第35話・違法夜会の見世物

 ヴィルフリートにきっぱりと拒絶され、彼らと別れた後、どうしても怒りがおさまらないルイーザは――


「ぎいぃぃぃぃぃぃぃぃっ! 悔しい……悔しい悔しい、悔しいぃぃっ!!」


 少しでも鬱憤を晴らすため、ジェイラスを連れて他の誰もいないバルコニーに来ていた。彼女はギリギリとハンカチを噛みながら屈辱に震える。


「なんなの、あの男! この私の誘いを二度も断るなんて、有り得ないわ!」


 ルイーザはハンカチを床に叩きつけると、地団駄を踏む。ルイーザはローザミレアと同い年なのだが、まるで聞き分けのない幼子のような態度だ。


「ねえ、ジェイラス! あんな女より、私の方が可愛いでしょう!?」


 御伽話の王妃が魔法の鏡に問うように、ルイーザは彼に尋ねる。

 するとジェイラスは、笑顔で答えた。


「はい、もちろん! ルイーザ様は、この世の誰よりお可愛らしいです」


 ルイーザは満足げに、ぱあっと顔を輝かせる。


「そうよね! やっぱり、あの男がおかしいのよね! あの男、きっと相当な悪趣味なんだわ。醜い女でなければ興奮しないとか、そういう性癖でもあるんじゃないのぉ? でなきゃ、私を選ばないなんて変だもの。まったく、世の中には変わった嗜好の男ってのもいるものなのねぇ」


 機嫌を直したルイーザは、ドレスを翻し、ジェイラスを連れてバルコニーを出る。


「さ、夜会に戻りましょうか。……これから、愉快なショーもあるしね。あいつらのせいで気分が悪いのだから、娯楽くらい、たっぷり堪能してやらなきゃ。……ふふ」



 ◇ ◇ ◇



 一方ローザミレアとヴィルフリートは、広い会場内の片隅で、心の疲労による息を吐いていた。


「まったく。あの女のせいで、無駄な時間を使ってしまったな」

「それにしてもヴィンセント、ずいぶん率直にいろいろと告げていましたね」


 変装している設定においては、二人の身分は高くない。イルヤーシュ家の令嬢にあそこまで告げるのは設定としてはおかしいのだが……。ヴィルフリートが言っていた通り、この夜会への参加を暴露されたら困るのはルイーザの方なので、彼女も強く出ることができなかったのだ。


 それにローザミレアとヴィルフリートの変装は、今夜限りでもう終わるだろう。この違法夜会のことは全て、極限まで縮小したフリューゲルが陰から見ている。後日、主催者や参加者は処罰を受けることになるのだ。イルヤーシュ家はこの夜会の主催者でこそないが、参加していたというだけで、ルイーザも裁きを受けることは免れない。


「相手があまりにも失礼だったからな。愛しい君を侮辱されて、気分がいいはずがないだろう」


 ヴィルフリートはいつも通り、何の恥ずかしげもなく言う。そんなにはっきり言われては、ローザミレアの方が照れてしまうのだが。


 いずれにせよ、今夜やるべきことはほぼ終わった。後は夜会を最後まで観察し、臣下達にも報告した後で、後日正式にこの場の貴族達に裁きを言い渡すことになるが――


「さあ、今からときびりのショーをご覧に入れましょう」


 そこで、会場内に用意された舞台の方から、高らかな声が響いた。


「今からこの平民どもに戦闘をさせます。剣はもちろん、訓練用の木剣などではなく本物です。血で血を洗う戦闘、果たしてどちらが勝つのか、皆様投票券を買って賭けてくださいませ」


 舞台に上げられたのは、二人の若い男性だ。動物のように首輪をつけられている。首輪は、魔道具のようだ。これにより装着者は、貴族に抵抗することができないようにされている。ボロ切れを纏った身体の下には、おびただしい量の傷が刻まれていた。これまでに何度も同じことを強要されてきたのだろう。そして、負ければ主人から鞭打ちなどの罰を受けたのだろう。


「この戦闘は、殺し以外なら反則なしの、なんでもありです! さあ一体、今宵はどのような刺激的な戦いが繰り広げられるのでしょうか、乞うご期待!」


 殺しが禁じられているのは、平民への情などではない。死体が出れば処理に困るし、同じ平民を使い回した方が、補充が楽だというだけだ。


 首輪をつけた平民達を死ぬ寸前まで戦わせ、死にかけたら回復薬を飲ませて、なかったことにする。だが安い回復薬では、傷を全て消すことはできない。死闘を繰り返されるたび、平民達の身体と……そして心にも、癒えぬ傷が増えてゆくのだ。


 剣術大会など、戦闘を見世物にすることが悪いわけではない。ただこの場における問題点は、本人達の意思を無視し、戦いを強要している点だ。己の意思で戦闘技術を披露したいという戦士達とはわけが違う。


 しかし人々は、興奮した様子で、どちらが勝つか賭けるための投票券を買い求め……やがて見世物としての戦いが始まった。場内に激しい剣戟の音が響き渡り、貴族達は聞くに堪えない野次を飛ばす。


「殺せ! 殺せぇっ!」

「いいぞいいぞ、殺せーっ!」


 殺しは禁じられている戦いだというのに、わざと平民を焚きつけて、死を求めるように。誰もが爛々と目を輝かせ、血飛沫の飛ぶ戦闘を娯楽として愉しむ、異様な光景。ローザミレアとヴィルフリートは吐き気がしたが、なんとかその場に立ち続けた。


 通常であれば、どちらかが、死亡以外の形で戦闘不能になれば、戦いは終わるはずだったのだが――


「あ!」


 それは故意ではなく、不慮の事故だった。

 一方の平民が振った剣が、もう一方の平民に、明らかな致命傷を与えてしまったのだ。


 血を流しその場に倒れた平民を見て、場内がざわめく。それは彼を心配してのものではなく、「予想外に面白いハプニングが起こった」という愉悦の声であった。観客の貴族達は、致命傷を負わせてしまった側の平民をニヤニヤと責める。


「はは、そんなに殺したかったのか?」

「ふ、やはり平民は野蛮だな!」


 大勢の観客から侮蔑の眼差しを向けられ、斬った側の平民は、血に濡れた剣をその場に落とし、ガクガクと震えた。


「ち、違……っ、俺……俺、そんなつもりじゃ……!」 


 わざとではなかったのだ。だが、相手はどう見ても致命傷であった。

 主催者達は、血を流したまま動かない男を見て、口々に身勝手なことを言う。


「これは、回復薬じゃ治せなさそうだな」

「医者を呼んでくるか?」

「一般人にこの夜会の存在が知られたらまずいだろう」

「こんな平民一人、いなくなっても困る人間はいないだろう。山奥にでも捨てればいいんじゃないのか」

「そうだな。死体を運ばせるのは、そこの平民にやらせて、我々は何も知らないことにすればいい」


 傲慢で無責任な言葉が飛び交い、ローザミレアの身体が憤りで満ちる。

 だがそれ以上に、今は致命傷を負った男性のことが心配だった。


(このままじゃあの人、本当に死んでしまう……っ)


「ヴィンセント……」


 今この場で、彼の本当の名は呼べない。だからローザミレアは、その名を呼んで彼の瞳を見た。ヴィルフリートはローザミレアの内心を察し、頷いてくれる。


 そうして二人は、今にも命を失いそうな男性のもとへ駆け出し――

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