第46話 白熱!真昼の決戦

 丈太が学校に着いたのは、既に明香里がクラスの友人と談笑している所だった。登校している生徒の数は未だ全体の三分の二程度ということもあって、以前ほどの活気はない。その分、丈太へのアタリが緩くなっているのも事実だ。他の生徒達と同様に、明香里は教室に入ってきた丈太をチラリと一瞥した後、何事もなかったかのように目を逸らした。

 それはもはや当たり前の態度であるので、丈太はいちいち気にすることはない。以前のように聞こえる様な陰口を叩かれないだけずっとマシだろう。

 

「おはよう、炎堂君。今日もゆっくりだね」


「あ、ああ。おはよう、上曾根さん。途中でお昼を買ったりしてるからね」


 そんな中でも、上曾根こよりだけは、気兼ねなく丈太に声を掛けてくれる数少ないクラスメイトだった。丈太にとっては逆にそれが不思議なのだが、世の中には大翔達のような悪性を持つ人間がいるのだから、彼女が底抜けの善性を持つ人物であってもおかしくはない。そう思うようになって、丈太は少しずつだが彼女と打ち解け始めているようだ。ただこの状況下でも、こよりの体型が全く変わっていないのは謎である。明香里を始めとした女子生徒達の大半は、軽いものでも数キログラムからぽっちゃりし始めているのだが。


 (炎堂、何デレデレしてんのよ。一年のデッカイ女子とも仲良くしてるみたいだし、三依とも仲良いし…よく考えたら、陽菜にも懐かれてデレデレしてるし、アイツ女なら誰でもいいんじゃないの?なんかムカつく……!)


 明香里はそんな丈太を視界の端で捉え、モヤモヤとした感情を向けていた。本人は気付いていないようだが、それは嫉妬そのものである。なお、丈太の名誉の為に言っておくが、幼稚園児である陽菜に懐かれて、丈太がデレデレしたという事は一度もない。明香里が勝手にそう思っているだけだ。


 そうこうしている内に、担任の教師がやってきて、HRの時間が始まった。その平穏が破られたのは二時限の授業が始まって少し経った頃である。


 ――ブブブ…!ブブブブ…!


「っ!?な、なんだ…?マナーモード!?」


 丈太の持つSAKAEウォッチが突然震え出し、丈太は驚きのあまり身体をビクっとさせた。これまでは栄博士との通信ばかりで、バイブレーション機能が付いている事を知らなかったせいだが、何の前触れもなく授業中に震え出すと流石にビックリする。恐る恐る画面を確認すると、そこには重人の接近を示す信号が表示されていた。


 (重人、が……近づいてる。え、学校こんなところに!?な、なんで…っ!?)


 思わず声を出しそうになったが、今は授業中である。何とかそこで踏み止まったものの、画面上には次々に重人の反応が現れ、増えていた。これが故障でないのなら、何か異常な事態が起きているのは明らかだ。


「せ、先生っ!」


「ん?なんだ炎堂」


「べ、便所行ってきていいですか!?」


 丈太がそう言うと、冷ややかなクラスメイト達の視線が丈太に向けられた。白い目で見られる事には慣れているが、これは少し恥ずかしい。しかし、躊躇している暇はなさそうだ。担任の教師は溜め息交じりに頭を搔いている。

 

「お前な、そんなに元気なら我慢しろよ。……行くならさっさと行け、この後テストに出る所だからな。早く戻ってこいよ」


「す、すいませんっ!」


 そう言うが早いか、丈太は慌てて教室を飛び出して、一番近いトイレに駆け込む。そしてマナーモードを即座に解除すると、SAKAEウォッチから博士の声が聞こえてきた。


 ――丈太君、無事か!?


「ああ、博士、俺は今の所何ともないけど……この反応、どういうこと?重人の反応が何体も近づいてきてるって警告が出てるけど」


「こちらでも確認したが、どうも機器の故障ではないようじゃ。実際に、そこへ多数の重人が集まり始めておる!敵の目的は不明じゃが、君がそこにいるのが偶然とは思えん。三依君もすぐに応援に向かわせる、くれぐれも注意するんじゃぞ!」


「わ、解った。博士も気をつけて!」


 そうして通信を終えるのと、校庭から悲鳴が聞こえたのはほぼ同時であった。トイレの窓から外を見てみると、校庭では上級生達が合同で体育の授業を行っていたようだ。そんな彼らの視線の先には、見覚えのあるシルエットをした重人がいた。


「あ、あれは……嘘だろ!?」


 丈太はその目に映った存在に愕然とし、絶句した。そこにいたのは、かつて丈太がファイアカロリーとなって一番初めに戦った重人…だったからだ。


「な、なんでアイツが……?アイツは俺が倒した後、警察に捕まったはずじゃ…だ、脱獄してきたのか!?」


 丈太の言う通り、マグロ重人の素体となった人物は重人となる前に事件を起こしており、覚せい剤の所持と使用及び、傷害事件の犯人として警察に逮捕されている。この場にいるはずもない人間だ。だが、彼が脱獄したなどというニュースは流れてきていないし、仮にそうだとして何故この高校を狙っているのかが謎のままである。


 丈太はとにかく、大急ぎでトイレを抜け出して校庭へ向かった。だが、そこで更に、信じ難いものを目の当たりにすることとなる。


「なんだあいつは……変質者か?お前ら落ち着け、集まってろ!」


 三年の体育を受け持っている男性教師――本丸元義ほんまるもとよし、通称『殿』が、生徒達に声を掛ける。幸い、マグロ重人はフェンスの外にいるので、すぐに近づいてくることはないだろう。ただ、やはりその存在は不気味だし、生徒達が怯えている以上、放っておくわけにもいかない。男性教師はマグロ重人の元へ向かって抗議をすることにした。


「あー、あなたね。そんな所で真昼間からコスプレなんかして遊ばれると困るんですよ、生徒達が怯えているんでね。早く立ち去って下さい、出ないと警察を呼びますよ?聞いてます…か……あ?ぎゃああああっ!」


 教師がそう言い終える前に、マグロ重人は刃物になっているその手を振るった。男性教師はフェンス諸共、肩から腰までを一気に斬られて血飛沫が上がる。そして、破壊したフェンスを乗り越えて、マグロ重人はゆっくりと校庭へと侵入してきた。


「せ、先生っ!?おい、あいつヤバくね?!逃げた方がいいんじゃ……」


「逃げるって、本丸先生殿どうすんだよ!置いて逃げるのか!?」


「そ、そんな事言ったって……逃げて、早く警察呼んだ方が…」


 生徒達は完全にパニックになっており、全く統制が取れていなかった。目の前で殿が斬られ、大量の出血をして倒れているのを見てしまったせいか、ある者は腰を抜かし、ある者は何とか教師を助けられないかと考えている。中には逃げ出そうとしたものもいたのだが、その瞬間、嗅いだ事の無い爽やかな香りがして身動きが取れなくなってしまった。まるで、全身が麻痺してしまったかのようだ。


「ひぃ、身体が……!?」


「おい、どうなってんだよ!?この匂い……これのせいか?!だ、誰か!」

 

「やだ、止めて…来ないで!」


 悶え苦しむ教師には目もくれず、マグロ重人は腰を抜かしてしまった女子生徒に近づいていった。マグロ重人は魚の頭をしているのに涎を垂らし、真っ直ぐに女子生徒に狙いを定めている。マグロ重人は酷くゆっくりとした速度で移動していたが、それが逆に生徒達の恐怖を煽る結果に繋がっていた。逃げたくても逃げられず、されど恐怖を与えてくる対象は緩慢だが確実に近づいてくるのだ。中にはあまりの恐怖で気を失うものさえいた。

 

「ぁ……ああ、あああ……!」


「シューッ…!シューッ…!」


 マグロ重人は一切の声を発することなく、ただその不気味な呼吸音だけを立てて女子生徒の前に立った。大きな包丁状の右手には、本丸教師殿を切った血が滴っている。血の匂いが滴る包丁を振り上げたその時、遠くから地響きのような足音が聞こえた。


「止めろおおおおおっ!!」


 ドスドスドスドス…!!と足音を響かせて突っ込んできたのは、丈太である。丈太はすっかり走っても転ばなくなったが、相変わらず変身前の姿では早くはない。しかし、その質量は変身後に比べて圧倒的である為、その体当たりにはそれなりの威力があったようだ。

 女子生徒だけを見ていたマグロ重人は、動きそのものがゆっくりな為、丈太の突撃に対応できず、巨体にぶつかられて倒れ転がっていった。


「お、お前の相手は俺だっ!皆、早く逃げてくれっ!」


 丈太の叫びが校庭に響き、それまで金縛りのように動けなかった生徒達が少し息を吹き返す。戦いを告げるゴングのように、二時限の終わりを示すチャイムが学内に響き渡っていた。

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