第10話 立ち向かう男
強盗犯のリーダーと思しき男は、おもむろに店内用の商品カゴを複数持ち出すと、丈太達の前に放り投げた。この男、背丈こそ高くないが、ガッチリと鍛え込んだ筋肉が服の上からでも解るほど固太りしているようだ。彼らは三人とも目出し帽を被っているのだが、この男だけは立派な髭を蓄えているせいか、あちこちが歪んでいて、下の方からは髭がピョンピョンと飛び出している。そんな間抜けな顔と、リーダーらしい雰囲気がミスマッチで、少々不気味ささえ感じられるようだった。
「おい!お前ら、それに片っ端から弁当を詰めろ!米だけでいいぞ、パンは残しとけ!」
「な、なんでパンだけ」
「うるせぇ!ごちゃごちゃ言わずにやれ、やらなきゃ殺す!」
チャキッと音を立てて、銃を向けられれば、誰も逆らう事など出来はしない。思わず疑問を口にした店員も、言われた通りに慌てて作業に取り掛かった。その動きに丈太達も続く。この時間は、ちょうど朝の弁当が搬入された直後の時間だったようで、弁当やおにぎりはかなり多い。全く持って意味不明な冗談のような要求ではあるが、それを指摘した所で事態は解決しないだろう。強盗犯達はかなり切羽詰まった様子で、これ以上刺激すれば本当に撃ちかねない勢いだ。客の女性は恐怖でガタガタと手を震わせ、何度もおにぎりを落としてしまっている。可哀想だなと思った丈太は、そっと近づいてその作業を変わることにした。
「だ、大丈夫ですか?俺がやるんで、やってる風を装っててください」
「あ、アンタは……炎上野郎…」
「え?……あ」
よく見ると、その女性は同じ学校の女子生徒だったようだ。女性がブレザーを着ていなかったので気付かなかったが、ネクタイの色からすると上級生で、直接面識はない。ただ、上級生にしろ下級生にしろ、丈太に対する女子生徒の評価は同じものだ。裸で女子生徒の下着に塗れて寝ていた変態……そのレッテルがずっと消えていないからである。
「…あの、俺の事は嫌っててもいいんで、怖かったら任せて下さい。きっと、悪いようにはさせませんから」
「な、何言ってんのよ、気持ち悪い…!アンタなんかに助けてもらわなくてもっ」
「テメェら、うるせぇぞ!どうやら殺されなきゃわからねぇらしいな!?」
(あ、マズい…!)
興奮した強盗犯のリーダーが、丈太に向かって叫んだ女子生徒に猟銃を向けていた。すかさず丈太はその女子生徒を庇うようにして前に出て、両手を広げてその狙いを遮ってみせる。その行動がリーダーの男をさらに激昂させたのか、ズドン!という銃声が店内に響くと、次の瞬間には銃弾が丈太のこめかみをかすめて、陳列棚に命中していた。
「キャアッ!」
「
「へっ、おいデブ。さっきはピーピー喚いて謝ってた癖に、ずいぶん根性があるじゃねぇか。そんなにその女が大事かよ?」
「べ、別にそう言う訳じゃない…!ただ、怖がってたから見過ごせなかっただけだ!」
「ほ~う、恰好つけるじゃねぇかよ。……俺ぁお前みてぇに
強盗犯の男は、よほど過去に何かあったのか、わざわざ銃を構えたまま近づいてきて、その銃口を丈太の額に押し付けた。至近距離で視るライフル式猟銃の銃口は黒々と光っていて、発砲したばかりだからか独特の匂いがする。丈太の後ろで腰を抜かしている女子生徒は、ヒィッと小さく悲鳴を上げてガタガタと震えるばかりだ。丈太自身もまた、冷や汗を搔きながら、それでも負けじと男を見据えていた。
「デブ、怖くねぇのか?俺がこの引鉄を引いたら、確実にお前は死ぬぜ?怖かったら謝れや。そんでもって、二度と女の前で粋がらないって言え。そうしたら勘弁してやるよ」
「……い、嫌だ。べ、別に女の人の前だからとかじゃなくて、これでも一応、ぶ…武術家の家に生まれたんだ、簡単に引くわけにはいかない!」
「はぁ?武術ぅ?その腹でかよ!?ギャハハハハッ!コイツはお笑いだぜ、そんな太っちょに出来る武術なんてあるとは思えねーけどなぁ!」
リーダーの男が笑うと、様子を見ていた他二人も一緒に大笑いをし始めた。確かに、丈太の体つきは運動不足の肥満体型にしか見えないので、武術と言っても信ぴょう性は低いだろう。変身すればその限りではないが、普段の体型では、笑われても仕方がないと丈太自身も思っている。
(見くびられてるなら好都合だ……死ぬ気になったら、なんだって出来る!)
丈太は覚悟を決め、強盗犯達が大笑いをして気が抜けるそのタイミングを待った。そして、数呼吸にも満たない間に、絶好のチャンスが訪れる。
「今だ……せいっ!」
「ヒャッハッハ!……あ?」
額に押し付けられている銃身を下から叩き上げ、その勢いのまま一気に懐へ肩から飛び込む、俗に言うショルダータックルである。現在、丈太の体重は百kgを優に超える超重量級だ。それが無防備な身体にぶつかって来れば、並の人間では対抗する事など出来るはずがない。ましてや、大笑いをして身体が弛緩している状態なのだから尚更だろう。突如牙を剥いた丈太の行動に反応する事すら出来ず、リーダーの男はそのまま丈太のタックルを受けて壁際に吹き飛ばされた。
「ゲペッ!」
「あっ!?」
他の二人も、完全に隙を衝かれたせいか、何が起こったのか解らないようだ。丈太はそのまま身を翻し、動きを止めている二人に向かって猛進した。
「こ、このやろっ…!」
先に動き出したのは小柄な男の方だった、だが、焦っているのか、狙いが上手く定まらないようだ。銃というものは、あれで中々狙った所に当てるのは難しい。普段から訓練をしていない素人が闇雲に撃っても上手く当たるとは限らない。しかも、仲間がやられ、その原因である丈太が熊のように大きな体で走って来ているとくれば平静でなどいられないはずだ。小柄な男のライフルが火を噴くも、それを支え切ることさえできず、銃弾は天井に命中した。
「ああ!?当たらねぇっ!」
「うおおおおっ!」
ドスドスと重い足音で迫る丈太の姿に、小柄な男はパニックになっている。このままこの男を制圧すれば残りは一人だ、一対一なら勝ち目はある。そう思った。
「カレーの邪魔……すんな…!」
最後に残ったカレー男は、酷く冷静でしっかりと丈太の頭に狙いをつけていた。そして、引鉄に指がかけられる。
(ヤバっ、あれ当たるヤツだ…!)
そう思ったが、既にどうすることも出来そうにない。立ち止まれば格好の餌食になるし、そもそも走るのが苦手な丈太は、これ以上速度を上げる事もできないのだ。もうダメだと思った瞬間、恐怖のあまり足がもつれ、勢いよく丈太は転んだ。
「あっ、ぅわっぶっ!?」
ズドン!という銃声と息を合わせたように転んだ丈太の頭上を銃弾がかすめていく。栄博士に身体を改造されるまで、走れば転ぶのが丈太の常だったが、久々にその癖が発動した形だった。丈太はそのまま転がって、ボウリングの玉よろしく、小柄な男に激しくぶつかった。
「うわあああっ!?」
「ぎゃああっ!」
「兄ちゃんっ!?」
丈太の身体に圧し潰された小柄な男が悲鳴を上げると、カレー男は銃を降ろして心配そうに声をかけていた。この二人…いや、もしかするとこの強盗犯三人組は兄弟だったのかもしれない。目を回す丈太の身体の下に、兄と呼んだ小柄な男が潰されている以上、カレー男は次弾を撃つ訳にはいかないようで、おろおろと様子を窺っていた。そこへ、丈太の頼もしい味方の声がした。
――丈太君、SAKAEウォッチを奴に向けろ!
「は、博士…?こ、こう!?」
SAKAEウォッチというのは、博士が作ったスマートウォッチの事である。丈太の大切な変身ツールであると同時に、丈太を守る為に状況をモニターし、時には電撃を放つ事も出来るというちょっと危ない時計だ。言われた通りにSAKAEウォッチをカレー男に向けると、丈太の身体から力が抜けていく感覚がして、そこから眩しいビームが発射された。
「ヴァッ!?」
「び、ビーム!?こんなの出るの!?怖っ!今更だけどなんなのこれ!?」
「君のFATエネルギーを多めに使えばこんなもんじゃよ。しかし、少しエネルギーの消費が激しいのう……どこかでカロリーを補給しておいてくれ、頼むぞ、丈太君。儂はこれからストレートファイターのランクマがあるんでな。また後でのう~!」
その場の誰もが何が起きたのか解らず、ポカンと口を開けて驚く一同。それからすぐに店の外には赤色灯を点けたパトカーがやってきて、事態は一応の決着を見るのだった。
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