第52話 見えてきた敵 後編

「少なくとも、ドクターの弟、プロフェッサー栄は重人とハイカロリーについて何らかの事情を知っているものと米軍は見ています。ドクターをヨネリカに招こうとしたのは、プロフェッサーについての情報を出来る限り直接聞きたい事と、もう一つ……」


 ごくりと丈太は息を呑んだ。三依はあえて栄博士の弟が何らかの事情を知っているとぼかして言ったが、状況証拠から言えば、彼は間違いなくクロだろう。博士に匹敵する、或いはそれ以上の頭脳を持ち、博士の作った生体ナノマシンのサンプルを盗み出して行った時点で、彼が博士と敵対しているのは明らかだ。三依が断定的に話さないのは、最初に念を押されたように証拠がないからという一点に尽きる。

 その後に続く言葉は、丈太も薄々勘付いていた。だが、正直に言えば考えたくない所である。三依も同様なのだろうが、彼女は軍人だけあって、冷静に感情を抑える術を身に着けているようだ。決心がつかない丈太の目をしっかりと見つめて、その言葉を放った。

 

「ドクター栄が、ハイカロリーの共犯者である可能性を考慮しての事です」


 (やっぱりか……)


 それはここまでの話を聞いた上で、丈太も思いついた事ではある。どういった経緯かは解らないが、栄博士が行方不明である事からも、その想像を補強してしまっているのが問題だ。何故ならハイカロリーには、邪魔者である栄博士を殺しこそすれ、誘拐する必要などないのだから。博士自身が自発的に、ハイカロリーと行動を共にした可能性は確かにあるだろう。しかし、丈太はこの二カ月と少しの間、栄博士と交友関係を結び、色々な事を話してきた。その経験から言えるのは、決して博士がそんな事をする人間ではないと言う事だ。

 栄博士は自分の息子が先に逝ってしまった事を悔やみ、その嫁と孫を助ける為に、地位や仕事を捨ててヨネリカから帰ってきた人物である。思春期の明香里とはぶつかる事があっても、陽菜や明香里にとっては良き祖父であり、孫を大切に思う老人であった。それは、丈太が一番よく解っている。だからこそ、そんな事はあり得ないと断言できるのだが、そこには何の証拠もない。それでは、一国の軍隊などを説得することは出来ないだろう。つまり、ここから丈太に出来る事はたった一つしかない。


「なら、それは俺がハイカロリーをぶっ潰して、博士がアイツらの仲間じゃないって証明してやるさ。……三依さんにも手伝って欲しいけどね」


「解っていますよ。私自身、ドクター栄に疑わしい所はないと確信しています。ただ、私や貴方…或いは、ドクターを知るトマス大佐が彼を擁護した所で、軍の上層部や政府などは信じてくれないでしょう。国家と国民の安全がかかっていますからね、仕方のないことです。ですから、私と貴方でハイカロリー日本支部を叩き潰しましょう。まぁ、本来は私一人で十分ですけどね」


 韻を踏んだように言葉を紡いで、三依は笑った。どうやら彼女は、蓄えた体脂肪が多い状態……つまり、胸が大きくなっている時ほど自信家となる傾向にあるようだ。変身後や戦闘中にはそう言った言動はみられないので、丈太はそれが少しおかしくなって笑ってしまった。

 そのまま二人は拳を軽く突き合わせ、共に戦う相棒としての覚悟を決めたようである。かくして、火と水、炎と氷という相反する性質を持つ二人はタッグを組むこととなった。そんな二人の元に、これまで以上の強敵が送り込まれてくるとは、この時、どちらも想像していなかったのである。

 

「そう言えば、栄博士の弟さん……そのプロフェッサーって何て名前なの?」


「ええと、確か……栄…そう、栄養素さかえやしもと氏ですよ」

 






 少し時間は遡り栄博士が拉致された直後の事である。とある施設の一角、独房のような場所に、栄博士が押し込まれていた。


「ふん!人を無理矢理連れてきて、こんな所に押し込めるとは……養素の奴め、相変わらずじゃのう。我が弟ながら、本当にあいつは性格がねじ曲がっとる。あいつは昔からひねくれ者の卑怯者じゃったからなぁ。あいつなら人を太らせようとか平気でやりそうなことじゃわい」


 栄博士はぶつくさと呟いているが、両手を縛られているせいで、その程度の抵抗しか出来ないのだろう。それはそれとして、弟への恨み節は留まるところを知らなかった。


「大体、あいつはいつもそうじゃ。成績はそう変わらんかったというのに、ちょっと要領がいいからと偉そうに……!」


「……そこまでだ。いくら我らが大首領の兄と言えど、それ以上の暴言は許さんぞ」


「む?お主は……」


 そこへ現れたのは、あの欧田華麗である。彼こそがあの日、大翔の荒戸馬高校襲撃の裏で栄博士を襲撃し、連れ去った張本人であった。欧田は飽食の命令ではなく、彼が大首領と呼ぶ男の命令で栄博士を拉致したようだった。


「ふむ、先日襲ってきた時から考えておったが、思い出したぞ。その声、お主がザギンカリーとかいう奴じゃな?」


「俺を知っているのか?……いや、そうか、あの時ファイアカロリーとの戦いを監視していたという訳か。抜け目のないジジイだ」


 欧田がそう呟くと、栄博士はニヤリと笑みを浮かべてみせた。自分の方が一枚上手であると煽るつもりらしい、そうやって少しでも優位に立っている所を見せて、足元をみられないようにするつもりだ。しかし、欧田はそんな挑発に乗る気はないようである。


「それで、儂なんぞを連れてきてどうするつもりじゃ?陽菜や明香里は無事なんじゃろうな?さっきはあの子らを人質に取られて仕方なく言う事を聞いてやったが……あの子達に指一本触れてみろ、ただじゃおかんぞ!」


「…威勢のいい事だ。安心しろ、約束は守っている。……今はまだ、な」


「なにぃ!?」


 欧田の言葉に、栄博士が激昂して立ち上がった。しかし、両手を後ろ手に縛られているせいで前につんのめってしまい、鉄格子に激突する。そんな博士に、欧田は冷たい笑みを浮かべながら声を掛けた。


「そう興奮するな。あんたに来てもらったのは他でもない、仕事を頼みたかったからだ。ファイアカロリーを倒す為にな」


「なんじゃと!?」


「あんたの作ったファイアカロリー、奴は大した性能を持っている。我々が手塩にかけた重人が、奴の手で何体も倒されてしまったからな。本当に大したものだ。……こうなると、我々の目的の一番の障害は、目下の所ファイアカロリーという事になる。では、その為に何が必要か?を考えれば、自ずと答えは出るだろう。あんたには重人の強化を手伝ってもらいたい」


「バカな事を!儂がそんな事に手を貸すと思うのか?!」


「炎堂丈太……だったか、ファイアカロリーに変身する少年というのは」


「っ!?」


 栄博士は動揺し、息が止まりそうになった。自分の情報だけでなく、丈太の事までもがバレてしまっている。それを口に出すと言うことは、全てがハイカロリーに知られてしまっているということだろう。当然、その中には丈太の家族の情報も含まれている。自分がここに連れて来られた時のように、丈太の家族を人質に取られる可能性もあるのだ。最悪の想像が頭に浮かび、博士は言葉を失った。その様子を見て、欧田は満足気に言葉を続ける。


「安心しろ、今はあんたの家族も、その少年の家族にも手出しはしない。我々は人殺しが目的ではないのでな。あくまで、重人の更なる強化が目的だ。もっともその、炎堂丈太という少年には犠牲になってもらうがな」


「な、なに…を……」


「栄養源、よく考えて答えろ。我々に手を貸し、炎堂丈太のみを犠牲にするか。或いは、我々を拒んで二つの家族全員を死なせるか、どちらがいいか。言っておくが、我々に手を貸さず、あんたがここで死を選んだとしても……奴の家族とあんたの家族は全員殺す。個人的には、手を貸してくれることを望むがな。ファイアカロリーとの決着をつける為にも」


「ば、バカな……」


 栄博士は、自分の命だけならば平気で投げ捨てるつもりでいた。敢えてここについてきたのも、家族を人質に取られたというだけでなく、彼らの目の前で死んでみせる事で、それ以上、孫達に危害を加えさせないようにする為だ。しかし、その全ての逃げ道を潰された上で丈太の家族までもを天秤にかけられては、その決断をすることは出来そうにない。

 栄博士は膝から崩れ落ち、床に額を擦り付けるようにして呻き声を上げていた。


「おおお、丈太君、すまん……儂の、儂のせいで……」


「……まだ時間はある、よく考えておくのだな」


 そう言って、欧田は独房を後にした。栄博士がその首を縦に振ったのは、それから二日後の事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る