第27話 覚醒!ヒーローを呼ぶ声
凄まじい爆発を前にして、キノコ重人とタケノコ重人が言い争っている。
理由は、ファイアカロリー打倒をキノコ重人が自らの手柄として語り始めたからだ。確かに直接攻撃をしたのはキノコ重人だが、爆発したのはファイアカロリーの自爆のようなものだし、タケノコ重人が背後からプレッシャーをかけていたからこそファイアカロリーを追い詰める事が出来たのだと言いたいらしい。
滑稽に口汚く罵る二人を前にして、遠巻きに見ている人々はその光景に我を忘れていた。
「な、なにあれ、本当に爆発…した?」
「マジかよ……テレビとか、動画の撮影じゃないのか?」
戦いが始まってから、多くの人々は我先にと逃げ出してしまったが、わずかな一部の人々はファイアカロリーと重人達の戦いを見守っていた。その中には、彼らが何かのイベントのようなもので戦っている、いわばショーの一環だと思っている者もいたようだが、これだけの爆発を見てしまうとこれがショーや遊びだとは思えない。現実に怪物のような姿をしたものと、見た事もないヒーロー姿の男達が殺し合いをしているのだ。あまりに現実離れした展開だからなのか、誰もがそれに気付くまでにそれなりに時間を擁しているようだ。
「う……うぅ…」
そんな中、爆発の中心にいたファイアカロリーは、その場に倒れたまま意識を取り戻していた。ファイアカロリーは元々優れた耐熱性能を持っている。その上限温度は理論上二千℃ほどだが、それは計算上であり、実際はどこまで耐えられるのかは不明だ。しかし、その耐熱性能のおかげで、今の爆発による炎ではダメージを受けてはいなかった。
ただし、いくら炎や熱に強いと言っても、爆発の衝撃まで無効化出来る訳ではない。ファイアカロリーがダメージを受けたのは、スポアマッシャーの胞子が粉塵爆発を起こした、その爆風と衝撃によるものである。
強烈な衝撃と轟音で酷いめまいがして、耳鳴りで音がまともに聞こえない。ファイアカロリーの強力な再生回復能力をもってしても、至近距離で受ける爆発のダメージは相当なものだということだろう。幸い、黒煙がファイアカロリーを隠してくれているので、まだキノコ重人にもタケノコ重人にも、生存がバレていないのが救いだった。
(体中が痛いや…今まで生きてきて一番だな。いや、車に撥ねられた時も相当だったけど……)
そんなどうでもいい事を考えているのは、まだ意識が朦朧としているからだろうか。未だ視界は晴れないが、少しずつ、頭の中はスッキリし始めている。
(あんな胞子で粉塵爆発だなんて、そんなのアリ?そもそも粉塵爆発って狭い所で起きるものじゃないの?大体、いくらなんでも胞子じゃ爆発するには細かすぎるだろ……!あー、段々頭がハッキリしてきた。さて、どうしようか。このまま逃げる…なんて訳にはいかないよな)
こんな状況であっても、ファイアカロリーに撤退の二文字はない。今の状態では素早く動けないので、あのタケノコ重人からは逃げきれないだろう。それに、例え逃げたとしてもあの重人達の魔の手がどんどんと人々を苦しめることになるだけだ。このままではせっかく関係の改善が見え始めた大切な家族や、数少ない友人である栄博士や後輩の藍にまで危険が及ぶのは時間の問題である。それだけは絶対に許せない、
そんな後ろ向きな思いの中にあって、ファイアカロリーは小さく笑った。
(マニキュアはいつもこういうピンチを切り抜けてたよな。ボロボロになっても、皆の応援が力になって……俺には誰も応援なんてしれくれないけどさ)
そう思った時だった。か細く、小さな声だったが、どこかで誰かの声が聞こえたのだ。
「あ、ああ……!」
「ママ、大丈夫だよ。ファイアカロリーは負けないんだよ、
それは、あの少年の声だ。何故かファイアカロリーが重人と戦う場所によく出くわすあの少年が、ファイアカロリーの名を呼んでいた。それだけではなく、ファイアカロリーの勝利を願って応援してくれている。その声がファイアカロリーの耳に届いた時、いつも心の中で、自分は嫌われ者だからと諦めていたファイアカロリーの心が、大きく揺さぶられたようだった。まるで、強い風が炎を煽って猛るように。すると、その胸を焦がすような熱い思いが溢れて、ファイアカロリーの全身に力が戻ってきたのだ。いつの間にか、ファイアカロリーは黒煙の中で立ち上がっていた。
「んん!?今余計な事を言ったのは誰だね!ファイアカロリーはもう死んだんだよね!このタケノコ重人様の力でね!」
「お前は何もしていないだろう…ファイアカロリーを倒したのは私だ…黙っていろ…煮物…」
「誰が煮物だね!?タケノコは煮ても焼いても美味しいんだよね!許さないよね!ん?!」
次第に煙が晴れる中、ボロボロになったファイアカロリーの姿が現れた。赤いスーツは泥と血で汚れて所々黒ずんでいるが、その立ち姿には強い気迫が感じられる。そして、ファイアカロリーのアイガラスがキラリと光を放った。
「そうだ、ここで諦めたらあの子だって守れない…!俺の事を見ていてくれる人もいるんだ、なら、俺だって…!」
「き!貴様!?どうして生きているんだね!まぁいい!今度こそ息の根を止めてやるんだね!このタケノコ重人様の手でね!」
タケノコ重人はバンブーブレードを握り締め、一気呵成にファイアカロリーへ殴りかかった。彼のバンブーブレードは、バンブーとは名ばかりのダイヤモンドと同等の硬さを持つ強固な竹で出来ている。先程、ファイアカロリーが防御した時にただの竹ではないと感じたのはそれが理由だ。それを重人の強烈な力で殴りつけてくるのだから、その威力は相当なものだ。いくらファイアカロリーと言えど、連打を受けたり、頭部に一撃を喰らえばただでは済まないだろう。その必殺の一撃で、ファイアカロリーに襲いかかった。
「死ぬんだね!む!?」
先程とは違い、ファイアカロリーはその上段からの一撃を両腕をクロスして防いでみせた。ガキン!と激しい衝突音がするも、ファイアカロリーの両腕は無事である。そして、ファイアカロリーは小さな声で何かを呟いていた。
「ワード、登録…」
――ワード登録、1stワードをどうぞ。
「ミラージュ」
――ミラージュ、登録。2ndワードをどうぞ。
「アップ」
――アップ、登録。3rdワードをどうぞ。
「え!ええい!何をボソボソと!今度こそトドメだね!」
「どけ…トドメを刺すのは私だ…スポアマッシャー…行け…」
「あ!コラ!手柄を横取りするつもりかね!」
肝心な時に仲間割れをするキノコ重人とタケノコ重人。ここで正しく連携を取っていれば、結果は違っただろう。しかし、彼らにそんな意識はない。重人達は皆MBNにより、心の欲求を強く増幅されている。それが力を生む一方で、強いエゴとなって冷静な判断を奪うのだ。
そのわずかなタイミングのズレが、ファイアカロリーに決定的な時間を与えたのだった。
燃え落ちて爆発したはずのスポアマッシャーが、再びキノコ重人の身体から現れ、ファイアカロリーを狙う。だが、その攻撃は成功しなかった。確かに貫いたはずのファイアカロリーの身体がゆらりと揺れて、消えたのである。
「なにっ…」
「ミラージュアップフィールド!」
ファイアカロリーの叫びが響き、
「なっ!?ば!ばかな!なんだね!これは!?」
「な…なぜ…ファイアカロリーが複数いるなど…聞いていない…」
「あ、暑っ…!?もうすぐ秋が終わりそうなのに…!?」
驚いていたのは重人達だけでなく、その場で彼らの戦いを見ていた人々もであった。重人達を中心にして、まるでその場の空気が真夏のように熱を持ち一気に気温が上がっていく。ミラージュアップフィールドは、ファイアカロリーの全身を超高温とし、その熱で蜃気楼の幻を生み出す技である。
本来、ファイアカロリーが想定していたのはここまで大きな規模ではなかったのだが、これほどの大きな効果を発揮したのは先程の爆発によるものだ。ファイアカロリーは炎と熱を力とする……それは何も身の内にあるFATエネルギーの熱だけではない。爆発の際に生じた炎をファイアカロリーは無意識に吸収していたのだ。
「ば!バカな!バカなバカな!そんなことが許されるわけがないんだね!クソっ!」
タケノコ重人は狂ったようにバンブーブレードを振り回すが、それが蜃気楼であるファイアカロリーに当たった所で意味はない。それどころか、幻であるはずのファイアカロリーは強烈な熱を持っていて、その幻に触れただけでタケノコ重人の身体は激しく燃え始めた。
「ギャアアアアッ!あ!熱い!燃えるんだね!?ば、バァーニーィィィングッ!」
「バカな…タケノコ重人が…触れただけで…」
ファイアカロリーの全身が白熱化して見えるという事は、少なくとも千五百℃を超える高温となっている証拠だ。それほどの熱に耐えられるタケノコもキノコも存在しない。キノコ重人もスポアマッシャーを伸ばして、ファイアカロリーに攻撃したが、スポアマッシャーは幻に触れた途端に燃え落ちた。その恐るべき熱量に、キノコ重人は戦慄して言葉を絶句している。そして、その正面にファイアカロリーが立ち塞がった。既に他のファイアカロリーは消えていたが、キノコ重人には目の前にいるそれが本物かどうかも解らない。ただ、立ち尽くしているだけだ。
そして、ゆっくりとキノコ重人の顔に手を伸ばして触れると、凄まじい火柱が上がってその身を焼き尽くした。
「お、おおお…バァーニーィィィング…」
こうして、ファイアカロリーは強敵、キノコ重人とタケノコ重人を撃破した。その鮮烈な勝利の光景は、その場に居合わせた人々の心に、文字通り焼き付いたようだ。これでまた一つ、街には重人の存在と、それを倒すヒーローであるファイアカロリーの噂が広まっていくのだった。
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