第30話 苦戦!ファイアカロリー初めての敗北!?

 大勢の市民達がファイアカロリーと、その前に出た里田老人を見つめている。ほとんどの人々は、これを何かのイベントの一環だと思っているようで、中には談笑しながら芋煮を頬張っている者もいるようだ。

 だが、ファイアカロリーはそれが洒落や冗談ではない事を知っている。ファイアカロリーの前に里田老人が出てきたという事は、つまり、なのだ。


 「里田の爺ちゃん……嘘だろ…」


 そう呟くファイアカロリーの声は小さく、観客となっている市民の声にかき消されていった。当の里田老人自身は、不気味な薄ら笑いを浮かべたまま、ファイアカロリーと対峙していた。


「シュ、シュシュシュ……!」


「っ!」


 数呼吸の間を置いた後、里田老人が不気味な声をあげると、やがてその身体はこれまた不気味な姿へと変異する。黒くゴツゴツとした頭部と、ボロ布のような物をまとった大きな身体……まるで地の底から抜け出してきたような出で立ちである。


「な、なんだアレ……岩?じゃないよな…い、イモか?もしかして」


「おい、どうやったんだ今の?手品か?」


「なんだかわかんねーけどスゲーぞ、爺さん!」


 それはまさに、泥の付いた里芋そのものと言った頭であった。恐らく、身体に巻き付いているボロ布に見えるものは根だろう。それが身体全体を覆っていて、鎧のように纏っているのだ。これまで戦ってきた重人達の中でも、もっとも無骨で、冗談を感じさせないデザインだ。彼はファイアカロリーが幼い頃から、怒ると怖い頑固なタイプの人間であったので、ピッタリな見た目と言えるだろう。


「シュシュシュシュ!我が名はサトイモ重人なり。……ファイアカロリー、ここで会ったが百年目、いざ尋常に勝負せい!」


「しょ、勝負って…!でも、爺ちゃんと戦うなんて……そんな…」


 ファイアカロリーは完全に動揺し、戦う前から委縮してしまっていた。ファイアカロリーにとって、サトイモ重人の素体である里田老人は実の家族のように思える存在であった。炎堂流を継ぐべき長男という、何よりも身体を動かさなければならない家に生まれたというのに運動が苦手で、幼い頃は父の厳しい指導に泣いてばかりだった自分を、慰めて支えてくれたのは近所に住んでいた里田老人である。家族ぐるみでの付き合いもあった恩人と戦うことなど、根が優しいファイアカロリー…いや、丈太には出来るはずもない。


「ファイアカロリー!顔見知りが敵になって動揺するのは解るが、ここで彼を倒さねば助け出す事さえ出来んぞ!」


「そ、それは解ってる……けどさ、でも…」


 既に見る影もないその見た目であっても、彼が面と向かって重人に変身する所を見てしまったせいか、どうしても踏ん切りがつかないようだ。そんなファイアカロリーに対し、サトイモ重人は恐るべき攻撃を仕掛けてきた。


「来ぬのならこっちから行くぞ!むぅぅぅぅんッ!……シュウ酸カルシウムミストォ!」


「え?な、なんだ!?」


 サトイモ重人は、自らの里芋の形をした頭をガリガリと擦ると、黒っぽい泥が霧状に巻き上がった。その黒い霧は意志を持っているかのように竜巻となってファイアカロリーを襲ったのだ。

 だが、それ自体には攻撃力はほとんどないのか、竜巻の中に飲み込まれてもファイアカロリーはさほどの苦痛を感じなかった。一体どういう攻撃なのだろう?サトイモ重人は里田老人なのだから、他人を傷つけるような事はしないのかも知れない、そう思った頃だった。


「うっ!?な、なんだ…?身体が……全身が、痒いっ!」


「シュシュシュ…!」


「痒いじゃと…?はっ!まさか!?」


 最初に痒みを感じた瞬間から、立ちどころの内に、それは全身に広がった。ファイアカロリーの身体中、ありとあらゆる場所から痒みを感じる。しかも、その痒さは想像を絶するものだ。ファイアカロリーは真っ直ぐに立っていられない程に痒みを感じ、やがてのたうち回るように地面を転げ回っていた。


「ああああああっ!か、痒いいいいいいいっ!?なんで、なんで急にっ!!うううう、うわああああっ!!」


「いかん!シュウ酸カルシウムミストとは、文字通りシュウ酸カルシウムをばら撒く技だったのか!?」


 何だか当然のことを言っているようだが、栄博士は至って真面目である。里芋を調理する際、手が痒くなった経験がある方も少なくないだろう。里芋の表面には、シュウ酸カルシウムという針状の微細な結晶が存在する。それは非常に小さく細かい結晶なのだが、厄介な事に形が針状である為、皮膚に触れるとそれが刺激し、強い痒みをもたらすのだ。ちなみに、シュウ酸カルシウムの結晶が体内で蓄積され、腎臓で大きくなった塊が尿管結石である。


「な、なんなんだ、この痒みは…!なんで身体中、がっ!?」


「ファイアカロリーの身体は強化皮膚装甲で覆われておるが、考えてみればそれは素肌そのものじゃ。つまり…」

 

 そう、栄博士の想像した通り、ファイアカロリーは変身したとて服を着ている訳ではない。あくまで皮膚が赤いスーツの形に変形しているに過ぎないのだ。つまり、変身中の彼は元から全裸なのである。身を守る衣服を着ていないが為に、シュウ酸カルシウムミストを防げないのだ。


「そ、そんなのアリかよおおおっ!があああっ!!」


「マズい、このままではファイアカロリーが痒みで発狂してしまうぞ…!?いや、それ以前に粘膜にまでそれが到達すれば、とんでもない激痛が走るじゃろう…なんとかせねば……!」


 七転八倒とはこの事を言うのだろう。それはファイアカロリーが生きてきた中で、上位に食い込むほどの苦痛であった。度重なる不良グループの暴行で、痛みには耐性が付いたが、こんな暴力的な痒みに晒されるのは生まれて初めてだ。下手をすると、殴られるよりも辛いかもしれない、そう思うほどの苦しみであった。

 そんな苦しむファイアカロリーに向け、サトイモ重人は勝利を確信して笑った。

 

「シュシュシュ!ファイアカロリー破れたり!」


「そ、そんな……こんなこと、で…っ!あああああっ!」


 (これ、罰が当たったのかな?最近調子に乗って、重人と戦う事を舐めてかかったから。戦うからには油断するなって、いつも父さんに言われていたのに……ごめん、父さん…!)


 時間が経つにつれ、徐々に竜巻が消えていくと、そこには土と砂と泥と汗に塗れて地面を転げまわるファイアカロリーの姿があった。しかも、それまでは談笑しながら見ていた市民達は、徐々に様子がおかしくなっていく。


「うう、ううううっ!芋、芋煮…!もっと、もっと芋煮をくれっ!」


「あああああ、私も!私にも芋煮をちょうだいっ!」


「お、俺、俺が先だっ!」

 

「シュシュシュ!効果が出始めたようだな。これで多くの人間が我が芋煮を食べて肥満化するだろう。ファイアカロリーを倒し、肥満症を増やす、シュシュシュ!最高の結果だ!」


「そ、そんな……皆が…っ!ううううっ!」


 ファイアカロリーは立ち上がる事すら出来ず、悶え苦しみながら地に伏せてしまった。このまま、人々は成す術もなくハイカロリーの魔の手に落ちてしまうのだろうか?

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