第9話 巻き込まれる男
ウシ重人を撃退した後、丈太は痛む腕を抑えつつ、結局、自宅へ帰ることにした。
栄博士に相談したい事はあったが、この腕の状態では話をするのもしんどいし、何より黙って持ってきた着替えが父豪一郎の道着だったので、少しでも早く返却したかったからだ。予定では山籠もりから豪一郎が帰宅するのは五日後なのだが、それまでに素肌に着てしまっている道着を洗って乾かし元通りにしまっておかなくてはならない。しかも豪一郎の道着は非常に分厚く乾きにくいのだ、手洗いも必須だしで、正直あまり時間はない。道着を武将の鎧のように考えている豪一郎のことだ、丈太が無断で借りたと解ればどれほどの雷が落ちるか想像するだけで恐ろしい。一刻も早く帰って洗濯をしたかった。
家に帰った丈太は、山のように買った高カロリーの菓子パンと、牛乳たっぷりの甘~いミルクコーヒーをしこたま飲んで眠りに就いた。明日の朝には腕が治っている事を願いながら。
「おお……!あんな状態だったのに、元通りになってる!凄いな、この回復力」
翌朝、ベッドから起き出して腕を確認してみれば、それは完璧なまでに元通りになっていた。恐らく複雑骨折をしていて、腕や肩だけでなく、肋骨にもダメージがあったと感じていたのだが、痛みは全くどこにもないのだからとんでもない回復力である。鮫島達に殴られた痕も、普通ならば青あざになっていただろうに、綺麗さっぱり完治しているようだ。
元々頑丈だった丈太の身体は、文字通り人間離れした回復…いや、再生能力を獲得したと言えるだろう。栄養さえ摂って休めば、どんな怪我でも治ってしまいそうだ。もちろん腹の肉もしっかり元通りなのは少し悲しい所だが。
「やっぱカルシウムって大事なんだな。……そう言う問題じゃない気もするけど」
昨日戦ったのがウシ重人だったので、牛乳には少しだけ微妙なものを感じたのだが、そこは気にしなくて正解だったと丈太は思った。
一頻り怪我が治った事に感動すると、丈太は今日も学校に行く支度を始めた。正直、少しだけ疲れが残っているので休みたい所ではあるのだが、大翔達に狙われているあの少女の事が気になって、学校をサボるのは気が引ける。今日こそ帰りは栄博士の元に寄りたい気持ちもあるし、昼食の買い物は学校へ着く前に済ませておきたいので、今日も早めに家を出る事にした。
「あ、剛毅……おはよう」
「……兄貴か。その恰好、登校する気か?親父は家に居ろと言ってたんじゃないのか?」
支度を整えてドアを開けると、鉢合わせたのは弟の剛毅であった。いつもならば、蓮華と同じく黙って喋ろうとしない剛毅だが、今日に限っては問い質すように喋ってくれた。何年か振りに話しかけてくれた事が、丈太には嬉しいようである。
「ああ、そうなんだけど……やっぱり、学校サボるのって良くないだろ?ちゃんと寄り道しないで帰るからさ。…と、父さんには内緒にしといてくれないか?」
「……んで、……ンタは」
「ん?」
「何でもない。勝手にしろ、俺から親父に何か言ったりはしない。ただ、また面倒に巻き込まれたら、俺は知らんからな」
「はは、大丈夫だよ。
「ふん」
他人だったら
「…………と、思ってたんだけどなぁ」
「テメェ、うるせぇぞ!黙ってろ、デブ!」
「ひぇっ!?ご、ごめんなさい!」
銃を持った男が、興奮気味に丈太を怒鳴りつけている。ここは通学路にあるコンビニの中だ。丈太が昼食用のパンかおにぎりでも買おうかと入った所で、猟銃を持った三人組の男達が突然強盗に入ってきたのである。今流行りの闇バイトという奴だろうか?手慣れていない男達は緊張した様子で、店内にいた客や店員を一角に集めて立て籠もっていた。
しかし、つい十数分前、剛毅に面倒に巻き込まれるなと言われたばかりなのにこの様である。マグロ重人と戦ってから二日、こうも立て続けに問題と出くわすのは何故なのか、丈太は溜息を吐くしかなかった。
「はぁ、何でこんなことに……」
「うるせぇっつってんだろーが、デブがよぉ!ぶっ殺すぞ!」
「ああああ!すいませんごめんなさい!勘弁して下さい!」
猟銃を鼻先に突き付けられれば、平謝りするしかない。店内には丈太の他に、客が三人と店員が二人いたのだが、彼らを巻き添えにしてしまっては大変だ、とにかくここはじっと大人しくしていようと丈太は心に決めた。
(あー、ビックリした…!あんなちっちゃい声で呟いたのも聞こえてるとは、気が立ってるんだな。しかし、この状況を博士は聞いているだろうけど、どうしたらいいんだ?まさかこんな人目のあるとこで変身したくないし……)
他に誰もいないのならば、変身して強盗を取り押さえる事も出来るが、こうも人前では変身するのもはばかられるというものだ。そもそも、一度変身してしまうと痩せた姿に変わってしまう。食事と時間があれば元に戻ると言っても、この後は学校があるのでそういう訳にもいかないだろう。変身して戦うのは、出来れば本当に最後の手段にしておきたかった。
(それにしても、三人で、しかもそれぞれ猟銃まで持って強盗に入るのがコンビニだなんて、ちょっとおかしくないか?どうせなら銀行とかもっとお金のある所を狙いそうなもんだけど)
丈太はじっと犯人達の行動を訝しんでいた。とても冷静なように見えるが、実際には現実逃避の一環である。とにかく自分が巻き込まれているという事に目を瞑って、考えたくないというだけだ。
「あああああっ!クソっ!まだかよ!?すぐに迎えが来る手筈じゃなかったのか!」
「落ち着け!騒いでも仕方ねぇだろ!この仕事さえ済めば、俺達は……」
「ああ、カレー……カレーが食いてぇ…」
三人の強盗犯はてんでバラバラで、とても連携が取れているようには見えなかった。一人に至っては、この状況でカレーが食べたいと呆けている始末だ。どうやら口振りからすると、何者かが手引きしているようだが、こんなにお粗末な連中を使っている辺りからして、いい加減な組織のようにも思える。そもそも、彼らは店に押し入ってから、一度足りとも金銭を要求していない。とにかく店員と丈太達を店の隅に追いやって銃で監視しているだけだ。
「あ、あの……」
「ああ!?何だよ?」
「か、カレーなら、店内調理したものがありますが……」
(何言っちゃってんの、この人!?そんな事言ってる場合じゃなくね?!)
おずおずと手を上げたのは、店長らしき男性である。自信なさげな態度とは裏腹に、その眼はどこか輝いていて実に奇妙だ。思わず胸の中でツッコミを入れたのは丈太だけではないだろう。
「カレー……あるのか?」
「は、はい!我が社自慢の新商品、手作り親父の味カレーです!」
(そこはお袋の味じゃないのかよ!?っていうか、手作り親父って何かイヤだよ、もうちょっとネーミング考えようよ、嘘でも有名シェフ監修とかさぁ!?)
丈太の脳内ツッコミが止まらない所だが、この商品がお袋の味と名乗らないのは、過去に別の商品で母の味と銘打ち大炎上した事があるからだ。この大手コンビニ店ファミリーゴートのコンセプトは、「マフィアの
ちなみに
「なんで親父なんだ…?」
「はっ!それはですね、幼い頃、普段料理をしない父親がたまの休みになると作ってくれる、凝りに凝りまくった味を再現するというコンセプトがありまして!」
(それコンセプト最悪な奴じゃね!?趣味は蕎麦打ちですとか言って、あんまり美味しくないパターンの奴だろ!チャーハンとかカレーとか、凝りたくなる気持ちは凄く解るけども!)
父親がある日突然、スパイスやら調理器具を集めだして料理を作ったはいいが、後片付けをしない事に母親が憤っている……そんな風景を見た事がある人は割といるだろう。もちろん人によって様々ではあるが、どうやら男性には、多かれ少なかれ料理に対する情熱が備わっているようである。仕事にするほどではないにしても、料理に目覚める男性は一定数いるのだ。それは少年漫画でも、主人公が料理人だったりする作品がそれなりに多い事から見ても明らかである。
ちなみに丈太自身、その体格からお察しの通り、食べるのが大好きなタイプだ。しかも、食べるだけではなく、自分で作るのも嫌いではないらしい。彼はゲームの他に、ネットで見つけた美味しそうなレシピを試してみるという趣味があるのだ。ただし家族は忙しくて滅多に全員揃わないので、食べるのは自分だけなのだが。
「そうか、じゃあ…食ってみるか……」
「はい!た、ただいまお持ちします!」
「バカ野郎!カレー食ってる暇なんかねぇぞ!?目的を忘れんな!」
(あるんだ、目的……)
その瞬間、その場にいた全員の心が一つになった。そんな中で店長だけが、自慢のカレーを味わってもらえないようだと気付き、泣きそうな顔になっていた。
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