第47話 復活!再生重人の猛攻

「なぁ、なんか外…騒がしくないか?」


「おい、見ろ!アレ、炎上野郎じゃないか!それに……本丸先生殿が、どうなってんだ!?」


「アイツ、便所行ったんじゃないのかよ!堂々サボりか!?っていうか、あれ怪我してね?それにあのコスプレ…何なんだよ、どうなってんだ!?」


 丈太のクラスは、二時限目終了のチャイムが鳴ると共に校庭の喧騒に気付いて騒ぎ始めた。最初は一人か二人だったのが、体育の本丸教師が怪我をしていることに気付きあれよあれよという間にクラスメイト達は窓に張り付いて、状況を確認しようとしている。その中には当然明香里もいて、丈太が先輩の女子を助けようとしているのがすぐに理解できたようだ。


「炎堂……とろい癖に何してんの、アイツ…」


 明香里の知る最近の丈太は、どんなに大翔達からいじめられてもやり返そうとしない気弱でダサい男だった。初めて二人が出会った時の丈太は、そんなタイプではなかったはずなのに。そんな考えが、思い出と共に蘇る。それは、今から十一年程前、小学校に入りたての頃の記憶である。


 当時の丈太は、運動が苦手ながらも、両親の教育を受けて必死に食らいついていくアグレッシブな一面があったようだ。この頃の丈太は、自らの才能の無さにまだ絶望しておらず、一つ下の弟妹達を自分が護るんだと息巻いて、強い正義感を持って生活していた。明香里と顔を合わせたのはその頃である。


「なんだよ、おまえ!オンナのくせになまいきだぞっ!」


「きゃっ!」


 この時、明香里は、同年代と比較しても体格のいい少年……餅皮丸味もちがわまるみと犬猿の仲であった。元々、ヨネリカで生まれ、この年の前年に日本へやってきた明香里はまだこの国の文化や習慣に慣れていなかったのだ。それが餅皮少年には面白くなかったようで、事ある毎に明香里と衝突し、喧嘩になっていた。


 壁に突き飛ばされた明香里は、強かに背を打ち付け、身動きが取れなくなった。しかし、餅皮はそれでも怒りが収まらないようで、明香里に対して更なる制裁を加えようと近づいてくる。


 (たたかれる……!?でも、うごけないよ…!)


 幼い子供同士の諍いは、概ね大した問題にはならないものだが、時として思わぬ大きさにエスカレートするものだ。この時の餅皮少年はまさにそれで、それまで口で言い負かされてきた明香里に力で優位に立った事から興奮し、加虐心が強まっていた。そして、逃げられないと判断した明香里が咄嗟に強く目を瞑った時のことだった。


「やめろーっ!」


 そこへ走って向かってきたのは幼い丈太であった。そのまま明香里を庇おうとしたのだろうが、走ったせいで何度も転び、足元がふらついていた。それでもその度に立ち上がり、明香里の目の前まで来た時、再び盛大に転んだ。


「ぐぇっ!?」


「ぎゃっ!」


 転んだ拍子に餅皮少年の股間へダイレクトな頭突きをかまし、丈太はその場に倒れた。餅皮少年の方も男子共通の弱点である股間を強打された事で蛙が潰れたような声を出し、泡を吹いて倒れてしまった。ちょうどその時、騒ぎを聞きつけた教師がやってきて事態は収束した。


 教師に怒られながら連れて行かれた丈太に、明香里は何も言えず別れ……それから十一年。それ以降、丈太と明香里は小中学校では同じクラスになる事もなく、町内会のイベントにほとんど参加していなかった丈太と顔を合わせる事もなかった。家はそう遠くないはずなのに、接点がない為に全く関わりなく二人は成長してきたのだ。

 明香里は自分を助けてくれた丈太の事を忘れずにいたが、丈太の方はその頃のことなどすっかり忘れている。いつかどこかで再会することがあれば、あの時の礼を含めて話をしよう…そう思っていた明香里は、久し振りに再会した丈太がすっかり卑屈ないじめられっ子になっていた事に失望し、幻滅してしまったのだった。


「炎堂、あの時みたい。変わってないじゃん……」

 

 成長するにつれて明香里は素直でなくなった上、思春期特有の異性への潔癖さ、そして過去の思い出による丈太への美化をこれでもかと破壊されたことで丈太につらく当たっていたのだが、ああして先輩の女子を助けている姿は昔と変わらない良さを感じられた。祖父の養源を気にかけてくれる丈太の優しさで、少しずつ打ち解けて来た事もあり、明香里は段々と丈太を見直し始めている。


 



「先輩、大丈夫ですか!?速くここから離れて!」


 背中越しに声をかけ、女子生徒を気遣う丈太。ちょうどその女子生徒は、以前、丈太と一緒にコンビニ強盗に巻き込まれた古海理世うるみりよという生徒であった。理世は身体を震わせながらも、丈太の指示通り、何とかその場を離れようと四つん這いになっている。とても素早く逃げる事は出来そうにない状態だ。丈太はゆっくりと立ち上がってくるマグロ重人から時間を稼ごうと、そのまま飛び掛かっていった。


「こっのおおおお!」


 一度は倒した相手とはいえ、変身していない状態では勝つのも難しい。だが、こんな衆人環視の状況で変身する訳にもいかないだろう。何とか三依が救援に駆けつけてくれるまで、時間を稼ぐしかないのだ。丈太はマグロ重人の動きに警戒しつつ、打撃と合気で戦う事に決めた。


「シューッ!シューッ!」


「わわっ!?」


 マグロ重人は、不気味な呼吸音を立てながら、包丁による斬撃を連続で繰り出してきた。大振りに振りかぶっての斬撃は軌道が読みやすく、また、以前よりも動きに精彩がない為か、避けるのはそう難しくない。ただ、本丸教師はフェンス越しに斬撃を受けただけなので命を落とさなかったものの、真正面から対峙している丈太の場合は、まともにその攻撃を受ければ致命傷間違いなしだ。出来るだけ回避に専念して、反撃は最少にするのが一番だろう。多少の刃がかすめる事はあったものの、しばらくの間、その攻防は続いた。


「なんだ…?なんかコイツ、おかしいぞ……?」

 

 数分ほど攻防を繰り返していると、丈太の中に奇妙な違和感が湧き上がってきた。初めに向き合った時から思っていたのだが、どうもこのマグロ重人からは意志の力が感じられない。姿形はマグロ重人でも、中身は別物……正確に言えば、感じがするのだ。


 一度覚えたその違和感は、時間が経つ毎にどんどんと膨れ上がっていく。その違和感の正体が何なのか突き止めようとした時だ。


「きゃああああっ!」


「え、こ……今度はなに……って、マジかよ!?」


 丈太が視線を向けた先にはウシ重人とタケノコ重人が、並んで立っていた。どちらもちょうど生徒が逃げようとしている所へ、立ち塞がるようにして現れている。それだけではない、校舎の影からカニ重人までもが姿を見せ、生徒達を狙っていたのだ。


「や、ヤバイ。ここはもう、変身して戦うしか……はっ!?」


 ほんの一瞬、意識がそちらへ向いた隙を衝いて、マグロ重人は自らの頬を切りつけていた。丈太の記憶が確かならば、これはあのマグロホホ肉ボンバーという技を放つモーションだったはずだ。そして無情にも、その記憶通り丈太に向けて、コンクリートにも突き刺さるほどの威力をもったホホ肉による弾丸が発射されたのだった。

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