第53話 超重人・ドリアン登場

「超重人……だと?」


 いつものビルのフロア一つを使った飽食の部屋には、ギャルソンの老人と飽食、そして小麦と欧田が集まっていた。今日は飽食がスイーツを食べていないからか、たくさんのメイドや執事達の姿はない。外から太陽の光が差し込むほぼ何もない空間に、飽食の声がこだましていた。


「は。目下、我々の作戦に於いて、最大の障害となっているのはあのファイアカロリーという戦士です。その上、アイスカロリーと名乗る新たなダイエット戦士まで現れた以上、我々の作戦も方針を転換する時が来たかと。…お渡しした資料をご覧ください」


 欧田がそう言うと、ギャルソンの男が流れるような手捌きで持っていた資料を飽食に手渡した。そこには、見た事もない重人のデザイン画と、その重人のものと思われる各種詳細なデータが記録されている。飽食はそれに素早く目を通すと、小さく唸るような声をあげていた。


「ふむ……これが、超重人だというのか?」


「はい。試作ではありますが、第一号としては十分過ぎる能力を持っております。パワーはウシ重人を大きく上回り、スピードや防御力も他の重人達よりも格段に上がっておりますので」


「確かに、スペックだけ見ればかなりの性能だな。やもしれん。しかし、これほどの重人をどうやって造りあげたのだ?」


「……これまでに飽食様から命ぜられて造った重人達のデータを基に、MBNの調整を進めておりました。何より最後の一押しとなったのは、間ヶ部大翔という少年が変身したフィンガーライム重人です。あれの戦闘データによって、超重人は完成したと言っても過言ではありませんな」


「なるほど……ふむ」


 飽食は納得したような声を出しつつ、両腕を組んで考えに耽っている。その様子に手応えを感じる欧田の隣で、面子を完全に潰された小麦が怒りを露わにした。尚、実際に超重人の完成を後押ししたのは、栄博士の技術によるものである。フィンガーライム重人のデータも有用ではあったが、それらをまとめ、わずか一週間と少しで超重人という形に完成させたのは、やはり栄博士の技術あってこそのことだ。だが、欧田はそれを意図的に隠しているようである。


「し、しかし!この超重人とやらは、肥満化計画には使えないのだろう?!そんな重人など意味がないのではないか!?」


「確かに、超重人は完全に戦闘用として調整された重人だ。肥満化計画には向いていない。……だが、あのファイアカロリーを倒さねば、どの道、人類肥満化計画も進められんのだ。まずは奴を倒す事を優先しても問題はあるまい。多少遠回りになっても、確実に計画の遂行を狙う方が良いだろうよ」


「むうぅぅぅっ!だ、だがなぁっ!」


「よせ、小麦」


「はっ!?ほ、飽食様…失礼いたしましたっ」


 顔を真っ赤にして憤る小麦に、飽食が右手を上げてそれを制すると、小麦は土下座をして頭を床に擦り付けている。実は小麦が飽食の言う事には絶対に逆らわないのは、彼に心酔しているだけでなく、そこに恋慕の情があるからなのだが。そんな相手の前で感情的に怒鳴る姿は、いくら小麦でも見られたくないのかもしれない。


 小麦が大人しくなったのを確認して、飽食は静かに口を開く。彼が欧田の提案に一も二もなく飛びつかなかったのは、飽食自身にも何か思う所があるのだろう。だが、欧田の言っている事は至極正論である。ファイアカロリーの存在だけでも失態続きだというのに、そこへ更に未知数の力を持つアイスカロリーまで現れたのだから、彼らを排する事を優先するのは当然の帰結と言えた。


「小麦の言いたい事も解る。というよりも、俺もある程度は同じ意見だからだ。我々ハイカロリーの目的は殺人ではなく、人類の肥満化……それによって、食料の売れ行きが更に増加すれば、母体となるグラトニーがより繁栄することになる。それが最大の目的なのだ。それに目を背けて戦闘特化の重人を用意するというのは、な……」


「飽食様……」


 キュン、という音が聞こえそうなほど、小麦は頬を赤く染めて飽食を見つめている。両手を合わせて握る姿は、恋する乙女そのものだ。だが、欧田もまた、一歩も退くつもりはないようだった。


「しかし、現実問題として、奴が邪魔をして作戦が思うように遂行できていないのも事実です。どこかで決断をせねばならない時なのではありませんか?それに、人類の肥満化が進めば、成人病などの患者が増えます。そうなれば健康を害し、結局亡くなる人間も増加するでしょう。そこは、避けて通れないものかと」


「それは……」


 飽食もそれは解っている。解っているからこそ迷っているのだ。彼らはテロリストではあるが、同時に巨大企業グラトニーの息がかかった人間でもある。世界の食料関連業の三分の一を牛耳るグラトニーの意向に背く事は出来ないのだろう。しかし、ファイアカロリーを倒さなければ、本来の目的を達成することが難しいのもまた純然たる事実だ。

 飽食は数呼吸の逡巡をみせた後、ようやく覚悟を決めたのか、その視線に力が宿ったようだった。


「いいだろう。欧田よ、超重人計画を進めるがいい。ただし出来るだけ、民間人を傷つけるなよ。彼らは最終的に、グラトニーの太い顧客になるのだからな」


「承知いたしました。それでは早速、超重人第一号……ドリアンを出撃させて参ります。準備がありますので、これで。ご期待ください」


 欧田はそう言うと、深く頭を下げてから立ち上がり、素早く身を翻してその場を後にした。その背中を睨む小麦の視線を受け流して。そんな欧田の足取りは、どこか軽そうだった。







 その翌日、丈太は自室の机に向かっていた。


 自宅学習を命じられているものの、大半の教師がまだ復帰していないので、事実上は何もやる事がない有り様である。そんな事もあってか、丈太は日々自宅で豪一郎や剛毅を相手に稽古を繰り返している。栄博士を救い出す為には、もっと強くならなくてはならない。フィンガーライム重人との戦いで新たな力を得たものの、あの力についてはまだ解っていないことが多いのだ。バニシングフォームの時のように、栄博士が居てくれれば詳しく調べてアドバイスもしてくれるだろうが、肝心の博士がいないのでは調べようがない。そうなると、後は丈太本人が体を鍛え、強くなるしかないのだ。


 そして今は、稽古を終えて休息の時間である。栄博士の居場所を調べに行きたいが、闇雲に出歩いて見つかるものでもないだろう。現状、三依が米軍ヨネぐんの上司に連絡し、博士奪還に向けての作戦を練っている所なので、今は丈太に出来る事をして待つしかないのだった。


「……そう言えば、SAKAEウォッチこれもちゃんと理解しておかなきゃな」


 いつもは変身のサポートと、栄博士との通信に使っているだけのSAKAEウォッチだが、正式な使い道はよく解っていなかった。一応、博士から説明書を貰っているので時間がある時に見ておこうと思っていてそのままになっていたのだ。

 丈太は机にしまっていた説明書を取り出すと、一通りの機能について調べだした。


「え~と、ここを選択して…と、あ、出たぞ。これが登録済みのワード一覧か。どれどれ……」


 それは、ファイアカロリーが必殺技を放つ際に使用するワードの一覧であった。あれらのワードは、登録の際に三つずつ登録していくようになっているが、実際にはワード毎に独立して登録がなされている。その為、登録の際に続けて三つ入力しても、その後でそれらをピックアップし、組み合わせを変えて発動させる事も可能なのだ。


「ふむふむ、使ってないワードも結構あるなぁ……この辺、多分博士がゲームから取ってるんだろうな。…ん?なんだこれ?」


 丈太が見つけたのは、意図的に隠されているワードだった。そこだけ文字化けしていて、読めなくなっている。どうやら五文字のワードのようだが、一体何が書いてあるのだろう?わざわざ隠してあるのも怪しいが、何だかレトロゲームの隠しコマンドのようで気になってくる。


「うーん、なんだろうなぁ。五文字、五文字か……」


 まるでクイズゲームを解くかのように、丈太は頭を働かせた。脱出ゲームなどで暗号を解くのは嫌いではないが、最近はすっかりゲームから離れてしまっていたので、いい気分転換になるだろう。博士がいなくなって塞ぎがちだった心が、少しだけ休まるような気がした、ちょうどその時だ。


 ――ビーッ!ビーッ!


「わっ!?び、ビビった……!これ、重人の警戒反応か!?でも、ここって…あの時の!」

 

 いつの間にか画面が切り替わり、ワード一覧は消えて、地図アプリが起動している。そこに表示されているのは、あのザギンカリーと戦った廃工場だ。またザギンカリーが丈太を呼んでいるのかも知れない。


 丈太は博士の居場所を掴む絶好のチャンスとみて、すぐさま立ち上がって部屋を飛び出した。そこに待ち受ける新たな強敵……超重人の存在を知らぬままに。

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