつけでしょう?」
ローザミレアの変化の魔法は、この世に既に存在する他人になりすますことはできない。それは、他人の姿になって悪事を働き、罪をなすりつけることがないようにという、神による制約だ。だが、彼女が空想する架空の人物になら姿を変えることができる。
「何よりフリューゲルには、見たものを記録して再生する力があります。違法な夜会が行われていた際、動かぬ証拠を突きつけるのに最適ですわ」
フリューゲル単体でも力が使えないわけではない。だが奇跡の使い手と黒竜は、共に在ることで真価を発揮する、対の存在。お互いが近くにいるほど、強い力を使いやすいのだ。
「ふむ。……君が、直接やりたいのか?」
ローザミレアの様子からは、違法な夜会に積極的に潜入し罪を暴いてやろうという気概を感じる。王妃としてそんな働きをするのは異質であっても、彼女の言う通り、ローザミレアの能力が潜入と証拠確保にうってつけなのは事実だ。本人にやりたいという強い意思があるのであれば、止めるのも憚られる気がした。
「私も、もとはルゼンベルクの貴族でした。……ですが同じ貴族でありながら、今まで両親や他の貴族の暴虐を止められずにいました。今でも、そんな自分を悔いています。これ以上罪のない人々が理不尽に虐げられることを、止めたいのです」
奇跡の使い手とはいえ、一人の少女にできることなど多くない。
ローザミレアがルゼンベルクで、奇跡の力を使い人々を救おうとしても。ルゼンベルクであれば、王家に歯向かう反逆者として処刑されていただろう。他の国だって、強大すぎる奇跡の力を、脅威とみなして排除していたかもしれない。
ノイスヴェルツに逃げて――奇跡的に、ヴィルフリートが自分を受け入れてくれたからこそ、今の日々があるのだ。ローザミレアはノイスヴェルツに感謝しており、だからこそこの国に報いたいと思っている。
「わかった」
ヴィルフリートはゆっくりと頷く。
ローザミレアはてっきり、許可してもらえると思ったのだが――
「なら、俺も行く」
「えっ?」
想定外の返事に、ローザミレアは、思わずぱちぱちと瞬きをする。
「俺も行くって、どういうことですか」
「俺も行くということは、俺も行くということだ」
「真面目に答えてください」
「真面目に答えているんだがな」
言葉通り、ヴィルフリートは至って真剣な顔である。
「さっき、もう少し休んだ方がいいと言ったのは君だろう」
「潜入捜査は、休みじゃなくてお仕事ですわよね?」
「王という仕事を休んで、一人の男として君に同行するんだ。君を守るために」
「そんな屁理屈を……」
そもそもローザミレアは姿を変えられるから変装潜入に向いているというのに、ヴィルフリートがついてくるのでは、意味がないのではないか。
ただ、夜会は基本的にパートナーを伴って行くものだし、そこらの騎士よりずっと強いヴィルフリートがついてきてくれるのなら、心強くもある。何より――
「王妃である君が行くのに、王である俺が行ってはならない理由はないが?」
ローザミレアも大概だが、ヴィルフリートも同じように、わりと言い出したら聞かないフシがある。
結局、二人で調査に行く流れになってしまい――
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