第48話 逆転!起死回生の一撃
「ぅぐっ…い、
ゴロゴロとのた打ち回る丈太の身体には、拳大のホホ肉がいくつも食い込んでいる。頑丈な学ランと厚い脂肪が盾になってくれたのだろう、出血はしていないし内臓や骨までには達していないようだ。顔面は両手で咄嗟に防いだのが功を奏したと言っていい。ただ、途轍もなく痛いのは仕方がないことだった。
「い、今のはミスった…!戦いの最中によそ見なんて、父さんにも母さんにも死ぬほど怒られる所だよ……でも、やっぱりコイツおかしいぞ。前に見たこの技はビルの壁を壊すくらいの威力があったんだ。変身もしないで喰らったら即死してたのは間違いないはず。それに、あの時はうるさいくらいだったのに、今は全然喋らないし…もしかして何かの偽物……なのか?」
確かに、目の前にいるマグロ重人や他の重人達は明らかに動きがゆっくりで、攻撃力も落ちている気がする。そうだとするならば倒すのは容易いだろうが、問題は丈太が今変身出来ないということだ。まだ校庭には多くの先輩達が残っているし、チラッと見た限りでは、他のクラスの生徒達も窓からこちらを見ている。いくら正体バレを気にしていないと言っても、この状況で変身するのは抵抗があった。
だが、先輩達の事を考えると、そうも言っていられない所である。どうして変身してから来なかったのかと、自分の不明を悔やむしかない。そんな追い詰められた丈太の様子を、屋上から眺めている人影があった。
「クククッ……そうだ炎上野郎、もっと苦しめ。そんなもんじゃすまさねぇ…!もっともっと痛めつけて、苦しませてから殺してやる。…そうだ、学校の連中ももう全員玩具にしちまえ。俺は力を手に入れたんだ。下らない常識や良識なんかに囚われることはない……俺は、自由だっ!」
その男、間ヶ部大翔は手にした力に酔いしれて理性を失っているようだった。人よりも食に興味がなく、それが遠因で人間関係にも興味が持てずにいた彼は、万事が本当の自分を封じる枷であったらしい。重人という常人を超えた力を手にした瞬間から、彼は鬱陶しい両親からの期待も、常識や世間体も、全てから解き放たれた万能感に浸っている。自分を縛り付けていた全ての存在への反抗と憎悪。それこそが、彼の心の奥底に眠っていた願いであり、他者を害して悦に浸る本性の正体であった。
「おい!炎上野郎の奴、撃たれたぞ!?大丈夫なのか……?」
「せ、先生達は何してんだよ!?先輩達も
丈太達のクラスは、丈太がホホ肉ボンバーで撃たれた瞬間を見て、特に動揺が激しかったようだ。嫌っている相手とはいえ、明らかに丈太は先輩の女子を助けに入った形である。丈太を心配する気持ちを持っても不思議ではないだろう。むしろ、そう思える分、彼らは多少なりとも良識があるクラスメイトだと言える。
「……皆、落ち着いて。とにかく、先生達が対応するまで待ちましょう。私達に何か出来る状況じゃないわ」
パニック寸前のクラスメイト達を抑えたのは、あの上曾根こよりであった。優等生である彼女は極めて冷静で、今にも飛び出して行きそうな男子を宥めていた。しかし、いくら学園のマドンナと称される彼女の言葉であっても、この場にいない他のクラスの生徒達には届くはずがない。他クラスの生徒達は恐慌状態に陥り始めており、学校全体がパニックに包まれるのは時間の問題のように思えた。
そんな中、丈太は痛みを堪えて立ち上がり、マグロ重人と再び対峙していた。マグロ重人は追撃してくる様子もなく、じっと佇んだままである。よく見ると、以前はホホ肉ボンバーを使った後、瞬時に再生していたホホ肉が減ったままだ。明らかにこのマグロ重人は、以前戦ったそれよりも劣化……ないし、弱体化している。他の重人達も同じであるなら、変身さえ出来れば撃退するのは容易いだろう。
「くっそ~…!こんな事ならトイレで変身してから飛び出せばよかった。後の事を考えて変身したくなかったけど、早退すれば良かっただけだもんな……いや、早退したら父さんにはメチャクチャ怒られるか」
地団駄を踏みたい気持ちを抑えて、丈太はホホ肉を掃う。こうしている間にも、先輩達はにじり寄って来る重人達に追い詰められているのだ。もはや、変身を隠している状況ではないと覚悟した時、背筋に冷気が走ったような気がした。
「さ、寒い……?あ、もしかして!?」
そう気づいた刹那、校庭を中心に強烈な風が巻き起こる。それは単なる風ではなく、嵐のような勢いと身を切るほどの冷気を持っていた。まだ十一月のこの時期、自然に突然こんな突風が吹くはずはない。となれば、答えは一つだ。丈太が気付いた時には、既に彼女の姿は校庭の中にあった。
「……凍れ、凍れ。悪しき力よ、凍って滅べ。私の冷気は時すらも凍てつかせる超絶の嵐……貴方達の悪行、例え
「アイスカロリー!来てくれたのか!って、うわ!さっむ!?」
その嵐は、丈太や上級生達を中心に巻き起こっていてちょうど台風の目のようになっている。上手く重人達だけが嵐の中にいるのは、それだけアイスカロリーが力をコントロールしている証だろう。流石は軍人として、戦いの訓練を受けているだけの事はある。
ただ、マグロ重人と相対している丈太だけは、その嵐スレスレの場所にいる為、どうしても冷気からくる寒さの影響を受けてしまうようだ。
嵐を抜けてきたアイスカロリーはそっと丈太に近づいて、他の生徒達に聞こえないように囁いた。
「先に職員室へ行っていたので遅くなりました、ジョータ。私の嵐で、生徒達を守ります。あなたは嵐を隠れ蓑にして変身し、この騒動を起こしている黒幕を叩きなさい」
「ありがとう、助かるよ!ところで、先生達は?」
「……警察を呼ばれないように先手を打って襲撃されたのでしょう。私が来た時には皆やられていました。ただ、今の所はまだ死者はいないようです。しかし、急がねばなりません」
「そんな……!?解ったよ。じゃあ、ここは任せる!」
その間にも氷嵐は凄まじい勢いと化し、校庭の砂を巻き上げて視界を塞いでいた。上級生達はポカンとしていたが、徐々に一人、また一人と糸が切れたように意識を失っていった。これは、アイスカロリーが操る窒素の影響である。
ファイアカロリーは、己の体脂肪を燃焼させFATエネルギーに変換して熱量を生み出しているのだが、アイスカロリーの場合はその出力先が少し違う。彼女は体脂肪を燃焼させてFATエネルギーに変換した後、自身の体内にある生体ナノマシンを使って、大気中の窒素を冷やして極低温を作りだしているのだ。いわば、彼女は大量のドライアイスを生み出す能力を持っているようなものである。
なお、窒素ガスは窒息性のあるガスなのだが、よほどうまく扱わなければ後遺症もなく人を気絶させるのは難しい。数十人もいる上級生を相手にそれをやってのけるアイスカロリーの力は、丈太の想像を遥かに上回る力であった。
「よぉし!バーニングアップ、変身!」
他の生徒達の目を気にしなくてよくなった丈太は、変身の掛け声とポーズをとって勢いよく駆け出した。アイスカロリーの言葉通りなら、どこかでこの重人達を操っている存在がいるはずだ。もしかすると、それはあのザギンカリーかもしれない。丈太はファイアカロリーへと変わりながら、あの強敵との決戦を覚悟し、嵐の中で凍りつつあるマグロ重人に渾身の一撃を叩き込んでみせた。
それは黒幕への宣戦布告である。ファイアカロリーの反撃はここから始まろうとしていた。
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